第151話 冥戯黙示録 巻末
デスマッチは終わった。勝利をこの手で掴み取った。
ゴングの音と共に現れたのは、一枚の小切手のようなもの。
その内容を隅々まで確認した蓮麗は、すかさず破り、言い放った。
「我の仲間となれ、シェン・リー。期限は、母と因縁のある神と決着がつくまで。天界の情報や、母に関する手がかりを掴めば、逐一報告すること。それ以外の行動は自由にして構わないネ。どこで何をしてようが、我は一切干渉しないし、この一件が片付くまで、例の秘密を第三者に漏らさないと確約してもいい」
命令権の行使。絶対服従にしては状況が限定的。
束縛することは一切なく、自由意思を尊重している。
むしろ、被契約者の方が得するような形式になっていた。
「それで終わりではないのであろう? もったいぶらず言ってみろ」
当事者であるシェンは、勘ぐるように語る。
契約の裏に潜んでいる、『何か』を警戒している。
「……その代わり、我が危機的状況にあれば、必ず駆けつけ、命を懸けろ」
蓮麗は惜しむことなく、本題に切り込んだ。
この手の能力の扱いには、誰よりも慣れている。
効果を限定的にしたのは、緊急時の余白を残すため。
常に絶対服従する状態だと、恐らく、効力を発揮しない。
内容にメリハリがあるからこそ、可能になる無茶だと読んだ。
「委細承知した。必要となれば知恵を貸し、時には露を払う刃となろう」
能力の効き目が出たのか、あえてやってるのか。
シェンは、その場で跪き、右手の甲を突き出していた。
英国式の服従を誓う仕草。主従関係を成立させるための所作。
「それ、必要ないヨ。目線が同じでないと見えない景色があるからネ」
蓮麗は手を伸ばし、シェンを引っ張り上げる。
仲間なら上も下もなく、対等なのが望ましかった。
契約書に縛られた関係だとしても、考えは変わらない。
「ふっ……。だったら、早速、聞かせてもらおうか。お前さんの母親の件を」
真意は分からないものの、シェンは微笑を浮かべ、言った。
不思議と悪い気はしないまま、切り出すのは『あの人』の話だった。
◇◇◇
パチリと重い瞼が開き、意識が覚醒する。
朧気ながらも、目の前がぼんやり見えてきやがった。
「「――――」」
「「「――――」」」
地下トンネルの通路上で談笑するのは、二つのグループだった。
奥には、蓮麗とシェン。手前にはメリッサ、一鉄、マイクの計五人だ。
(終わった、てぇのか……?)
つたない記憶を頼りに、ルーカスは状況を整理する。
◆過去◆
・閻衆と共に地下トンネル突入。
↓
・一鉄とアサドの共闘。マクシス、ヘケト、鎧を纏った誰か、既に気絶。
↓
・旗の奪取を試みる中、一鉄が閻衆を殺害。
↓
・蓮麗×マイクが到着。一鉄×アサドに敵対宣言。
↓
・強襲中、マクシス覚醒。電撃を浴び、ルーカス、蓮麗、マイク気絶。
覚えているのは、ここまで。この後に何かがあった。
感情抜きの事実だけを頭に並べ、次は『今』に目を向ける。
◇現在◇
・不明→アサド、ジェノ、広島、バクジー、ベクター。
・停止→マクシス。
・生存→蓮麗、シェン、メリッサ、一鉄、マイク。
・気絶→ヘケト、鎧を纏った誰か(アサド以外の不明者の誰か)。
人物のみに焦点を当て、カテゴリごとに分別。
五人で協力して、アサドを倒したと見るのが、本命。
イザコザがあって、二つのグループに割れたってのが対抗。
ここにいる全員がアサドの術中にハマり、幻覚を見てるのが大穴。
(いや、まだ終わってねぇ……)
いずれにせよ、変わらない事実があった。
相も変わらず地面に転がる、舞台装置が見える。
『姐、さんは……………鬼の、未来は――』
頭によぎるのは、死に際に放った閻衆の言葉。
思いを聞いちまった以上は、やることは決まってる。
(全員、忘れてやがる。……こいつは、旗を奪い合うゲームだろうが!!!)
