表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
128/156

第128話 聖王剣

挿絵(By みてみん)




 暗い背景に溶け込むように放たれたのは、五本の黒糸。


 強化された糸と影とセンスを乗せた、今できる限りの全力。


 刹光ですら防げなかった斬撃に拮抗する、異能と技術の集大成。


(段階的にギアが上がれば、アレに頼らなくとも……)


 メリッサは着実な成長を感じつつ、戦いに没頭する。


 切り札は残ってるものの、できるだけ頼りたくなかった。


 だってここは、恰好の修羅場。嫌でも成長できる貴重な舞台。

  

 過去の自分の操り人形になるより、今の自分の可能性を信じたい。


 無理難題なんだとしても、無理を押し通すだけの気概と覚悟があった。


「北辰流――【聖王剣】」


 対する一鉄は、お構いなしに本腰を入れる。


 段階的にギアを引き上げるどころの話じゃない。


 彼が口にしたのは、奥義。紛うことなきトップギア。


 見ず知らずの流派だったら、理解も想定もできなかった。


 だけど、北辰流だけは、この世界にいる誰よりも見識がある。


(せ、星王剣……っ!? 能力のコンセプトは確か……)


 トレースされた知識を元にして、考察を重ねる。


 ソースは、北辰流の創始者マルタ・ヴァレンタイン。


 口伝でのみ伝えられる、奥義の源を知ってしまっている。


 それは、シンプルかつ強力無比。抗う暇すら与えてくれない。


 概念を捻じ曲げ、剣術界隈では魔剣とも言われる、無双の一振り。


(――雲耀の太刀。正体は、重力を無視した斬撃)


 事細かに振るわれた情景が浮かび上がり、核心に至る。


 黒糸が斬り裂かれ、その勢いで体が分割される未来が見えた。


 対策に思考を巡らせる中、予期しなかった情報が目に飛び込んだ。


「――――」


 見えたのは、黒糸に身を裂かれる一鉄の姿。


 切断には至らないものの、肉に食い込んでいる。


 糸が到達する部位は、首、左腕、右腕、右足、左足。


 敵の防御をやや上回り、五体の欠損は時間の問題だった。


(どう、なってんすか? 知ってる技と違う?)


 気になったのは、恐ろしく遅いこと。


 一歩、また一歩と、ゆっくりと歩み寄る。


 杖刀の切っ先は、なぜか真正面に向いている。


 一般的な中段の構えじゃなくて、刺突を行う構え。


 斬撃を主体とするなら、確実にタイムロスが発生する。


 直線的な動きを得意とする北辰流では、禁じ手とするもの。


 殺傷能力が高く、剣術の常識から考えても一般的とは言えない。


 ――王道ではなく、邪道。


 見識があるがゆえに、頭が混乱する。


 常識とは異なる動きに、注意が散漫になる。


 そのせいか、事態は悪い方向に転がろうとしていた。


(切っ先が歪んで……距離感が掴めないっす……)


 緩やかに迫ってくる、刺突。本来なら、避けられないわけがない。


 それなのに、いつ仕掛けられるか、今どの位置にいるのか分からない。

 

 近いようで遠く、遠いようで近く見え、向いた切っ先が距離感を狂わせる。


 影があれば位置を掴めそうなものの、この空間全体が影に満ち、掌握できない。


(当たった場合の能力が不明な以上、今の最善は――)


 思考を切り上げ、糸を切り離し、メリッサは地面を蹴った。


 右手の方向に大きく跳んで、全身にセンスを纏い、受け身の姿勢。


「……くっ!!!!」


 すると左上腕に焼けるような痛みが走り、血が滴る。


 直撃は免れたものの、センスを突き破り、負傷していた。

 

 それ自体は驚くようなことじゃなく、気になるのは、切り口。


 上腕を突き、肉に到達した上で、傷口をえぐるように刃を捻った。


 あえて痛覚を刺激するような一撃。さっきの斬撃に比べれば品性下劣。


 現代剣道に受け継がれる王道。北辰流に背を向けるような背徳行為だった。


「避けたかぁ……。一突きで死ねれば、苦しまずに済んだものを」


 切っ先についた血を払い、一鉄は見下ろすように言った。


 まるで、急所に当たっていれば、殺せていたかのような発言。


「忘れたんすか? うちには再生能力が――」


 負傷した上腕を手で押さえ、傷の具合を確認する。


 しかし、治る気配はなく、血がとめどなく溢れている。

 

 その事実を元にして頭を回すと、嫌な予想が浮かんできた。


「お前が受けたそれは、聖王剣。ほしではなくひじり。北辰流、裏の奥義だ」


 一鉄が明かすのは、剣技の名称だった。


 本来の奥義から考えれば、一文字違いのもの。


 付与された能力を加味するなら、悪趣味極まりない。


「再生阻害の一撃。不死の化け物を葬るから、聖なる技ってわけっすか。とんだ皮肉っすね。剣術の王道から外れてるくせに」


 メリッサが指摘するのは、能力ではなく、やり口の汚さ。


 化け物退治を名目にすれば、剣術として邪道でも正当化される。


 それを聖なるものと認識している価値観に、痛々しさを感じてしまう。


 化け物側の視点に偏った感想だと理解しつつも、悪口を抑えられなかった。


「いくらでも悪態をつくがいい。その間にもお前の寿命は削れている。上腕動脈からの出血なら、三分も持つまい」


 悪口を軽くいなし、サラッと告げられたのは、残り時間。


 嘘やハッタリでもなく、傷の具合から考えれば真っ当な指摘。


(行き着く先は失血死。一気に追い込まれたってわけっすか……)


 状況を察し、事態を重く受け止める。


 最も頼りにしていた異能を封じられた戦い。


 残ったのは、糸、影、吸収、思念通話の四つのみ。


 泣き言を言いたいところだけど、贅沢な悩みでもあった。


 ――四つしかないか、四つもあるか。


 前者はネガティブで、後者はポジティブ。


 心持ち一つで、物事への向き合い方が変わる。


 普通の人間に比べるなら、まだまだ恵まれている。


 残り時間が削られただけで、やることは変わってない。


 今どちらを選ぶべきなのかは、深く考えるまでもなかった。


「面白い。だったら、こっからひっくり返してやるっすよ。それが主人公ってもんすからね!!!」


 メリッサは劣勢を理解した上で、笑って言い放つ。


 頭の中で思い浮かべる理想像は、ジェノ・アンダーソン。


 窮地に追い込まれてから勝ってこそ、彼の隣に立つ資格があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