第137話 シェン・リー
パチリと音を立て、紫色に染まる火の粉が弾け飛ぶ。
手応えはあった。確かに紫炎弾はシェンに命中していた。
不利な近距離戦に固執したい自分を曲げて選んだ、遠距離戦。
懐中電灯の一撃必殺に怯えることなく、ほぼ一方的に攻撃できた。
――だけど。
「なんか、老人をいたぶってるみたいで、気分良くないっすね……」
メリッサは、ふと思ったことを素直に述べる。
遠距離戦に特化できたのは、二対一だったおかげ。
近距離戦をマイクに任せていたから成立していた攻防。
敵対した相手の年齢も相まって、申し訳ない気持ちが勝つ。
「能力の抱え落ち。怠惰の結果だな。ヤツが本気なら、二人がかりでも勝てんよ」
一方のマイクは、対極的な反応を示している。
『思念通話』で受信した映像を見る限り、パートナー。
恐らく、参加者の中で誰よりも、シェンの実力を知っている。
他人の価値観は滅多にあてにしないけど、その評価は正しい気がする。
「ふーん。願う事なら、本気のシェンと戦ってみたかったっすね」
ある種の不満を感じながら、メリッサは手を払う。
その動きに連動して、悪魔界の業火は儚くも消えていく。
良く焼きじゃなく、生焼け。その状態で止めたのには訳がある。
――デスマッチと言えど、殺すことが目的じゃない。
敵に敗北を認めさせる。それが唯一にして絶対のルール。
残った勝者には、敗者に一度だけ絶対遵守の命令を与えられる。
今後のことを考えれば、シェンに限らず、命令権は一つ余さず欲しい。
ここで相手をあっけなく焼き殺してしまうのは、多大な機会損失だと言えた。
「……その願い、不承不承ながら叶えて進ぜよう」
すると、消えゆく火の手から、澄んだ声が聞こえる。
煙に包まれ、姿は確認できないものの、違和感しかない。
生き残ったシェンかと思いきや、まるで聞き覚えがなかった。
年齢相応のしわがれた声じゃなく、自信と生気に満ち溢れている。
「…………誰、っすか?」
薄々と結果を悟りながら、メリッサは問いかける。
シュレディンガーの猫。中を見るまで結果は確定しない。
あの煙が、あらゆる選択肢を生み、正体を不確定にさせている。
「吾は神李。天界における最高位の神。玉皇上帝の化身である」
現れたのは、白い辮髪に黒いチャイナ服を着た少年。
経緯や過程は不明。ただ、彼が発した言葉と結果が物語る。
「ジェノさんと同じ、神の化身……」
皮肉な運命を前に、思ったことが声に漏れてしまう。
目の前の相手は、想像できる範囲の枠内ギリギリにいる存在。
不思議と納得できた。似た境遇の人が身近にいたせいか、理解できた。
「呆けてる場合か、来るぞ!!!」
マイクは正体を知っていたのか、いち早く警告して、霧化。
ハッと我に返り、すぐに身構えて、少年がいた位置を確認する。
(いないっす……。一体、どこへ……)
ほんの一瞬、目を離した隙に、見る影もなくなっている。
影の感知もなぜか機能せず、どこにいるか見当もつかなかった。
「三秒やろう。吾に慈悲を乞え」
直後、すぐ近くから聞こえてきたのは、少年の声だった。
身体に意識を巡らせるも、異常はない。ダメージは受けてない。
首に手刀を突きつけられてる感覚もないし、そもそも気配を感じない。
(うちじゃ、ない……?)
消去法で考えれば、自ずと答えは絞られる。
だけど、良識が頭に浮かんだものを即座に否定する。
「三、二、一……」
その間にも、少年のカウントは進んでいく。
声から位置が絞られ、頭が徐々に状況を整理する。
否定する材料よりも、肯定する材料の方がはるかに多い。
目を背けられない事実から、導き出される答えは、たった一つ。
「参った……。俺の負けだ。これ以上、手は出さない」
両手を上げたマイクは、敗北を宣言する。
少年は彼の喉輪を右手で掴み、実体を捉えていた。
相手が神の化身なら負けるのは仕方ないし、責める気もない。
それより、気になるのは――。
(触れた相手の能力の無効化っすか……? いや、それにしては……)
思考を巡らせ、敵が持ち得る能力を考察する。
パッと思い浮かびはするものの、納得がいかない。
「ならば、さっさと去ね。気を損ねんうちにな」
すると少年は、マイクを解放し、慈悲を与える。
圧倒的格上。実力も精神性も付け入る隙が見えない。
ジェノが行き着く、理想形。早くもそんな気がしていた。
「逃げる俺が言えた義理じゃないが、ここまで来たら、勝てよ……善玉」
背中を向け、霧化しつつあるマイクは、悔し気に語った。
善玉、悪玉、卑劣漢。彼が口にする言葉の元ネタは知っている。
(邦題は、続・夕陽のガンマン。三人のガンマンが金貨を巡る物語)
記憶の中にある、映像を呼び起こす。
善玉と呼ばれている意味。言葉の芯を捉える。
余計なことは考えなくていい。最後に勝つのは『主人公』。
「……残るはお前だ、臥龍。伏した龍のまま、終わらせてくれよう」
ラストシーンに拍車をかけるのは、卑劣漢。
汚い手を使うものの、人情味がある憎めない野郎。
神でもなんでもなく、ただの役者だと思えば何でもない。
「うちの命令権は、大金に値する。実力で勝ち取ってみせろ、神の化身!」
メリッサは両手に紫炎を纏い、役に入り込む。
善玉という役割に徹し、その先に報いがあると信じて。