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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第130話 切り札

挿絵(By みてみん)




「……」


 杖刀の血を払い、一鉄は敵を見つめる。


 短い紫髪に、黒いバニースーツを着た女性。


 その正体は、五つの異能を体内に宿した特異体。


 悪魔、化け物、魑魅魍魎と同じカテゴライズの存在。


 左目はえぐられ、左の上腕からは絶えず血が流れている。


 再生阻害を受け、失血死まで二分を切り、視野が欠けた状態。


 普通なら諦める。降参して、生に縋りつく。無様に命乞いをする。


 ――だが、残った瞳は死んでいない。


 向こう見ずと言うべきか、大胆不敵と見るべきか。


 どちらにせよ、負けるとは微塵も思っていないのは確か。


(手負いの獣ほど恐ろしいものはない。舐めてかかれば、食われるのはこちら)


 一鉄は、数ある経験から直感的に悟る。


 殺さずに勝つことが、今までの目的だった。


 ただ半端に手を抜けば、命の危険すらあり得る。


 そうなれば、本末転倒。初代の背中は超えられない。


(――狩るか)


 行き着く先の結論は、現実的な選択肢。


 滅葬志士としての本領を発揮する時だった。


 ◇◇◇


「――」


 一鉄が纏っている気配が変わる。

 

 向けられたのは、数段増しの鋭い眼光。


 表情、仕草、センス、出で立ち。全てが別格。

 

 一言も語らずして、手に取るように心情が伝わった。


(こっからが本気ってわけっすか……)


 嫌な雰囲気を肌で感じつつ、メリッサは察する。


 『勝つか負けるか』じゃなくて、『殺すか殺されるか』。


 甘えた行動を取ろうもんなら、一発でこの世から退場する。


(いよいよ、腹をくくらないと駄目っぽいっすね。問題は……)


 逃げ道は存在しない上、失血死という時間制限がある。


 敵は殺意剥き出しで、能動的に選べる選択肢は限られている。




(――全力で戦うか、加減して戦うか)


 


 選択次第では、生死に直結するような二択。


 成長を信じないなら前者、成長を信じるなら後者。


 両立するのは難しく、今までの自分を貫くなら後者一択。


 リスクがあっても、意地でも最後までやり通すのが自分らしい。


(残念ながら、うちは欲張りなんすよね)


 色々、考慮に考慮を重ねた上で、メリッサは思い至る。


 生死に直結する強制二択。その更に上を目指すための選択肢。


変身物語メタモルポセス


 メリッサは両手を地面につき、立ち向かう意思を見せる。


 吸収で蓄えたエネルギーとセンスを混ぜ、鋼絲牢翳で編み込む。


 影のカーテンを展開し、衣服を脱ぎ、出来上がった生地を全身に覆う。


「――モード魔神蓮妃」


 その身に纏っているのは、黒いチャイナドレス。


 ここまで温めていた切り札であり、決戦兵器だった。


 ◇◇◇

 

 数分前。悪魔界。魔神城。謁見の間。


寿契献命ショウチィシェンミン――【一年了イーニィエンリョウ】』

 

 中央には四匹の蝙蝠が集まり、映像が再生される。


 それは魔神の契約者[蓮麗]と、白き神[ジェノ]との戦い。


 蓮麗は異国の言語を用いて、何かしらの能力を発動している。


 五つある異能の内の一つ、『思念通話』の影響で意味は理解できた。


「長生きの秘訣は『コレ』ってわけっすか。趣味がいいとは言えないっすね」


 観戦していたメリッサは、蓮妃のカラクリに気付く。 


 契約者から寿命をかき集めて、ここまで生き長らえた。


 御年二千歳を越えていても、納得できる理屈ではあった。 


「…………」


 玉座に座っている蓮妃は何も答えない。


 人間界での戦いを食い入るように見つめている。


(シカトっすか。……ま、この好カードを前にしたら無理もないっすね)


 質問と対戦には優先順位に大きな差がある。


 その事実を冷静に受け止め、映像に視線を戻した。


 そこには、キョンシーのような衣装を着ている蓮麗の姿。


(こいつは……とんでもない意思が込められてるっすね)


 センスを感じ取れなくても理解できる、異様な熱。


 衣服の周囲は、蜃気楼のように歪んでいるのが見て取れる。

 

 似た技を使える経験があるおかげか、その変化を顕著に感じられた。


(単品でも相当ヤバイっすけど、本題は……)


 興味がそそる展開を前にして、観戦にも熱が入ってくる。


 注目すべきは、戦闘衣装の真価。その機会はほどなくやってきた。


代償ペイチャンフォ】。対価バオチョウ神的特攻シャアシェン】』


 蓮麗の口から唱えられるのは、中国語の文言。


 キョンシー服に備わる霊符を破り、能力の一端を明かす。


「……………………は? いくらなんでも、これは――」


 反射的に出てくるのは否定の言葉だった。


 意味は理解できるものの、代償がデカすぎる。


 被害は目の前の勝負にとどまらず、世界に広がる。


 それどころか、更なる最悪に発展する可能性もあった。

 

