第135話 善か悪か
ザ・ベネチアンマカオには、独自の情報網がある。
Googleのネットワークを利用した、個人情報の掌握だ。
高額ベットのお客が現れた際、身辺調査の目的で利用する。
――メリッサも例外ではなかった。
バカラで張ったチップの額は、5000万ユーロ相当。
負ければ言うまでもなく、カジノ側は大きな痛手を負う。
利益のことだけを考えれば、イカサマで勝つのは正攻法だった。
――ただそれは、金持ちだと割れた場合に限る。
具体例を挙げるなら、大富豪、大地主、大豪商がそれにあたる。
大金を失ってもすぐに取り戻せる連中だ。負けても笑い話で終わる。
その場合は、容赦なく毟り取るだけだが、ごくまれに外れ値が存在する。
『身元不明。偽造パスポートで入国した記録以外のデータが存在しないネ』
データの照合を行ったのは、蓮麗だった。
ヘマをやらかす真似はしない。仕事はできる女だ。
信頼はしているし、Googleの情報網にも疑いを持ってない。
世界中のあらゆる諜報機関よりも、情報収集力は上だと思っている。
――しかし、導き出された答えは『身元不明』。
唯一分かったのは、偽造パスポートを使ったことだけ。
こんな相手は初めてだった。善か悪かも分からない透明人間だ。
情状酌量の余地があれば、喜んで勝たせてやるが、当時は非常に悩んだ。
――その結果。
『……コングラッチュレーション。このチップは全部アンタの物だ』
『身元不明の女』を泳がすことにした。
見てくれや直感を理由に、信用したわけじゃない。
化けの皮を剥がしてやるのが、冥戯黙示録に参加した目的だった。
◇◇◇
人の醜い本性は、日常ではなく、非日常で炙り出される。
金があり、生活が安定してるヤツは、滅多に本性を見せない。
――精神的な余裕があるせいだ。
そのメッキを剥がしてやるには、一度、地獄に叩き落とす必要がある。
そういう意味だと、冥戯黙示録は、性格を見抜くための恰好の舞台と言えた。
『オールインっす。破産覚悟の勝負に乗りたい馬鹿はいるっすか!』
悪魔チンチロでは、カジノの時と同じような性格が伺えた。
馬鹿と天才は紙一重と言うが、完全に頭のネジが外れている類。
とは言っても、初対面の延長線上。イメージが変わることなかった。
実力や手の内を見せることもなく、仲間が割って入って勝負は終わった。
『ビタ押しのベルナビ……。やってくれたっすね!!!』
戦獄コレクション2でも、大した活躍はなかった。
ゲームマスターが用意した罠にまんまとハマっただけ。
結局、自力で解決できず、またもや仲間を頼って突破した。
『人間は成長する。あの頃とは、住んでる世界が違うんすよ』
鬼門闘宴では、ようやく実力と手の内が垣間見えた。
糸と影を操る能力。仲間を一人やられ、本領を発揮した。
ただ、仲間思いなのか、生き残るためにやったのかは不明だ。
ここで断定するのは早い。もう少し様子を見てやる必要があった。
『中にプレイヤーがいたらどうするんすか。助ける一択っすよ!』
自由の街では、崩れた尖塔からNPCを助けていた。
その理由は、プレイヤーがいる可能性を考慮してだった。
普通なら必要のない工程。生き残るためなら、絶対にやらない。
第一印象の時と比べるなら、彼女の印象は大きく変わろうとしていた。
そして、バトルフラッグでは――。
『よぉ、善玉。ぼーっとしてないで、卑劣漢を倒すのを手伝え』
『……やれやれ、仕方ないっすね。主人公の足引っ張んなっすよ。名脇役!!!』
◇◇◇
心強い仲間が加わった。悪魔界で聞く限り、名前はマイク。
黒スーツを着たアフリカ系の男性。元々は、カジノのディーラー。
優れた肉体を持っているものの、能力は不明。まだ底は割れていなかった。
「名脇役ときたか……。期待には応えてやらんとな!!!」
力強い台詞とは裏腹に、マイクの姿が消えていく。
透明になったというより、空気に溶け込んでいった感覚。
(敵の前で能力は明かせない。そんで、懐中電灯には近付けない。だったら――)
状況を整理し、メリッサは展開を前向きに受け止める。
マイクに敵意はない。姿を消せるということが分かれば、十分。
使える容量が少ないからこそ、思考シンプルにまとめ、やることを定める。
「――――」
メリッサが右手から放つのは、紫炎弾。
接近戦は不利だと見越し、遠距離戦に徹した。
自ら作り出した金網デスマッチの端ギリギリで戦う。
「甘いわっっ」
当然、シェンは炎弾を躱し、距離を詰めてくる。
手には一撃必殺の懐中電灯を持ち、振るおうとしている。
(うちの読みなら、恐らく……)
受けに回るメリッサは、あえて何もしなかった。
この後に起こる展開は、ある程度の予想がついている。
「そっちもな!!!」
シェンの死角をつくように、後方にはマイクが現れている。
モヤがかかったような右手の拳を握り、力のままに振るっていた。
「……ちっ!!!」
すんでのところで、シェンは回避を選択。
攻撃を中断せざるを得ず、再び距離を取っている。
勝負は平行線のままだけど、ふと抱いていた疑問が解けた。
(なるほど……。能力は『霧』っすね。実体を霧状にして、金網に入り込んだ)
金網の中には、関係のない人を除外していた。
身体を霧化できるなら、乱入できた理由に納得がいく。
しかも、シェンの接近戦を封じるには、十分すぎる性能だった。
「まさかとは思うっすけど、二対一が卑怯だなんて言わないっすよね?」
圧倒的に有利な立場になり、メリッサは上から目線で告げる。
勝敗が決するのは時間の問題。遠距離攻撃に徹するだけで勝てる。
「小童が一人増えたところで変わらんよ。ええからかかってこんかい……」
シェンの余裕は揺らぐことなく、強気に答える。
ただの強がりか、それとも、捌き切る自信があるのか。
どちらにしても、勝負の命運は、シェンの能力が握っている。