第13話 戦獄セレクション2
目の前に立ちはだかるのは、一台のスロット。
ベル、リプレイ、チェリー、スイカ、赤七、BAR。
シンプルな役が揃い、液晶には二匹の鬼が表示される。
扇子と槍を振るって、敵を屠るデモムービーが流れていた。
(こいつ……。どんだけ自分のことが好きなんすか……)
鼻についたのは、二次元化された楓。
パチスロメーカーに発注して、作らせた。
自分を主人公にした、オリジナルスロット台。
(いや、それより……問題は中身っすね)
予想はできるものの、確信には至らない。
「詳しいルールを聞いてもいいっすか?」
メリッサは何の気なしに、問いかける。
尋ねた相手は、どこかでぬくぬく観戦する鬼。
『メリッサ、五十枚。ジェノ、五十一枚。これが下階で損した枚数や。それをクレジットにして、『戦獄セレクション2』をプレイできる。バトルに勝てば、AT突入。1ゲームあたりの純増は三枚。天井は108G。これが基本スペックやね』
鬼道楓は、どこからともなく説明を始める。
聞いたところ、一般的なAT機と変わらないタイプ。
1プレイ三枚として、コイン持ちが良ければ約60Gは回せる。
ホールに実際あれば、激アマ。ただ、気になることがいくつかあった。
「ノリ打ちは可能っすか?」
『ええよ。枚数がなくなれば終わりな』
「うちらのリスクは?」
『ペナルティ。押し順ミスとAT中のベルナビ取りこぼしには罰がある』
「具体的にはどんなのっすか?」
『差枚数の減少。不足分は打ち子の手持ちから取り立てるから、気ぃつけや』
質疑応答を交わし、おおよその流れを理解する。
無料メダルとスペックで釣り、ペナで絞り取る仕様。
照明の光に寄ってきた虫を絡める取る、甘美で優美な罠。
「AT? 天井? ノリ打ち? ペナルティ? 呪文か何か?」
あれこれ考えていると、ジェノは頭に疑問符を浮かべている。
反応から考えて、スロットは未経験。一から教えている暇はない。
(さっきは助けられたっすけど、今回は無理そうっすね……)
胸の内で、戦力外通告を下し、メリッサは席に座る。
「うちがジェノさんの分を含めて、受けるっす」
『はいよ。チップは計百一枚や。せいぜい楽しみや』
楓の言葉と共に、下皿にチップが投下される。
こうして、『戦獄セレクション2』の攻略が始まった。
◇◇◇
48Gハマり。チップは残り十二枚。
強チェリーの出目を引き、バトルに発展。
『決戦! 屍天城!! 期待度☆☆☆☆★』
メリッサは、ひどく冷めた目でそれを見つめていた。
演出は射幸心を煽るためのもので、内部的に決まってる。
ここで一喜一憂したところで、当たり外れは変わらなかった。
「メリッサ! これ激熱なんじゃ!!」
一方、何も知らないジェノは、目を輝かせる。
純真無垢で初々しく、ギャンブルの穢れを知らない。
「そっすね。これなら、当たるんじゃないっすか」
タン、タン、タンと小気味よくボタンを押す。
そこで消費されるのは、内部的にあるクレジット。
ベルは九枚役で、通常時に引いた時に貯まっていた分。
9という表記があり、最低三回ほどは追加しなくても叩ける。
『……骸人の将軍。天海。その不死を断ち、人の天下を取り戻させてもらう』
レバーオンと共に、演出が始まった。
曇天の中、堂々と宣言したのは黒髪の青年。
黒い和服姿で白鞘から黒い短刀を抜き、言い放つ。
『ホホッ。活きのいい肉が騒いでおる。よかろう。この羅刹の贄にしてやろう』
茶色と紅色の袈裟を着た、坊主頭の老人。
手には、赤黒い刀身をした禍々しい太刀を握る。
『覚悟……っ!』
『さて、揉んでやろうか!』
短刀と太刀。互いに刃を振るい、天守閣頂上で斬り結ぶ。
画面右下には『NEXT』の文字。レバーを叩けば、演出が進む。
スロットらしさ全開の熱そうな演出。ただ、自然と手は止まっていた。
「こいつは……」
「この城って……」
ほぼ同時に声を上げたのは、メリッサとジェノ。
スロットの演出とは別方向の興奮。作り物じゃない可能性。
「「――見たことある(っす)」」
二人は前のめりになりながら、台の魅力に引き寄せられていった。
◇◇◇
チップ残り十二枚。クレジットは三枚。
『天下統一ラァァァァァッシュッッッ!!!!!!』
バトル演出は勝利に終わり、無事、ATに突入する。
アシストタイムと呼ばれ、規定ゲームはベルナビが出る。
押し順通りに揃えられれば、九枚獲得し、チップは減らない。
初期ゲームは35G+バトル5G。その間に上乗せと継続抽選をする。
手元には、AT中に引いた小役による期待度が書かれたボードがあった。
――――――――――――――――
レア役一覧。
スイカ=出現度◎。上乗せ確率△。上乗せゲーム数◎。
