第139話 因縁の対決
鳥かごのように形成される黒い金網。特製の武舞台。
メリッサから託された意思を背負って、蓮麗は前に進む。
黒スーツの襟を正し、眦を決した先には、少年が立っていた。
容姿は十代前半。白の辮髪で、黒の男性用チャイナ服に袖を通す。
出身地は恐らく、中国本土。特別行政区の外側にいる、本物の中国人。
それだけでも因縁があったものの、他にも決定的な類似点が存在していた。
「出場条件は満たしてる。慈悲深い神の化身なら、文句は言わないナ?」
「無論、構わんよ。因縁深い魔神の契約者であろうと、平等に接してやろう」
魔神の契約者と神の化身。奇しくも揃うのは、表裏一体の存在。
月と太陽のように、別の事柄でありながら、密接な関係を持っている。
(対白き神では不覚を取った。だけど、今度は――)
拳を握り、蓮麗は臨戦態勢に入る。
敵の力量と能力は、おおよそ把握済み。
そのための対抗策も当然ながら考えていた。
「――無極具象」
虚空に右手をかざし、蓮麗はセンスを集中させる。
得意とするのは感覚系。人の精神に干渉できる力を操る。
精通している武術は詠春拳。一呼吸で敵を倒し切る連打が特徴。
――現れたのは、どちらにも該当しない代物。
蓮麗が掴んだのは、何の変哲もない木の棒だった。
長さは約二メートル。形状はシンプルで、装飾はない。
それは、センスによる物質の創造可変。芸術系寄りの能力。
感覚系の苦手分野であり、本職に比べれば、60%の精度が限界。
『寿命を捧げる』などの特殊条件がなければ、凝ったものは作れない。
なぜそうまでして、木の棒を生成したか。理由は、詠春拳の教えにあった。
「六点半棍。あくまで不殺が目的と見える。吾は八斬刀の方が好みなのだがな」
中国武術に精通するシェンは、一目で意図を察する。
詠春拳は、『拳』『刀』『棍』を存分に扱え、一人前とされる。
普通の武術だと言葉通りの意味。ただ、センスあり気だと話が変わる。
――いつ如何なる時も自由に扱えて、一人前。
『拳』は言うまでもなく、体術全般のことを指す。
『刀』と『棍』は武器あり気。持ってないと始まらない。
そのため、武器を生成できる『無極具象』の習得は必須だった。
得意か苦手かは関係ない。詠春拳を習う以上、拒否権は存在しなかった。
「見かけによらず、おしゃべりネ。お前は、噺家の神か?」
蓮麗は棍を回し、手に馴染ませながら、雑談に興じる。
さっきからペラペラと手の内を喋るし、サービスが良過ぎる。
徳を積めば、センスが増える能力の影響だろうが、どうも鼻につく。
「闘争だけの世界では動物と同じ。規律を守り、おどけてこその人間よ」
対するシェンの回答は、かなり人間に寄っていた。
神か、依代か。どちらの人格による発言なのかは不明。
天眼視心を使えば分かるだろうけど、今はクールダウン中。
24時間経てば使えるけど、前回の使用から数時間も経ってない。
この試合内での使用は、まず無理。センスから読める情報も、皆無。
相手が格上だと感覚系は機能しないから、自力でどうにかするしかない。
「その理屈が通用するのは勝者だけ。負けてから後悔させてやるヨ!!」
蓮麗は棍を握りしめ、神の化身に勇猛果敢に挑戦した。
これが『火』を捧げた、せめてもの罪滅ぼしになると信じて。
◇◇◇
鋼絲牢翳の金網外には、二人の男女がいた。
中で行われているデスマッチを金網越しに見守る。
「どうして、蓮麗に行かせた。アイツとは初対面のはずだろ?」
そこで問いかけてくるのは、アフリカ系の男性マイクだった。
見ず知らずの相手に命運を託したことに疑問を持っているらしい。
「白き神対蓮麗を遠くで見てたんすよ。彼女なら、うちに出来ないことが出来る」
メリッサは、真実を包み隠し、事実を伝える。
悪魔界のことに関して、言うつもりは一切なかった。
言えば余計な混乱を生むだけで、プラスに働くことはない。
ここは適当にお茶を濁して、見守るのがベストだと判断していた。
「あー、それなら納得だ。むしろ、アイツ以外には勝てないかもな」
諸々の事情を込々で、マイクは首を何度も縦に振った。
押して駄目なら、引いてみろ。それが上手く噛み合った形。
勝てるかどうかはともかくとして、事前情報では有効に思えた。
「――ただ、負けた場合はどうするよ」
その上で切り出されたのは、最悪のパターンだった。
こちらの切り札が敗北し、デスマッチが終わった時のこと。
神の化身が勝てば、参加者していた全員の命令権は総取りされる。
――悪用されれば、かなりまずい。
正直、シェンに関しては知らないことが多すぎる。
知っているのは、中国マフィアのボスという情報だけ。
目的によっては、戦術兵器として使われる可能性もあった。
「……今は信じてあげるだけっす、蓮麗が勝ってくれることを」
色々と不安が頭を巡りながらも、考えないようにした。
仲間を信じる。ジェノがくれた感情を穢したくはなかったから。