この場の誰よりも高い熱量をもって、ルーカスは疾駆した。
冥戯黙示録の趣旨。バトルフラッグの目的とルールに則った行動。
「――――」
持ち味の左義足の加速により、二本の旗を奪取。
驚く面々を横目にして、止まることなく進み続ける。
完全に不意をついた形で、辿り着いたのはエレベーター。
すぐさま二本の旗を差し込み、ギミックが機能し、扉が開く。
ルール説明上なら、旗一本あたり二人まで乗ることが可能となる。
――だが。
「あばよ、鈍足ども。一生、そこで馴れ合っとけ」
ルーカスは感情の一部を吐き出し、扉は固く閉ざされた。
◇◇◇
ザ・ベネチアンマカオ、地上1階。
広々としたカジノフロアは、貸し切り状態。
客や従業員の姿はなく、電気は消えちまっていた。
(……まさか、反故にしたってわけじゃねぇよな)
エレベーターから降りたルーカスは、慎重に歩みを進める。
反射的にセンスで目を凝らすと、見えたのはあからさまな足跡。
迷路にパンくずを置くように、わざと意思を残してるのが丸分かり。
(罠か……? それとも……)
嫌な予感がしつつも、ルーカスは足跡を追い続ける。
その先にあったのは、六人用のポーカーテーブルだった。
席は人数分あるものの、全てが空席。誰も座っちゃあいない。
しかも、センスの足跡は途絶え、他に手掛かりはなさそうだった。
「…………」
不安要素しかないものの、ひとまず席についた。
誘い込んだなら、ここで何かしらの行動に出るはず。
何も起こらない可能性もあるが、その時に考えればいい。
「――っ」
すると突然、眩いスポットライトが発光。
ポーカーテーブルだけをポツンと照らしている。
「「「「―――」」」」
直後、空席に黒い煙が舞うと、現れたのは四匹の悪魔。
チビ、姉御、老人、貴族。多種多様な属性を持った奴らだ。
そこにアサドの姿はなく、下での出来事が現実だと確信できた。
「……で、何の用だ。ここまで仕込んだからには、何かあるんだろ?」
警戒心を解くことはなく、ルーカスは問いかける。
そこに集うのは、悪魔界の中でも最上位級の悪魔たち。
それぞれがテーブルについた時点で、おおよそ察しがつく。
「まずは、冥戯黙示録のクリアおめでとう。お前が一人目の攻略者となる」
語り手に徹したのは、開幕から仕切っていたチビ。
グレーっぽい軍服と制帽に、黒髪でおかっぱ頭の幼女。
名前はリア・ヒトラー。ジェノ曰く、ドイツの元魔術師だ。
「下らん前置きはいらねぇよ。さっさと本題を言え」
適当にあしらい、ルーカスは冷めた口調で話を促す。
『まずは』と挟んだからには、続きがあるに決まっていた。
「話が早くて助かる。実は、下の状況を鑑みるに、これ以上の攻略者は出ないと判断した。こちらの悪魔も一匹欠けた状態になっており、正常な終わりが見えない状態となっておる。……そこで、お主に一つ相談がある」
リアは現状を淡々と語り、空中にトランプを生成する。
それを横にザッと並べ、返事を聞くことなく、言葉を続けた。
「最後に一勝負して、ケリをつけんか? 勝てば、使役権の総取り。負ければ、使役権の没収が条件だ。リターンを考えれば、悪くはあるまい?」
提示されたのは、ラストゲーム。
ある意味、不測を補填するような内容。
ゲームの内容は不明だが、リターンはでかい。
乗る以外の選択肢は、存在しないとさえ思っちまう。
――だが。
「お断りだ、ばーか。こちとら元信用詐欺師だ。その手には乗らねぇよ」
ルーカスは、並んだトランプを手で払いのけた。
迷わず選んだのは、勝負に乗らないという選択だった。
変にハイになったからでも、リスクにびびったわけでもねぇ。
「……理由を聞かせてもらえるか」
悪魔たちの代表を続けるリアは、答えを求める。
ハメる気満々だった奴らには、ガツンと言ってやらねぇとな。
「地下108階から1階にたどり着いた先着五名が悪魔の使役権を得る。これが勝利条件。ただし、これには注意事項があった。悪魔側か人間側の数が欠け、どちらか五名未満になった場合、先着人数は減った分だけ繰り下げとなる。……今の場合はどうだ? 悪魔は一匹欠け、人間側の攻略者が出ないと、お前の口から言った。それは悪魔側の公式見解だと思っていいんだよなぁ?」
「……だとしたら、どうなる」
「先着人数は一人に繰り下げだ! 俺には使役権を総取りできる権利がある!」
畳みかけるように語った末に、辿り着いたのは結論。
危うい橋を渡るまでもなく、手に届く範囲に宝はあった。
認めないならゴネてやる。いくらでも理由は付け加えられた。
「…………お見事。それでこそ、仕えるにふさわしい御方」
リアの発言を皮切りに、続々と席を立ち、周りに集まり、膝をつく。
服従の仕草。年齢や立場や肩書きに関係なく、素直に敗北を認めている。
――そして。
「「「「我々、悪魔一同は、ルーカス様の使い魔となることを、ここに誓う」」」」
揃った声音で語られるのは、公式の見解。
一度、口にした以上、確定したと思っていいだろう。
考えることは山ほどあったが、ひとまず、締めてやらねぇとな。
「だったら、最初の命令だ。大日本帝国で虐げられる鬼どもに、居場所を与えろ」