多难兴邦ドゥオナンシンバン。意味は分かるか?」


 すると、蓮妃が口にしたのは、中国のことわざ。


「……多くの困難があることで、人々は奮起し、国家は繁栄する」


 すぐさま、帝国語に翻訳して、表面的な意味を並べる。


 ただ、考えるべきは裏の意味。わざわざ遠回しに言った理由。


「これを災いと呼ぶか、祝いと呼ぶかは捉える者次第。メリッサはどう思う?」


 そこで投げかけられるのは、二択だった。


 蓮妃の思惑の半分は、この問いに含まれている。


 残りの半分は、受け手の行動次第でいくらでも変わる。


 蓮妃がどんな結末を望んでようが、決して制御できない領域。


「うちは――――」


 自分なりの答えを口にしようとした時、閃く。


 切り札となり得る存在。困難の先に見えた奇策だった。


 ◇◇◇


 現代における北辰流には、いくつもの型が存在する。


 本家と宗家、代替わりを繰り返した結果、七つに増えた。


・斬撃特化の東雲しののめ型。

 

・剣速特化の神風かみかぜ型。


・刺突特化の春雨はるさめ型。


・能力特化のあかつき型。


・居合特化のいかづち型。


・意思特化の白雲しらくも型。


・体術特化の臥龍がりゅう型。


 人間には向き不向きが存在し、適性に合った型を選ぶ。


 全てを習得しようとすれば、大抵の場合は器用貧乏に陥る。


 そのため、基礎を覚えた上で、型を一つに絞るのが通常となる。


「北辰流――」


 一鉄は手に握っていた杖刀を、腰にある鞘に納める。


 それは、斬撃に特化した東雲型とは、趣が異なるもの。


 一撃必殺をコンセプトに作られた、雷型に属する抜刀術。


「――――【にじ】」


 全ての型に精通する一鉄は、抜刀。


 繰り出されるのは、七つに分裂した刃。


 軌道は全て異なり、回避するのは至難の業。


 分身や残像ではなく、全てが実体を持っている。


 仕組みとしては、七回ほど抜刀しただけにすぎない。


 魔術やセンスに頼ることなく、技量だけで成り立つ技だ。


 剣術に人生を捧げる覚悟さえあれば、覚えるのも難しくない。


 それよりも、宗家の雷型をわざわざ選定したのには理由があった。


 ――メリッサは東雲型以外の型を知らない。


 北辰流の創始者の一人である、マルタ・ヴァレンタイン。


 その知識をトレースし、誕生していることは聞き及んでいた。


 当時の型は一つ。最も基礎との互換性が高い斬撃特化の東雲型だ。


 数百年前なら最先端だが、数百年を経た今、それは最古参の技となる。


 それを知っているだけで、北辰流の全てを知ったような気でいる節がある。


 ――時代遅れもいいところだ。


 世に出回る知識や情報は、時の流れで変化する。


 昔と同じやり方が、今でも通用すると思うのは浅はかだ。


 変化に適応してこその人間。試行錯誤と改善の末、人類は発展した。


(死の淵で、時の流れを呪うがいい……思考を止めた化け物)


 七つの刃は、黒いチャイナ服を着たメリッサに迫る。


 その狭間に思うのは、哀れみ。亡き妻の血縁者への同情。


 手心を加えそうになる心と裏腹に、放たれた刃は揺るがない。


 臥龍岡メリッサを殺すために繰り出した斬撃は、身体に到達した。


 結果は見るまでもなく明らかであり、杖刀を抜いた時点で詰んでいる。


(…………っっ!?)


 しかし、その先に見たものは、予想だにしないものだった。


 放たれたはずの刃は消失し、跡形もなくなっているのが分かる。


 今まで彼女が有していた能力では、計り知れない結果を生んでいる。

 

 ――その正体は即座に理解できた。


 視覚的に見れば一目で理解できるが、脳が理解を拒む。


 刃が消えた理由は簡単に説明がつくものの、辻褄が合わない。


 経緯を考えれば、矛盾している。この世界に存在しないはずの産物。


「そんな馬鹿な……。あり得ん、あり得んぞぉ……」

 

 握っていた鞘を落とし、一鉄は己が目を疑った。


 それでも、変わらない。視覚は揺るがない真実を映し出す。


「遊びはもう終わりっす。()()()()()()、その身で味わってもらうっすよ」


 メリッサの両手に揺らめくのは、紫に染まる炎。

 

 人間界で失われたはずの概念を、確かに制御していた。






 ――メリッサの失血死まで残り一分。


 

 

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