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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
153/156

第153話 あとがき②

挿絵(By みてみん)




 ロシア南東部。イルクーツク州。バイカル湖。


 南に100kmほど進めば、モンゴルにたどり着く地点。


 9月初旬でありながら、雪が降り、湖の表面は凍っている。


 周囲にある山々は白く染まっており、広大な氷の大地が広がる。


 ――言うなれば、氷雪地帯。


 ロシア出身のアサド・クズネツォフの心象風景に紐づいた世界。


 独創世界『鋼鉄要塞スタルノイグラード』で起こった予期せぬ衝突により、道が開かれる。


「……」


 ひび割れた空間から現れたのは、少年ジェノ。


 青い隊員服に袖を通し、顔は灰や煤で汚れている。


 無言で立ち尽くし、深夜のバイカル湖を見つめていた。


 表情を変えず、言葉を発することもなく、鑑賞を続けていた。


 何を思い、何を考えているのか。その胸中が吐露されることはない。


 ただ、自然を目の当たりにして、足を止めたという事実だけは確かだった。


「……こ、ここって」


 ひび割れた空間から、遅れてやってきたのは、アザミ。

 

 服は赤の眼鏡、灰の鳥打帽、黒の革ジャン、紺のジーンズ。


 腰には刀を差しており、長い黒髪のカツラはつけたままだった。


 きょろきょろと視線を右往左往させており、混乱した様子を見せる。


「恐らく、風景から見るに、ロシアのバイカル湖じゃの」


「厳密に言うなら、極東連邦管区内にある領土の一部ね」


 続いてやってきたのは、茶髪の女性とオカマだった。


 青のセーラー服に、黒の指貫グローブを着けるのが広島。


 赤髪のアフロに、モノクロの道化服を着たオカマがバグジー。


 それぞれ視覚的情報から位置を割り出し、早くも状況を把握する。

 

「きょ、極東は分かりますけど、連邦管区って言うのは?」


「ロシアの領土は広い。大日本帝国が45個分ほど入る大きさなの。だから、ある程度の区分に分けて、大統領の息がかかった側近に地方を管理させてるってわけ。ここはロシア内なら南寄りの場所で、このまま少し南に進めば、モンゴルの国境よ」


