第150話 副賞
鋼絲牢翳が作り出す金網。その外側にある地下通路。
そこに響くのは、カンカンカンというゴングの音だった。
目の前で行われていたのは、人対神という熱いマッチアップ。
具体的に言うなら、魔神契約者蓮麗と、神の化身シェンとの戦い。
勝ち残ったのは、蓮麗。シェンに『参った』と言わせ、決着がついた。
一方的に勝ったというわけでもなく、苦戦した上で辛くも勝利をもぎ取った。
――厄介だったのは、シェンの規格外のセンス。
徳を積めばセンスが増える体質と、徳を積む能力のコンボ。
成立して以降は、神的特攻状態の蓮麗でも打撃が通らなかった。
理不尽だと言い切れる劣勢を覆したのは、たった三つの能力だった。
「飛行禁止、防御無視、神的特攻のコンボっすか。参考になるっすね……」
一部始終を見届けたメリッサは、ぽつりと感想を漏らす。
勝敗の結果よりも、思わず目についたのは、その技前だった。
武術もさることながら、状況に応じた能力の使いどころが上手い。
現在、六つの能力が扱える自分にとっては、寝耳に水の話だと言えた。
能力の組み合わせ次第では、攻略できる可能性があったと思うと口惜しい。
「蓮麗のやつ……。また寿命を……」
一方、隣にいたマイクは苦い顔を作っていた。
勝ち負けには興味を示さず、身体の心配をしている。
――勝利の代償は寿命二年分。
デスマッチの副賞を得ても、割に合わない。
身内だからこそ、体調に関心が向くのは理解できた。
「やりたいように、やらせてやればいいんじゃないっすかね」
「俺は身寄りのないアイツの保護者だ。口を挟みたくもなる」
自由と束縛。家族と言うのは、どちらかに偏る。
もし、蓮麗が血縁者だったら、弁明しても良かった。
ただ、彼女は他人。優先順位はどうしても落ちてしまう。
「ま、人様の家庭に口を突っ込む権利はないっすね。それより大事なのは、今」
話を早々に切り上げたメリッサは、前を向いた。
さっきのゴングは、デスマッチの工程が終了した合図。
展開していた金網を解き、後に起こるであろう展開を見守る。
「払戻か。見たところアサドの能力は機能してるようだが、どう考える」
「うちの予想だと、命令権は最後に勝った蓮麗の総取りっすけど、果たして……」
当事者のマイクと情報を擦り合わせ、目を凝らす。
視界に入ってきたのは、蓮麗とシェンとゴングに加えて――。
「……?」
目の前には、フワリと一枚の紙切れが現れる。
小切手のような見た目で、表面には文字が刻まれていた。
『甲:臥龍岡メリッサは、乙:千葉一鉄への命令権を得る。使用は一度限り。本契約書を破った後に発する命令が絶対服従となる。乙の意思に関係なく、必ず遂行される。甲の声が乙に届く範囲のみ有効。破棄破損破壊に最大級の耐性を持ち、甲以外に本契約書を破ることはできない』
それは紛れもなく、命令権の契約書だった。
書かれた内容を見る限り、総取りじゃなかった。
今まで行われた全てのマッチアップが反映された形。
それも、過不足ない説明と不正防止措置が施されていた。
「なーる。ここまでの努力も少しは報われたみたいっすね」
細部まで目を通した上で、メリッサは振り返る。
そこにいたのはマイクと、もう一人の当事者がいた。
「仕様を詳しく聞かせてもらおうか。私にはその権利があるはずだぁ」
命令権でいうところの、乙。命令を受ける側の男性、千葉一鉄。
なくなった杖刀の鞘を支えに使い、どうにか直立姿勢を保っている。
見るからに敵意はなく、契約書の内容を考えるなら、渡しても問題ない。
「その目で確認すればいいっすよ」
メリッサは何の心置きもなく、契約書を手渡した。
「――」
一鉄は受け取り、隅々まで目を通していく。
横にいるマイクも覗き込むように確認していた。
文章は短く、読了まで大して時間はかからなかった。
「……あわよくばと思ったが、不正は無駄のようだな」
すぐに内容を理解し、一鉄は契約書を返してきた。
ここまできて馬鹿な真似はしない。決着はついている。
少なくとも、勝者が割を食うようなクソゲーじゃなかった。
「そういうわけっすね。あんたが屠った悪魔は、最期にいい仕事をしたっすよ」
地面に目を向け、主催者の一人に思いを馳せる。
アサド・クズネツォフ。マクシスの兄にあたる元人間。
弟を独創世界の地下トンネル内で停止させたまま、殺された。
アレを解く術は、アサドが死した現在だと無理難題のように思えた。
「殺すのは早計だったかもしれんな。……それより、どんな命令を下すつもりだ」
決まりが悪そうに、一鉄は話題を切り替える。
その中心にあるのは、命令権が行使された先のこと。
期待に応えるべく、メリッサは契約書を破り、言い放った。
「滅葬志士の私物化に協力してもらうっす。うちが組織のトップで、あんたがナンバー2。総棟梁っていう重苦しい歴史も伝統も受け継ぐつもりは一切ないんで、今より一つ上の位を作るっす。肩書きはそうっすねぇ……元締ってところっすかね」