弱チェリー=出現度◎。上乗せ確率〇。上乗せゲーム数△。
強チェリー=出現度△。上乗せ確率◎。上乗せゲーム数〇。
弱チャンス目=出現度〇。上乗せ確率△。上乗せゲーム数△。
強チャンス目=出現度△。上乗せ確率◎。上乗せゲーム数〇。
赤七揃いシングル=出現度△。継続確定。
赤七揃いダブル=出現度▲。継続確定+上乗せゲーム◎。
――――――――――――――――
チェリーはコツコツ増え、スイカは稀にガツンと増える印象。
他は確定で上乗せする代わりに、出現率は低いバランスの良い配置。
赤七揃いは基本出ない。揃えば継続確定し、40G上乗せと同等の価値がある。
(基本のシステムは踏襲してるっぽいっすね。……ただ、問題は打感)
メリッサは肩を回し、気合いを入れて、AT1G目のレバーを叩く。
『赤七を狙うんや!!!!!』
すると、青カットインが画面に入り、期待感を煽る。
シングル揃いは継続確定。ダブル揃いは継続+上乗せ。
初っ端から、かなり薄いところを引いた可能性があった。
「メリッサ!! これ、絶対熱いよ!!!」
素人のジェノは顔を火照らせ、大興奮。
すでに揃っているような反応を見せている。
「青カットインは期待度弱めっす。フェイクの可能性の方が高いっすよ」
メリッサは、それでも興奮しない。
スロットにおける演出の過度な期待は禁物。
弱めの演出に期待すれば、外れた時の落胆も大きい。
だからこそ、演出の期待度で自分の興奮をコントロールする。
熱くなるのは確定演出の時だけ。そう肝に銘じることで、平静を保つ。
「――――」
ダンと強い音を立て、右リールには三連の赤七が止まる。
次は中リール。次は左リールを狙い、赤七が揃えば継続確定。
ビンゴのように、赤七が二列で揃っていれば、継続確定+上乗せ。
「すごい、揃ってる!!」
「まだまだ、こっからっすよ」
ジェノの合の手を挟み、メリッサは中リールのボタンを押す。
ダンと音を立て、中リール中央には赤七が停止し、テンパイ状態。
「すごいすごい! 二個も揃った!!」
ジェノの歓声を聞き流しながら、注目するのは演出。
『やるやん。……二確や!』
画面は金色になり、派手な音と共に、鬼道楓が祝福する。
ここまで我慢していた分、脳が蕩けそうなぐらいの快楽が生じる。
――確定演出。
知る人には分かる。スロットの醍醐味の一つでもあった。
「二確って?」
「見てたら分かるっすよ」
メリッサは澄ました顔で、左リールに目を向ける。
この演出に関しては、終わってから全部教えればいい。
今は勝ちが確定した出来レースを、骨の髄まで堪能したい。
「――――――」
ダン。今までよりも強く、ボタンを押し、メリッサはドヤ顔を作る。
赤七揃いシングルか、赤七揃いダブルか。揃っていれば分かるようになる。
「…………あれ? どうなったの?」
しかし、画面には森を駆ける鬼道楓の姿が映る。
赤七は左リール枠下にいき、演出上は外れてしまっていた。
目押しミス。恐らく、気が緩んだことにより、リール制御から外れた。
「あー、内部的には当たってるっすよ。ただ、揃えるタイミングをミスったっす」
スロットを打っていれば、稀によくあること。
特に二確が出てしまった時点で、揃える意味はない。
七揃いは演出であり、出現時点で内部的には決まっている。
揃えるかどうかは、自己満足の領域で、差枚数には影響は出ない。
「そうなんだ……。それなら、揃ってるところ見たかったな……」
もっともなことをジェノは残念そうに語る。
スロット初見なら、七揃いでも一喜一憂できる。
(惜しいことをしたっすね。次は気を付けたいところ……)
気を引き締め、メリッサはレバーを叩く。
現れたのは、ベルナビ。右リールには赤七の出目。
赤七揃いではなく、図柄を狙って、ベルを揃えさせる仕様。
「あ、また赤七だ!!」
「…………………………」
喜ぶジェノをよそに、メリッサは淡々と赤七を狙い、押す。
今度こそ狙いは完璧。さっきの汚名を間接的に晴らすチャンス。
赤七は不揃いながらも、差枚が増えれば喜んでくれるかもしれない。
そんなささやかな期待と共に、狙いを研ぎ澄ませた右リールは停止した。
『このボケが! どこ狙っとんねん!!』
しかし、聞こえてきたのは、楓の罵声。
赤七は、またもや枠下に潜り、外れている。
クレジットは減り、-6という表記が現れていた。
「え……? これって……」
詳細を知らないジェノは、困惑する。
これは、ルールの隙間を突いたトラップ。
ペナルティを半ば強制するような悪徳の仕様。
リール制御に猶予がなく、揃えられなければ減る。
「ビタ押しのベルナビ……。やってくれたっすね!!!」
『戦獄セレクション2』は、当たってからが本番だった。