 アザミが尋ね、バグジーが快く質問に答える。


 地理的な情報だけで言えば、満点に近い回答を出す。


 目先の疑問が解消したところで、三人の意識は少年に向く。


「は、把握しました。ただ、問題は」


「ジェノか、白き神か。戦うか、戦わんのか」


「戦う準備は出来てるけど、アナタは今、どっちなの?」


 アザミ、広島、バグジーが順に語っていく。


 危険を承知で、わざわざ異国に足を踏み入れた理由。


 それは、物思いに耽っている褐色肌の少年、ジェノにあった。


「…………」


 彼は何も答えることなく、背を向けている。


 深い沈黙を保ち続け、ピクリとも体は動かない。


 代わりに流れるのは、雪が通り抜ける音だけだった。


 それがある種の演出となり、三人の緊張感を高めていく。


 耳を赤く染め、白い息を吐きながらも、その時を待っていた。


「――――」


 次に響いたのは、バタリという音だった。


 ジェノは、雪が降り積もる地面に倒れ込んでいる。


「……っ!!」


 誰よりも早く反応を示したのは、アザミだった。


 倒れるジェノの身を起こして、腕で頭部を支えている。


 当の本人は目を閉じており、顔色は驚くほど白くなっていた。


 異変に気付いたアザミは、反射的に手のひらをジェノの額に当てる。


「あ、熱い……。や、休む場所を探さないと、このままじゃ……」


 アザミはジェノの病状をおおよそ察し、辺りを見回す。


 しかし、そこは深夜の山間。近くにあるのは凍った湖だけ。


 地面で休ませようにも、降り続ける雪が確実に体温を奪う状態。


 ――放っておけば、死ぬ。


 それを理解していながら、アザミは動けずにいた。


 ここは右も左も分からない異国の地。休息地にあてはない。


 立ち往生せざるを得ず、自然の脅威と自身の無力さを痛感していた。


「……位置も時刻も全て的中と来たか。さすがは、オユン様」


 そこで聞こえてきたのは、広島でも、バグジーでもない第三者の声。


 青の民族衣装を着た、黒い辮髪の男が、湖とは反対方向から現れている。


「並みの使い手、ではなさそうじゃの……」


「それ以上近付くなら、敵対行為とみなすけど、いい?」


 広島とバグジーはセンスを纏い、臨戦態勢に入る。


 異国の地に現れた、見ず知らずの男。面識のない相手。


 接近を簡単に許すわけもなく、敵意をむき出しにしていた。


「失敬……名乗りがまだであったな。拙者はボルド・ガンボルド。イタリアで行われた武道大会『ストリートキング』では、そちらの少年に世話になった。その恩義を返しに来たと言っておこうか。信じるか、信じないかは貴公らの勝手だがな」


 両手を上げたボルドは、かいつまんで事情を話す。


 わずかなセンスを纏うことなく、無防備で無抵抗な状態。


 拳を握り、センスを纏い、行動に移すまでに必ず遅れが生じる。


 そのため意思能力者同士の間では、白旗を上げるに等しい行為だった。


「伸るか、反るか……。一見、筋は通っとるように思えるが」


「仮に事実だとしても、本人だという証明にはならないのよねぇ」


 広島とバグジーは共通して、否定的な反応を示す。


 冥戯黙示録という鉄火場にいたせいか、神経は過敏。


 疑り深く、人を信じることが困難な精神状態にあった。


 一触即発の雰囲気に満ちていき、修羅場一歩手前の状態。


「……ま、待ってください。ひとまず信じましょう。責任はわたしが取ります」


 切迫した状況で声を発したのは、アザミだった。


 物理的にも精神的にも、ジェノと一番近い距離にいる。


 真っ先に介抱するという行動が、その関係性を物語っている。


 二人はアザミと深い関係値ではないものの、空気で感じ取っていた。


 ――発言権は、彼女の方が上。


 後は、発言を受け入れるか、無視するか。


 深く考えるまでもなく、二人の答えは決まっていた。


「あんたが、そこまで言い切るんじゃったら、信じてやってもええ」


「ただし、先に計画を明かしなさい。どういう手段で助けるつもり?」


 一部を認めた上で、ボルドに向けるのは、疑いの眼差し。


 譲歩できるギリギリのボーダーラインは、手段を問うことだった。


「世界で最も寒い都市『ヤクーツク』。そこに住まうと言われる、『凍土の魔女』に引き合わせて、熱を下げる。それ以外の手段では助からんと聞いている。ソースは有力な情報筋としか言えんが、意思能力が絡んでいるとだけ補足しておこうか」


 ボルドが惜しまず明かしたのは、計画の一端。


 『ヤクーツク』は、極東連邦管区内に存在している。


 現在地から、北東に約3000kmほど進んだ場所にあった。


 車なら44時間。意思能力者が全力疾走すれば、更に早く着く。


「魔女か……。どうも、胡散臭いのぉ……」


「ただ、地理的に考えれば、行けない距離じゃないのよねん」


 否定と肯定、異なる意見を出し、二人の視線はアザミの方に向く。


 行動の最終決定権は彼女にあるが、その瞳には一切の迷いがなかった。


「の、乗ります! 全面的に信用するので、先導してください!!」


 ジェノを助ける。四人が共通した目的の中、ロシアの旅は始まる。


 助かるか否かは、ボルドが口にした人物。『凍土の魔女』が鍵を握っていた。


 ◇◇◇


 ロシア北東部。世界で最も寒い都市ヤクーツク。


 白に染まる街を優雅に歩くのは、長い銀髪の少女。


 耳は尖っており、露出が多い白のローブに身を包む。


 その周囲には、逃げ惑う姿勢で凍り付く住民達がいた。


「や、やめ――」


 その最後の一人となった、茶髪の男性警官は凍り付いた。


 都市を彩るオブジェと化し、出迎える準備は万端の状態となる。


 一部始終を見届けながら、ステップを踏み、機嫌よさげに言い放った。


「あぁ、待ち遠しいわぁ。早くこないかしら。……愛しのジェノ様」


 『凍土の魔女』は、思い人を待ち焦がれる。


 色褪せない思い出の続きが始まるのを夢に見る。


 言葉で分からずとも、心で通じ合えると信じていた。

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