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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
142/156

第142話 センスの相性

挿絵(By みてみん)




 ぐらりと足がふらつき、視界が揺れる。


 武術の命である、体軸のバランスが崩れていく。


(いつから、敵の術中にハマっていた……?)


 食らった能力の内容は、大体把握している。


 それより気になったのは、なぜ忘れていたのか。


 どうして、近接戦に持ち込もうとしてしまったのか。


 目先の障害より、シェンの話術が厄介だと判断していた。


(あの、時カ……?)


 蓮麗は今までのやり取りの中から、候補を一つに絞る。


 思い当たるのは、最も行動に影響が出やすい、直近の言葉。


『六点半棍。あくまで不殺が目的と見える。吾は八斬刀の方が好みなのだがな』


 戦いの最中、シェンが発した一言が脳裏によぎる。


 当時は、ただの感想だと思っていたが、そうじゃない。


 ――高度な心理戦。


 『刀』を使う選択肢を、脳内に刷り込まされた。


 『棍』は有効打にならないと、勝手に思い込まされた。


 全ては、接触発動型の能力。【玉鏡星】の条件を満たすため。

 

(思考を誘導された……。おどけも作戦のうちカ……)


 起きた現象に、ひとまず納得のいく答えが用意できた。


 この後の展開は想像がついている。次に叩き込まれるのは、本命。


「――慈愛的拳ツアイデクァン


 拳+センス+詠唱のバフ+帝国語以外の言語の使用。


 統一された言語により、それぞれの地方言語は呪文と化した。


 中国語も例外ではなく、強い意思を乗せることができれば、言霊が宿る。


 ――その効果は様々。


 威力の向上。属性の変化。特殊効果の付与など。


 元々の性質をたたき台にして、能力の底上げを行う。


 メリットばかりに思えるが、デメリットも存在していた。


(追加効果がなんだろうが、タイミングさえ読めれば、恐るるに足りないヨ!)


 発動することを敵に察知されるのが、唯一の欠点。


 どのような技だろうと、対処できる余裕と時間が生まれる。


「――――ッッッ」


 左右上下の認識が歪みながら、蓮麗は後方に跳躍した。


 拳を躱し、乱れのない宙返りをした後に、地面へと着地する。


 【玉鏡星】の認識阻害。それを一切感じさせず、回避に成功していた。


「見事……。感覚系なのも相まって、精神防御は相当なレベルだと伺える」


 避けられた理由を、シェンは一発で見抜き、口にしている。


 意思の力は三つの系統に分類されるが、それぞれ得意不得意がある。


・肉体系 身体強化◎ 心理掌握△ 創造可変○


・芸術系 身体強化△ 心理掌握○ 創造可変◎


・感覚系 身体強化○ 心理掌握◎ 創造可変△

 

 才能や習熟度や条件次第で変動するが、基本はこの図式。


 感覚系の場合、100%の精度を発揮できるのは心理掌握になる。


 言葉通りなら敵を操ることを意味するが、特権はそれだけじゃない。


 ――敵に操作能力を使われた場合、最大の効果を発揮する。

  

 それは、シェンが言った『精神防御』という言葉に集約される。


 【玉鏡星】は紛れもなく、心理掌握系の能力。精神に大きく作用する。


 感覚系との相性は抜群。よっぽどの実力差がない限り、防御は可能だった。


「ご名答。悪知恵を働かせた割には、残念な結果だったネ」


 蓮麗は屈伸運動をして、身体の感触を確かめながら言った。


 勝負は振り出しに戻ったが、【玉鏡星】を防げたのは、大きな収穫。


 問題は『刀』のまま戦うか、『棍』に戻るか、原点回帰で『拳』にするか。


(警戒に値するのは、慈愛的拳だけ。アレさえ食らわなければ、勝てる)


 争点の鍵を握っているのは、敵の切り札の存在。


 食らえばセンスを分け与えられ、シェンは徳を積む。


 その行為により、相手は分け与えた以上のセンスを得る。


 殴り合うほど互いのセンスは高まり合うが、差は埋まらない。


 体術戦で勝てる可能性はなくなり、いずれ降参する結末を迎える。


(諸々の事情を踏まえた上で、最も適性がある戦闘手段は――)


 蓮麗は明確な目的を元に、必要な手段を考える。


 三つの戦い方を自由に選べる、詠春拳ならではの悩み。


 それぞれ一長一短があり、状況に合う選択が出来てこそ一流。


 『慈愛的拳を食らわない』を条件にするなら、答えは自ずと絞られた。


「今のが限界なら、次で詰ませてやるヨ……」


 蓮麗は黒革の柄を握り、短い刃先にセンスを込める。


 『拳』は敵と相打ちした時点で、能力が発動するから論外。


 『棍』はリーチが長い恩恵と引き換えに、空振りの隙が大きい。


 『刀』はリーチが短い代わりに、取り回しが良く、攻防がスムーズ。


 ――よって、『刀』。


 刃と鍔で接触すれば、慈愛的拳は発動しない。


 身体に直接叩き込んだ時のみ、効果があるタイプ。


 もし、発動するならば、一つ前の攻防で使われている。


 だからこそ、今の条件では、『刀』が最も的確だと判断した。


「滑稽だな。目先の出来事に囚われ、物事の本質が見えておらん」


 するとシェンは、意味深な台詞を語る。


 恐らく、深読みさせ、判断を鈍らせる作戦。


「その手には乗らないヨ。我の優位は一ミリも揺るがな――」


 毅然とした態度で、蓮麗は応対しようとする。


 しかし、違和感に気付き、続く言葉に詰まってしまう。


 答えは単純明快。必要以上に溢れ出す、力の源に存在していた。


「詠唱の追加効果は、透明弾。拳を撃った時点で能力は発動しておる」


 隠す必要のないシェンは、惜しみなく種を明かす。


 振り出しに戻ったどころの騒ぎじゃない。むしろ、悪化。


 詰まそうと思ったら、詰んでいた。シンプルで最悪の展開だった。

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