第134話 急転直下
カチッと音が鳴ると、丸い光が辺りを照らす。
その先に見えたのは、完全武装した兵士二人だった。
地面にうつ伏せ状態で倒れ込み、ピクリとも動いていない。
周辺には棚が並んで、収納ボックスには資料が詰め込まれている。
(こいつ、は……)
その映像を、メリッサは一方的に見せられていた。
見覚えはなく、今までにトレースされたものでもない。
三人称ではなく、一人称で映され、誰の視点か分からない。
いつもなら戸惑って、状況を受け止めるまでに時間がかかった。
ただこれは二度目。馬鹿な自分でも、おおよその察しがついていた。
(シェンの記憶。そこから、今必要なものを『思念通話』で受信してるんすね)
鬼気迫る戦いの中で、またもや成長を遂げる。
『思念通話』の受信に重きを置いた、精度の向上。
一度目は自分。二度目は他人。発生条件は死の間際。
前回の事を考慮するなら、この映像には必ず意味がある。
『……何度見ても爽快な仕様だねぇ。そいつが一撃必殺なんてな』
すると、大量に並ぶ棚を背景に、語り出したのはマイク。
その瞳には、暗闇を照らす光源。懐中電灯が映し出されていた。
(うわ……まじすか)
開幕から、物事の核心をつく台詞だった。
もうこれだけで十分だと思えるぐらいの情報。
回想が終われば、一撃必殺が迫る状態から始まる。
(受けたら、再生能力関係なしに即死。こいつは厄介な仕様っすね)
悪魔界から戻ると、ライフは二つになっていた。
バトルフラッグのルールが適用されているのは確定。
防御は許されず、回避する時間は大して残されていない。
(ついでに、逆境を打開する糸口でも掴めたらいいんすけど……)
現実に戻らないことを祈りつつ、映像を見守る。
思いが通じたのか、見ていたシーンが変わっていく。
場所は化学工場一階。地下トンネルに通じている階段前。
『……やっぱ、抜けるわ。ここから先は一人で好き勝手やってくれ』
ピタリと足を止めたマイクは、神妙な面持ちをして、突然言い放つ。
見るからに仲間割れだった。きっかけは、シーンが飛んだせいで分からない。
『良心の呵責。騙し討ちが心苦しいか。ルールで禁じられてはおらんがな』
ただ、その前後の空白はシェンの言葉で埋められた。
恐らく、懐中電灯を使ったハメ技を作戦としていたはず。
それに嫌気が差して、面と向かって離れるのを申し出た印象。
『モラルの問題だ。手段を選ばないやり方は、どうもいけ好かないんでな』
マイクは真摯に理由を語り、シェンから背中を向けている。
黙って去ればいいものの、わざわざ伝えるのは漢気を感じられた。
(あー、この手の展開は、絶対揉めるやつっすね)
メリッサはドラマを見る感覚で、感想を漏らす。
自分の置かれた状況を忘れ、今を楽しもうとしていた。
『見て見ぬ振りか。……もし、その場面に出くわしたらどうする、偽善者』
すると、目つきを鋭くしたシェンは、穿った言葉で呼び止める。
説得するフェイズ。離れる行為を責め立てて、引き戻そうとしている。
『いちいち聞かなくても分かるだろ。俺は――』
いいところで映像が途切れ、その先の言葉が聞けない。
現実に戻る合図。地下トンネル内で起きていた窮地が訪れる。
打開策を思いつかないまま、シーンが変わり、視界は白に染まった。
「俺は正しいと思った方を助ける。それが俺の行動指針だ」
現実と幻想の狭間に聞こえたのは、マイクの声だった。
ライトによる目潰しを食らっているせいで、判別がつかない。
(あ、れ? 今って、どっちっすか……?)
致命的な隙を晒しながら、メリッサは瞬きを繰り返す。
よろめき、たたらを踏んでいると、視力が少し戻ってきた。
「……そのまま眠っておけばいいものの」
見えたのは苛立った表情を作るシェンの姿。
至近距離まで迫った懐中電灯は、真上を向いている。
当たった感触はなく、防いでもいないし、避けたわけでもない。
「よぉ、善玉。ぼーっとしてないで、卑劣漢を倒すのを手伝え」
すぐ隣には、屈強なアフリカ系男性が立っていた。
シェンの手首を掴み、寸前のところで命を助けられた形。
過去と現在が紐づいて、俗っぽい台詞が、有言実行された瞬間。
(一人の観客が映画の主役に抜擢された、みたいな展開っすね)
胸の内からジワリと生じる熱い感情を、じっくりと噛みしめる。
どう感想を抱こうが現実は変わらないものの、世界の色取りは変わる。
(あー、生まれて良かったぁ。待ちに待っていたんすよね、この瞬間を……)
鬱屈としていた、あの頃に抱いた妄想。
それが、手に届くところまで迫っている。
悪役でも、脇役でも、カメオ出演でもない。
「……やれやれ、仕方ないっすね。主人公の足引っ張んなっすよ。名脇役!!!」
誰かに必要とされてこそ、『主人公』。
夢に描いた理想が、現実になろうとしていた。