第131話 デスマッチ
人間界から失われた概念、【火】。
その災厄を招いたのは、魔神の契約者。
私的に【火】を捧げ、神に対する特攻を得た。
現代の法律なら、【火】を捧げた犯人が罰を受ける。
――ただ、用があるのは黒幕。
影で実行犯を操り、【火】を奪った元凶。
自分は全く手を汚さず、利益だけを絡めとる。
この手の輩は、捜し出すまでに超絶手間がかかる。
ありもしない痕跡から、居所を掴む面倒な工程がいる。
――しかし、奇遇にも黒幕は目の前にいた。
「アイデア、パクってもいいっすか?」
メリッサは、玉座に座る魔神蓮妃に交渉を持ちかける。
視線の先には、『キョンシー服』を着た実行犯の映像が見えていた。
「我から借りるなら有償。勝手にパクるなら無償ね。前者は100%の発生保証。後者は一切責任を取れナイよ。作戦に確実性を求めるなら、どちらを選ぶのが利口か。今のメリッサなら深く考えなくても分かるな?」
諸々の事情を踏まえて、魔神から提示されたのは二択。
代償を支払って安定を選ぶか、リスクを取って不安定を選ぶか。
どちらも一長一短で判断の鍵を握るのは、成功させたい度合いで変わる。
(次の勝負はどうしても負けられないっす。ただ、だからといって……)
リスクリターンを考慮して、思考を巡らせる。
その上でどちらを取るべきかは、重々承知してる。
『利口』な自分なら、何をすべきか考えるまでもない。
「あー、だったら、勝手にパクらせてもらうっす。後から訴えるのは無しっすよ」
そう頭では分かっていても、真逆の行動を取ってしまう。
頭が冴えるからと言って、性根が変わったわけじゃなかった。
◇◇◇
奪われた【火】を人間界で使えるか。
【火】を奪った本人から能力をパクれるか。
不完全な変身物語を実用段階に持っていけるか。
悪魔化した自分でも、上手くいくか分からなかった。
分が悪いとまでは言わないものの、確実性に欠けていた。
――でも、上手くいった。
「遊びはもう終わりっす。悪魔界の業火、その身で味わってもらうっすよ」
メリッサの両手に纏われているのは、紫炎。
一鉄が振るう刀を、一瞬で溶かし切るほどの火力。
博打を通し、逆境を覆して、優勢になったように思えた。
ただ、喜んでばかりもいられない。残された時間は限られてる。
「ほざくな。化け物風情が……つ!!!」
すると、鬼の形相で迫り来るのは、一鉄だった。
手には杖刀の鞘を持ち、肉体を頼りに吶喊している。
(剣術は予想できても、体術は未知数。探る暇もないと来れば……)
あらゆる選択肢が脳内に巡るほど、頭は回っていない。
やることは一つ。だからこそ、目の前の事柄に集中できた。
(先手必勝あるのみっす!)
メリッサは両手の拳を握りしめ、正面から迎え撃つ。
考えていたことは、拳でぶっ飛ばす。たったそれだけだった。
◇◇◇
迫り来るのは、思考停止の右拳。
本来なら、取るに足らない一撃だった。
問題は火力。手に纏った炎に耐えられるのか。
(センスを集中すれば、恐らく火は防げる。だが……)
拳が迫るまでのわずかな時間、死の瀬戸際まで頭を回す。
負担となるのは右足。センスなしではまともに動かない足枷。
身体の一部に集中すれば、戦うのはおろか、歩くのも困難になる。
(仕方ない。借りるぞ、賀月)
一鉄は鞘を横一文字に構え、受けの姿勢。
体術に重きを置いた、臥龍型におけるカウンター。
「北辰流――【雲竜柳】」
拳が鞘に触れるのとほぼ同時に、一鉄は行動を開始する。
腕を鞘で絡めとって、背後を取り、拘束するまでが一連の流れ。
(……っっ!!!!)
しかし、そう簡単にいくわけがなかった。
拳が鞘に触れたと同時に、余熱で肌が溶けていく。
両腕には激痛が走り、想像以上の激痛に意識が飛びかけた。
ただ、センスの壁を破られることはなく、右拳と鞘は拮抗している。
(四肢が動くのなら、なんの問題もない……っ!!)
身体を無理くり動かし、型通りの動きを試みる。
拘束さえできれば、失血死までの時間は十分稼げる。
「……っ!?」
しかし、カクンと足が崩れ、その場に立っていられなくなる。
受け身も取れないまま、地面に突っ伏し、技は不発に終わっていた。
(なにが……)
反射的に視線を送った先、右足には拳の跡がついている。
指の向きから考えれば、左拳。先ほど打ったものとは反対の手。
恐らく、正面に意識を割かせ、見えない角度から空いた拳を叩き込んだ。
「弱点は右足。読みは当たったみたいっすね。何か言う事はないっすか?」
理解したと同時に、メリッサは答えを告げる。
顔の真横には、炎を纏った拳が近付けられていた。
黙秘を続ければ、容赦なく業火に焼かれることだろう。
(これも何かの縁、というわけか……)
一鉄は少し先の未来を見据え、軽く息を吸う。
頭に浮かぶ文言を口にすれば、確実に縁が結ばれる。
一度結ばれれば、最後。逆らうことも逃げることできない。
――それでも。
「参った。私の負けだ。臥龍岡メリッサ」
一鉄は素直に敗北を認め、聖王剣による再生阻害を解除した。
メリッサに失血死が訪れることはなく、デスマッチの勝者は決まった。