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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
133/156

第133話 三手詰め

挿絵(By みてみん)




 七星螳螂拳しちせいとうろうけん。数ある中国伝承の武術の一つ。


 カマキリの鎌の如き手から着想を得た、螳螂手が特徴。


 直線的な動作ながら、達人の技は目で捉えるのが難しいとされる。


 ――その鍵を握るのが歩法。


 人間の動きに必ず生じる、七つの死角を辿る。


 敵の動きを封じ、死角から一方的に技を叩き込む。


シャアッッッ!!」


 独自の歩法を用い、シェンは敵の背後から螳螂手を繰り出す。

 

 これが決め手になるとは思っておらん。ただの挨拶代わりの一手。


「――刹光」


 冷静沈着に、メリッサは背後の一撃をセンスで防御。


 激しい紫光が迸り、放った螳螂手は見事に弾かれていく。


 一度目の攻防は、敵の読み勝ち。凄まじい反射速度と言えた。


 ――その正体はアドレナリン。


 連戦で過剰に分泌されたホルモンが、時間を圧縮する。


 いかな死角をつこうが、今のメリッサには通用せんだろう。


 ただ、収穫がないわけではない。今の動きで選択肢は絞られた。


(七星螳螂拳は接触発動型の能力を持つ。対処法を知らんと見えるな……)


 一度の攻防から、シェンは三手詰めの構成を練る。

 

 一対一の戦いにおいて、最も重要なのは、戦闘考察力。


 事前に作戦を練るのもよいが、細かい戦闘はアドリブが命。


 敵の取る行動、体術や能力の手癖は、その時でないと分からん。


 体調や状況によって左右され、敵の思考が最も透けるのは、接敵時。


 そこを起点に、動きを予測すれば、化け物相手と言えど恐るるに足らん。


「七星螳螂拳――」


 相手の死角を常に維持しつつ、繰り出すのは二手目。


 敵が受ける前提なら、本筋の選択。当たれば状態異常となる。


鋼絲牢翳こうしろうえい――」


 それと同時期に、メリッサは技の初動を見せる。


 先ほどの戦闘を見る限り、糸と影とセンスを合わす技。


 拘束されれば最後。無理に強行すれば、勝負は決するだろう。

 

(やむを得んか……)


 技を中断し、シェンは回避を選択。


 地面を強く蹴りつけ、大きく後退していく。


 恐らく、相手も技を止め、仕切り直しになるだろう。


「――【鉄線花てっせんか】」


 しかしメリッサは、両手を地面につき、技を強行。


 花言葉から考えるに、相手が意図していることは――。


「……ッッ」


 シェンは直感を頼りに、その場で急停止。


 後手に回るリスクを承知の上で、見に徹する。


 すると、地面の影が蠢き、周囲一帯を囲っていく。


 そこから複数の棘が生え、複雑に絡み合い、完成する。


 ――金網デスマッチ。


 逃げ場のない、近距離勝負がお好みらしい。


 あのまま逃げていれば、巻き添えになっただろう。


「残り一手……。どんな奇策が繰り出されるのか、見物っすね」


 煽り立てるように、メリッサは語る。


 未だに火を出し渋り、使うかどうかも怪しい。


 余力を残して勝つつもりか、正念場に温存しとるのか。


 ――まぁ、どちらにせよやることは変わらん。


「粋がいいの、イロモノ如きが。それが辞世の句にならんことを祈るがいい」


 金網内に灯る光源を見つめ、シェンは静かに言い放った。


 ◇◇◇


 イロモノ。滑稽で、奇抜なイメージが先行するキャラのこと。


 現代には存在しない、中世貴族の恰好をした芸人などが該当する。


 良い意味で使われることもあるけど、軽蔑的なニュアンスも含まれる。


 ――理由は、王道ではなく邪道だから。


 スーツを着た正統派芸人からすれば、批難の的。


 共感と納得を売りにし、常識外の異物を認められない。


 奇抜なだけで面白くないと他人を下げて、自己正当化を図る。


 ――本来は、どちらも正しい。


 人を笑わせるのがゴールなら、道中は何をしてもいいはず。


 それなのに、世間体や価値観とほんの少しズレただけで、叩く。


 普通から逸脱したものを馬鹿にし、悦に浸るためだけに悪口を言う。

 

 ――これを自分に置き換えてみたら、どうか。

 

・バニースーツを好んで着る。


・語尾に『っす』をつけている。


・五つの異能を秘めている特異体。


・首を切り落とされても、生き返る。


 これだけでも、かなり普通から逸脱してる。


 イロモノと言われても、なんら差し支えはない。

 

 むしろ、今の自分を表す、的確な言語化だと言えた。


「褒め言葉として受け取っておくっすよ。――正統派!!!」


 不思議と納得した気持ちで、メリッサは両手に紫炎を纏う。


 ここからはラストスパート。三手詰めにしてやる気持ちは同じ。


 中国という舞台で、黒いチャイナ服を着ている常識人に引導を下す。


「…………」


 一方のシェンは、驚くほど静かだった。


 天井に向けて光る懐中電灯を背景に停止している。


(カウンターの構えってわけっすね。それごと貫いてやるっすよ!)


 罠の可能性も踏まえ、メリッサは吶喊を続ける。


 相手が用いる武術は、七星螳螂拳。技の詳細は不明。


 悪魔界で見た映像では、シェンは隠れているだけだった。


 手合わせした感じだと、足運びとカマキリの如き構えが厄介。


 待ち構える姿勢から考えれば、防御型かカウンター型の技のはず。


 そこに突っ込むのは、悪手。正攻法なら、遠距離攻撃で様子見が鉄板。


 ただ、逆張りしてこその自分。不利な接近戦に臨むことに生を感じていた。


「七星螳螂拳――」


 すると案の定、シェンは鎌のように両腕を構える。


 技を発動する前の所作。今度こそ何かしらの行動に移す。


 警戒すべきは腕。それだけに選択肢を絞れば、必ず対処できる。


「遅ぇんすよ!!!」


 一切の迷うことなく、メリッサは右拳を振るう。


 頭の悪さは、ある意味で長所。余計な思考が混じらない。


 タイムラグが発生することなく、自分のやりたいことに集中できる。


 ――そう思っていた。


(ッッ!!? なんすか、これ……)


 唐突に襲い来るのは、強烈な頭痛だった。


 何かしらの能力を受けたのか、本能の警告か。


 どちらにせよ遅い。動き出した以上、止まれない。


「――――【変光星】とでも名付けようか」


 その間にシェンが繰り出したのは、懐中電灯による攻撃。


 視界は真っ白に染まっていき、予期しなかった三手目が放たれた。

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