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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第141話 八斬刀

挿絵(By みてみん)




 詠春拳における棍術の教えを破った、大振りの技。


 意表をついた蹴りが、シェンの左頬にクリーンヒット。


 センスの防御が手薄だった箇所に渾身の一撃を叩き込んだ。


 その結果――。


「ここからは、全力でやらせてもらうとしようか」 


 神の化身の怒りを買った。


 全身には紫色のセンスを纏っている。


 意思の力の使い手における、王道の臨戦態勢。


 得意とする系統は不明。能力の一部は開示されている。


 ――ただ。


(見えるのに、センスの気配を感じない。コイツは一体……)


 感覚系の目を通しても、見えない『何か』。


 薄々と違和感を覚えていたものの、より顕著になった。


 全力のシェンと接敵する前から、底知れなさを感じ取ってしまう。


(いや、考えても沼にハマるだけ。敵が全力で来るなら、応えてやるまでヨ)


 蓮麗は思考を切り替え、持っていた棍を放り投げる。


 すると、二メートル強あった木の棒は、原型が崩れ去った。


 割れたガラスのように破片が飛び散り、あっという間に消滅する。


 それを見届けつつ、蓮麗は右手を掲げ、センスを集中し、静かに言った。


「――無極具象」


 行うのは、新たな武器の生成。センスの物質化。


 デザインは凝らない。機能面だけを徹底的に追及する。


 両手にフィットする黒革の柄。握り手の周辺を覆う円形の鍔。


 刃渡りは約40cm。先端は少し丸みを帯び、形状は中華包丁と似てる。


 材質は高炭素鋼。鉄と炭素を合金にした鋼。刃の色は、やや黒みを含んだ銀。


 ――八斬刀。


 別名、胡蝶双刀とも呼ばれる、詠春拳における武器。


 『拳』と『棍』に次ぐ、三つ目の習得必須科目である『刀』。


 殺人に重きを置いたものではなく、その本質は『護身』にあった。


「「――――」」


 蓮麗は身を守るため、迫る脅威に刃を振るう。


 甲高い音が鳴り響くと、真紅と紫の閃光が迸った。


 空中で鍔迫り合っているのは、二つの刃と二つの手刀。


 本来ならあり得ない現象。普通なら素手と刃は拮抗しない。


 ――ただ、意思の力なら不可能を可能にできた。


 シェンは両手にセンスを集中させ、攻防力を引き上げる。


 刃と素手との間に、分厚い壁を構築しているような感覚に近い。


 強度は、使い手の才能と系統と熟練度に加えて、力の配分で変動する。


 センスを扱える者同士の間では常識。刃を止めたのには、大した驚きはない。


 ――それよりも。


(気配を感じない以外は、普通だナ。こんなものが全力なのカ?)


 押し負ける展開を想像していたせいか、拍子抜けだった。


 肉体系なら、両手に力を集中せずとも、センス量で圧倒する。


 芸術系なら、独創世界か、有利になる武器やギミックを形成する。


 感覚系なら、敵に接触した時点で精神に干渉しようとする。などなど。


 全力と言った割には、特色が見えない。並みの使い手と動きは同じだった。


「…………」


 すると目の前のシェンは、不気味な笑みを浮かべていた。


 何も語ることはなく、表情から読み取って見ろと言わんばかり。


 心の機微に敏感な感覚系だと見抜かれた上で、試されている気がした。


(余裕、覚悟、自信。2対3対5のブレンドといったところカ。警戒心がなく、自信過剰。八斬刀対素手という不利な展開を前にしながら、自分の実力に一ミリも疑いを持ってない。この感情図は、向こう見ずな馬鹿か、優れた戦士かの二択)


 刃と拮抗する手刀に注意を払いつつ、蓮麗は感情を読み取る。


 センスの残滓から読み取れる情報はなく、表面的なものに限定した。


 表情、発言、戦闘スタイル、拮抗した状況などを加味した結果の心理分析。


 ――こんなものは、能力でも何でもない。


 占い師やメンタリストが多用する、相手の癖読み。


 わずかな情報から想像を膨らませる力を持っているだけ。


 感覚系を自称するのなら、その先に目を向けなければならない。


(気にするべきは、揺るがない自信の根幹。神の化身だから、秘めた能力があるから、純粋な戦闘力で押し切れるから。それらは全て安直な答え。我は知っている……。心当たりがある……。一度、遠くから観測している……)


 後ろ寒い思いをしながら、真実に近づいているのが分かる。


 笑った理由に紐づき、自由の街(アガルタ)上空で見ていた光景に結びつく。


 あの時と感情図は同じ。流れ込んだセンスの残滓から観測したもの。


 神の技ではなく、シェン個人が習得している、体系化された武術の一部。


(――接触発動型の能力。条件はすでに満たされている)


 冷や汗が背中を伝いながら、真実に行き着く。


 それは、分かったところで避けられない、面倒な問題。


「七星螳螂拳――【玉鏡星】」


 気付いた時にはすでに遅く、紫光の輝きが全身を包み込んだ。

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