第136話 化け物か人間か
役者は出揃った。手の内はおおよそ把握した。
メリッサは遠距離、マイクは近距離と役割を分担する。
距離を詰めれば、霧状の拳。離れれば、紫炎の弾が飛んでくる。
――シンプルながら、非常に厄介。
戦い方を限定することで、余計な思考を割かずに済む。
前にしか進めない歩兵でも、砲兵と連携すれば強力になるのと同じ。
(二対一でもやれんことはないが……)
シェンは混じり込んだ変数を計算に入れ、構成を練り直す。
その間にも時間は過ぎていき、視界の大部分が紫色に染まっていく。
「どうしたんすか? そのままじゃ、ジリ貧っすよ!!!」
頬を軽く焼いたのは、メリッサが放つ紫炎の弾だった。
一発一発が必殺級の威力。まともに食らえば、まぁ助からん。
普通なら燃費が相当悪く、ガス欠を待つのが鉄板の戦法だと言える。
だがどういうわけか、勢いが一向に衰えん。センスが減る気配が全くない。
(真正面から付き合えば、身が持たん。だとすれば――)
紙一重で紫炎を躱し続け、命を繋ぎ、思考を巡らせる。
手の内とも相談し、選べる手段の中から取捨選択していく。
「正しいと思った方を助ける。そうお前さんは言ったな」
シェンは回避に没頭し、空いたリソースで虚空に問いかける。
選んだのは、全力で戦うことではなく、全力で二対一を崩すこと。
これが現状において、最も合理的で、最も効率的なものだと判断した。
無視される可能性もあるが、行動方針に関わる問題。十中八九、食いつく。
「……だから、なんだってんだ?」
案の定、虚空から聞こえたのは、霧化中のマイクの声。
交渉できる土俵に立てたことを意味し、残すは内容の問題。
彼奴が寝ている間に聞き漏らしていたことを、吾は知っている。
「最終的に『日常』が手に入るなら、多少の犠牲は厭わない。この化け物は、そう言った。勝利を収めた先にあるのは、戦争。『非日常』が当たり前の世界が訪れる。果たしてそれは、『正しいこと』だと胸を張って言えるのか?」
これは、まず間違いなく、マイクの根底を揺るがすもの。
見方が変われば、善悪など簡単に揺らぐ。今がその時だった。
(さぁどうする、正義の味方。霧が晴れた後の地平の先に、一体何を見る)
シェンは静かに待ち侘びる。
マイクが反転して味方になる瞬間。
そうなれば、労せずして、戦況は変わる。
孤独になった化け物を追い詰める展開が訪れる。
「言えるね。少なくとも、『今』は俺の方が正しい」
しかし、霧状の拳と共に返ってきたのは、望まない回答。
シェンは後方に宙返りしながら、間一髪のところで回避する。
「……とても正気とは思えんな。何を基準に正しいと論じる」
その最中、消えゆくマイクに問いかける。
一度やんわり断られた程度で、諦めるわけがない。
交渉は未だ継続中。根っこを紐解けば、懐柔するのは容易い。
「人間性ってのは、言葉じゃなく、行動に滲み出る。殺すと言って立ち止まれるヤツと、殺すと言って立ち止まれなかったヤツの間には、大きな隔たりがある。仮にコイツが化け物だとしても、『今』見た限りでは、立ち止まれる側の人間だ」
襲い来る紫炎弾を背景に、虚空から語られるのはマイクの主義主張。
正しいかどうかはさておき、彼奴なりの論理が破綻することなく展開している。
(決裂か……。これ以上は時間の無駄と見える)
労せずして、味方を増やす策は、失敗に終わった。
残すのは面倒な選択。二対一の状況を覆すための労働。
楽な選択肢を選べなかった以上、重い腰を上げざるを得ない。
(やれやれ。年甲斐のないことはしたくないのだがな……)
眼前には、紫炎弾が迫り、肌を焼こうとしている。
センスで守らなければ、死は免れないほどの火力と見える。
そこに自ら手を突っ込み、確かな温もりを感じ、静かに言い放った。
「七星螳螂拳――【輝巨星】」