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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
145/156

第145話 必殺

挿絵(By みてみん)





「【詠春崩し】」


「【螳螂流し】」


 時間が巻き戻されるように始まるのは、互いのカウンター。


 厳密に言えば、シェンが先攻、こちらが後攻に徹した打ち合い。


 七星螳螂拳は相手を動かせて潰すのが売りで、詠春拳は手数が売り。


 ――勝敗を握るのは、技の初動。

 

 シェンの狙いは、詠春拳の根幹である両腕を潰すこと。


 圧倒的な手数を繰り出される前に、止める技なのは分かってる。


(秘密をどう扱うにしても、ここを越えないと意味がないネ……っ!!!)


 すぐそこに迫るのは、鎌の如く放たれる両手。


 螳螂手と呼ばれる動作に対し、蓮麗は八斬刀を振るう。


 鎌対刀。武術という作法をなぞらえて、異なる意思は衝突する。


「「――――っ!!!!」」


 意図的に増幅されたセンス。系統を無視した異常な量。


 互いの間に壁を形成し、侵攻を食い止めんと眩い光が迸る。


 ――肉体+センス。


 純粋な力比べは、この図式で成り立つ。


 具体的に言うなら、筋肉量と顕在センス量。


 目に見えて分かる部分が、技の強度に直結する。 


 相手の見た目は少年。筋肉の量に大差は見られない。


 問題は顕在センス量。体表面に纏える光の限界値の勝負。

 

「――――」


 真紅の光がバリバリと音を立て、紫光の侵入を許す。


 シェンの攻防力が上回った形。顕在センス量は相手が上。


 徳を積めばセンスが増える。その発言が真実だと示された証。


 ――こうなることは、初めから分かっていた。

 

「…………っっ」


 両腕に迫る螳螂手に、蓮麗が用いたのは八斬刀の鍔。


 柄を覆うような、丸まった形状。それを有効に活用する。


 鍔に当て、滑らせ、受け流し、凌ぎ切る。それが、螳螂流し。

 

 中国拳法界隈の争い。闇討ち。そこから生まれたメタ対策だった。


「「―――」」


 詠春拳と七星螳螂拳。互いの得手不得手を理解した、接敵。


 肉体と武術とセンスを介して、技の打ち合いは終わりを迎える。


 ――両者、無傷。


 蓮麗は、顕在センス量で敵わない格上相手に、技量で凌ぐ。


 シェンは、投擲された四本の八斬刀を避け、接近戦に持ち込む。


 慈善試合なら、互いの健闘をたたえ合い、手を握り合って、終わる。


 ――しかし、そんな生ぬるい結末は許されない。


「背後には気を付けた方がいいヨ」


 束の間の休息に、蓮麗は声をかける。


 視線の先には、投擲した八斬刀がUターン。


 四つの刃が、シェンの背面を襲おうとしていた。 


 信じようが、信じまいが構わない。目的は別にある。


 ――反応を遅らせること。


 思考が生じれば、その分、動きが鈍る。


 そこに、正面と背面の同時攻撃を叩き込む。


 圧倒的センス量だろうと、配分は一定じゃない。


 別の箇所を、同時に凌ぎ切るのは困難だと判断した。


 打ち合う限り、絶望的な差もなく、十分通用するレベル。


 ――秘密は保険。


 これが通用しなかった場合の策。


 あくまで本命は、次の斬撃にかかっている。


「その言葉、そっくりそのまま返すぞ小娘」


 すると、シェンは澄ました表情で会話に応じた。


 貴重な時間をあえて消費し、面倒な読み合いに持ち込む。


(その手には乗らないヨ。何を言われても、我は――)


 敵の戯言を右から左に聞き流し、柄を握り込む。


 そして、ありったけのセンスを八斬刀の両刃に乗せる。


「――雙鶴齊鳴そうかくせいめい

 

 放たれるのは、逃げ場のない六連の斬撃。


 正面と背後から、同時にシェンへと襲いかかる。


 相手のセンスは一定で、変化の兆候は見られなかった。


(これで――)


 神の化身に、王手をかけた感覚。


 このまま刃を振るえば、恐らく手に届く。


 ――神への命令権。


 場合によっては、悪魔の使役権よりも価値がある。


 それが目前にあると考えれば、多少の緊張感があった。


 両手には汗が滲んで、体内からアドレナリンが分泌される。


(本当にコレでいいのか……?)


 心拍数と血圧の上昇による、時間的矛盾。


 超感覚に支配される中、蓮麗は頭を回していた。


 思考の中心は、今しがたシェンが口走った発言にある。


(もし、ヤツが言ったことが本当だったら……)


 深読みさせるためのブラフなら、まんまと策にハマっている。


 ただ、熟考する価値のあるワード。事実なら状況がひっくり返る。


 問題は、現実的に可能なのか。鵜呑みにするほどの期待値があるのか。


 それらを条件に加えた上で、勘ぐる、考察する、現状の最適解を導き出す。


「――――――あぁぁぁぁあああああああああっっ!!!!」


 圧縮された時間の中で、蓮麗が選んだのは、絶叫。


 闇雲に刃を振るい、自分の感覚を信用してやらなかった。


 狂ったようにも見える所業の狭間、聞こえてきたのは甲高い音。


 ――刃と刃のかち合い。


 この時点で予想が当たったことを確信する。


 恐らく、精神防御の解除時に玉鏡星が機能した。


 認識阻害を受け、視覚と方向感覚を入れ替えられた。


 ――つまり、襲い来るのは己の攻撃。


 状況を理解しながら、角度を調整し、当たりをつける。


 自分の技だと分かっていれば、凌ぎ切ることは難しくない。


「――――ッッ!!!!」


 無規則から、規則性を持たせた斬撃に切り替え、順応。


 ガキンと音を立て、二投目の投擲物を斬り払った感触があった。


(最悪の事態は避けられた。ただ、問題は――)


 外に向けていたセンスを内に向け、精神防御を高める。


 玉鏡星が効いたのは、センスの見積もりが甘かったせい。

 

 強めの上書きをしておけば、こんなことにはならなかった。

 

「防御が手薄いな。それで凌げるのか? 吾の攻撃を」


 視界と方向感覚が戻ると、振るわれたのは右拳だった。


 言葉と能力とセンス配分の偏り。全てが噛み合った一撃。


「――がっっっ!!!!!」


 成す術ないまま、拳は懐に吸い込まれ、センスを突き破る。


 気絶するかしないか。見事に加減された正拳が、鳩尾に届いた。


 過剰分泌中のアドレナリンで痛みを感じないまま、視界が明滅する。


「何か言う事があるのではないか?」


 そこで聞こえたのは、勝ち誇るシェンの声だった。


 手には、一撃必殺の効果を持つ懐中電灯を持っている。


 拒否すれば、最後。この身体は悪魔界送りになるのは確実。


 下手に意地を張れば、シェンは手を汚す。何の躊躇もなく殺す。


 一方、降参を認めれば、手を止める。命令権と引き換えに、助かる。


 ――生きるか、死ぬか。


 両方を天秤にかけた上で、思考する。


 何を選ぶのが正しくて、何が間違っているか。


 マイクに教えられた、人間性と道徳心が問われる場面。


 ――その上で選んだ、答えは。


「我は知っている。漆黒の鎧に身を包み、屋敷を襲撃した事件の全貌を!」

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