第148話 神に歯向かう理由②
白教は世界最大の宗教団体。信徒の数は世界人口の半分。
世界各地に礼拝用の聖堂が存在し、マカオ内にも当然あった。
誰かに勧められたわけでもなく、休日に行われる礼拝に参加した。
信者以外を拒むようなことはなく、簡単に中へ潜入することができた。
(これが白教。カルトかと思ってたが、中は思ってたより普通だナ……)
白一色に染まる礼拝堂内に、蓮麗は足を踏み入れる。
等間隔に並ぶ長椅子には、信徒で埋まる。服装は白のみ。
それは当然把握済みで、白のワンピースドレスを着ていった。
もちろん、身元がバレないよう、黒のサングラスをかけていった。
「「「…………」」」
すると、入った瞬間から、白い目で見られるのが分かる。
気に入らないことがあるものの、直接言ってこない人の目線。
致命的なミスではないものの、何かやらかしたのは一目で分かる。
(コイツのせいカ……?)
当時から察しは良く、すぐに当たりをつけ、黒のサングラスを外した。
当たっているにせよ、外れているにせよ、反応でABチェックは可能とみた。
「「「―――――」」」
信徒たちは何も言う事はなく、前を向いた。
反応からして、今のが正解だったことを意味している。
(ワンポイントでも駄目カ。眼が見えなかったら、どうするつもりだ?)
内心イライラしつつ、空いている席に腰をかける。
座ったのは、一番後方の座席。これ以上は目立てない。
周囲の顔色を伺っていると、祭壇には『あの人』が現れた。
赤く角ばった帽子を被り、見覚えのある白い司祭服に袖を通す。
何か語ることはなく、その背後には十数人の修道女が続々と並んだ。
(あー、どうせ、欠伸が出そうな教えを聞く時間の始まり……)
げんなりとした表情で、蓮麗は眺める。
期待値は底割れしていたところで、それは起きた。
「――――」
聞こえてきたのは、聖歌と思わしき『何か』。
ゴスペル風の力強い音色が、身体の奥底を揺らす。
気付けば、リズムに乗り、口ずさむほどに聞き入った。
教えも背景も全く知らず、白教に心を掴まれた瞬間だった。
◇◇◇
礼拝後に訪れたのは、インターネットカフェ。
白教に興味を持ち、色々と調べてみることにした。
ブラウザから検索をかけ、それっぽい記事を見つける。
(……白教内における序列。位階制度)
ズラッと並べられているのは、言ってしまえば、ランキング。
上位であるほど偉く、下位であるほど下っ端の一般的な組織体系。
政治や株式会社まで幅広く使われる階級を、宗教的に言い換えたもの。
Ⅰ.教皇
Ⅱ.枢機卿
Ⅲ.大司教
Ⅳ.司教
Ⅴ.司祭
Ⅵ.助祭
役割や権限は目に入らず、気になったところは別にある。
ザッと読み飛ばしつつ、今、欲する情報だけに焦点を絞った。
(……あったネ)
目に留まったのは、各位階の外見的特徴の違い。
普通の人なら、気にも留めない場所に興味関心があった。
(『あの人』の階級は――)
母と再婚した相手が、どの程度のランクなのか。
どうせ下の方だと思いつつ、文字を流し見していく。
すると、手が止まる。想定していたより早く見つかった。
特徴はワンポイントの赤。ビレッタ帽という帽子の色の違い。
大学の学位授与式などで使われるものと、類似しているデザイン。
『あの人』が被っていた帽子の色を考慮すれば、階級が確定してしまう。
「枢機卿……。アイツが白教のナンバー2……?」
想定外の情報を前に、思ったことが口に出る。
家で調べなくて良かったと、心の底から安堵した。
仕切りなしでパソコンが並んでるけど、過疎っている。
客はいなかったし、店員に聞かれても困ることはなかった。
「少し、外で話をできますか? 蓮麗さん」
そう思っていた時、肩をポンと叩かれ、耳元で囁かれる。
ビクリと肩が揺れ、悲鳴が漏れそうになりつつも、必死で堪えた。
「……分かったヨ。その代わり、ここは奢ってもらうからナ」
怯えたところを見せたら、舐められる。
その思いだけで恐怖心を抑え、堂々と席を立った。
◇◇◇
マカオ中区にあるセナド広場と呼ばれる場所。
中央の噴水が特徴で、辺りには商業施設がひしめく。
休日の昼過ぎということもあり、大勢の人が闊歩していた。
嫌でも人目につき、ここなら白昼堂々と口封じはされないだろう。
「……で、我に何の用カ?」
噴水近くの段差に腰かけ、蓮麗は話を促した。
この呼び出しが良いか悪いかは、内容次第で変わる。
変につっかかるより、用を聞くのが一番手っ取り早かった。
「今日の礼拝に来ていましたね。催しは如何でしたか?」
『あの人』は立ったまま、本題を切り出した。
内容は至って普通。礼拝を見られていただけのこと。
サングラスを外した時点で、バレる可能性は頭の中にあった。
「……悪くはなかったヨ」
ひとまず話に乗って、蓮麗は様子を見る。
ここまでは牽制。ここからが本命に決まってる。
「そう、ですか」
歯切りの悪い反応を見せ、会話は途切れる。
口下手なのも、話し方に個性がないのも知ってる。
ただ、それにしても――。
「話はそれだけカ? 他に聞きたいことがあるんじゃないのカ?」
言わなくていいことを蓮麗は口に出す。
ネカフェのことは、知られたと思っていい。
その上でスルーされるのは、気持ちが悪かった。
「いえ、特にありません。話はそれだけです」
思いに反し、『あの人』は去ろうとする。
興味が全くないのか、興味を引かせたいのか。
ここまで感情が読み取れない人は会ったことがない。
「あぁ、言いたいことがあるならハッキリ言え! 一応は、家族だろ!」
不利になると分かりつつ、蓮麗は声を荒げた。
他人のような仰々しい態度に、腹が立ってしまう。
相手がどんな立場であろうと、戸籍上は、父親になる。
認めるのは癪だったが、状況的には認めざるを得なかった。
「……だったら、無礼講で話そうか。君だけに伝えておきたいことがある」
足を止め、声のトーンを変えて、『あの人』は言った。
初めて腹を割って話してくれそうな空気を醸し出している。
「…………」
蓮麗は黙したまま、こくりと頷いた。
何を言われるかは、全くもって想像できない。
期待半分、不安半分の気持ちで続く言葉を待ち詫びる。
「母さんは近いうちに、神の生贄に捧げられる。別れを済ませておきなさい」
語られたのは、吐き気を催してしまうほどの邪悪。
それが、家を出た理由。それが、詠春拳を覚えた理由。
魔神と契約し、寿命を削ってでも神に歯向かう理由だった。