第14話 ビタ押し
『戦獄セレクション2』の画面には、腕でバッテンを作る楓がいた。
AT2G目に起きた不運な出来事。ルール説明内の不測の事態が生じた。
「詳しく説明してよ、メリッサ。重要なところだけでいいからさ」
隣に立つジェノは、両腕を組み、不服そうに語る。
チップの半分は彼の物。説明する義務はある気がした。
「ようは、赤七を下段ピッタリのタイミングで止めないと駄目なんすよ。猶予は0.03秒。一コマでもズレれば、ペナルティ。九枚役なんで、九枚マイナスされるって仕様っみたいっす。本来なら、二コマぐらいズレても揃うんすけどね」
メリッサは落ち着きながら、素人のジェノに説明する。
現状の問題は継続させるかよりも、いかにペナを避けるか。
技術的にできないことはないものの、リスクもハードルも高い。
「この-6ってのは?」
次に指差したのは、スロット台のチップ投入口にあるデジタル表記。
「それはクレジットっす。スロット内にあるチップの数っすね。チップ三枚で一回転。元々、三枚入ってて、さっきのミスでマイナスされた分を計算して、-6っす。次のゲーム回すには、追加でチップが九枚必要っすね」
説明しながらも、馬鹿馬鹿しく感じる。
当たってるはずなのに、優越感が全くない。
むしろ、逆。崖際まで追い込まれたような状態。
「次、失敗したら終わりってこと?」
ジェノは、すぐさま答えにたどり着く。
下皿に残ったチップは、たったの十二枚。
「そうっすね。ビタ押しを外せば、うちは死ぬっす」
視線を落としながら、事実を認める。
リールを止める0.03秒に命がかかっていた。
『やらへんねやったら、他のもんに譲るけど、どうする?』
楓の発破をかけるような発言に、ギャラリーが集まる。
ギラギラとした目つきが、後ろを見なくても感じ取れた。
チップに飢えた獰猛な獣。当たりそうな台にだけ現れる者。
スロット用語では、後ろに群がる人たちを表す語句があった。
(やめれば、『ハイエナ』されるってわけっすか……)
スロットは投入額が多いほど、自分が育てたという錯覚が働く。
途中でやめた台が、他人の手によって当たれば、損した気になる。
大当たり中にやめるなんて論外。分が悪いと分かっても打ち続ける。
養分の思考。楓は、スロッターが抱く深層心理を上手く掌握していた。
「…………」
メリッサは、九枚のチップを手に握り込む。
投入すれば戻れない。命を賭けた博打が始まる。
「やりたいなら信じるよ」
そこで声をかけてくるのは、ジェノ。
客観的な立場から、心地いい言葉をくれる。
やるやらないは自由。選択権はこの手の中にある。
一度ビタ押しの感覚を掴めば、恐らく、軌道には乗れる。
「…………いや、ここは代打を頼んでもいいっすか」
ただメリッサは、分を弁える。
適材適所という言葉を知っている。
使える手札の中で最も勝率が高い手段。
後ろを振り向き、一人を見つめ、言い放つ。
「――代理者マルタ。いいや、うちのご先祖様」
◇◇◇
視線の先には、実験から生まれた子供がいた。
呪われし子供達計画。その八番目となる犠牲者。
10%ほどは、同じ遺伝子配列が組み込まれている。
「仕方ない……。子孫の頼みは断れないからねぇ」
マルタはスロット台に座り、首の骨を鳴らす。
ゲームの流れもペナルティも、おおよそ理解した。
タイミングよくボタンを押す。たったそれだけの所作。
『交代は構わんけど、不足分はアンタの残高から取り立てるからな』
面白くなさそうな声を上げるのは、鬼道楓。
残高は五十枚。手持ちにあるチップは十二枚。
ビタ押しを外し続ければ、すぐに枯渇する枚数。
「問題ない。……断言しておくが、あたいは一度も取りこぼさないよ」
マルタはリスクを承知の上で、強気に言い放った。
ギャラリーからは、「おぉー」という俗っぽい声が響く。
『ええ度胸や。ほな早速、大口叩けるほどの実力を見せてもらおか』
楓は期待を煽り、プレッシャーをかける。
自ずと出来上がったのは、衆目監視の大舞台。
気付けば、室内にいるゴロツキ共が勢揃いしていた。
(見物人がいようと変わらないね。……本物の戦場に比べたら、生ぬるい)
物怖じせず、マルタはチップを投入。
マイナスは帳消しされ、クレジット表記は3。
残るチップは三枚。外せば、自腹を切ることになる。
「――――」
レバーを叩き、止まった時間は動き出す。
画面の左側に表示されるのは、赤七のマーク。
その下には高速で回転し続ける、リールがあった。
リールに配置された小役数は、全て合わせたら21コマ。
その中で赤七は二つ。中段と下段に揃えられて、ビタ押し。
失敗すれば、チップは減るし、笑いものになるのは間違いない。
――だからこそ。
「…………」
バチン。バチン。バチン。冷たい打音が鳴り響き、場は静まり返る。
そこに、場違いな軽快なBGMが流れ、小判が溢れ出るような音が鳴った。
『口だけじゃ、ないみたいやね。……ただ、マグレでも揃う時は揃う』
「見る目ないねぇ。意思の力には、刹光という技術があるのを知ってるかい?」
突っかかってくる楓に対し、マルタは冷ややかに告げる。
刹光。それは、スロット用語ではなく、意思の力の専門用語。
『打撃衝突時にセンスを込める技術やろ? 誤差が少ないほど威力が増す……』
「あたいは界隈だと……『刹光の支配者』って呼ばれてる。相手が悪かったね」
何かを察した相手に、結論を畳みかける。
ビタ押しは得意分野。専売特許とも言える。
動いてる人間相手に、ビタ押しするのが刹光。
止まった機械に、ビタ押しするのは造作もない。
『嘘やろ……。アンタがあの伝説の……』
血色の悪そう声が聞こえてくるも、もう遅い。
場には途切れることなく、払い出し音が響き渡った。
◇◇◇
ATは終了し、獲得枚数が表示される。
「五百四十枚。取りこぼしなし。さすがっすね」
メリッサは誰よりも先に、代打を労った。
間違いなく、自分でやればここまで増えてない。
「朝飯前だね。アンタも精進するんだよ。できる素養はあるんだから」
マルタは振り返り、満更でもない顔を作る。
その隙間からは、下皿パンパンのチップが見えた。
「耳が痛いっすね。……それより、勝ち分はどうするつもりっすか?」
都合の悪い話題は聞き流し、話を進める。
勝ったチップの所有権は、出した本人にある。
独り占めしたいと言われれば、拒否できない立場。
「ノリ打ちだろ。五人で山分けだよ。特急権の分を差し引いてね」
ありがたい一言により、チップは五等分。
スロット横の回収機にカードを差し、充填した。
特急権は百枚。それを引き、一人平均八十八枚プラス。
メリッサ=八十九枚。
ジェノ=八十九枚。
マルタ=百三十八枚。
アミ=百八枚。
蓮妃=百十八枚。
軒並み枚数を底上げして、次の賭場へ足を運ぶ。
『完敗や。ただな、仲良しごっこはいつまでも続かんで。覚悟しときや』
そこで聞こえてきたのは、鬼道楓の不吉な忠告だった。