第126話 化け物対人間
煌めいたのは、一筋の剣閃。
飛び散るのは、青色の血液と脳漿。
協調しようとした悪魔は、地面に倒れた。
再び起き上がる気配はなく、身体は朽ち果てる。
血も肉も骨も、まとめて地面へと吸い込まれていった。
「勝負はこの私が引き継ごう。悪魔も特異体も、我々『人類』の敵だぁ」
その原因を作ったのは、傍観していた千葉一鉄。
黄金色のセンスを纏い、敵意をこちらに向けている。
「……っ」
一部始終を見届けていたメリッサは、絶句する。
倒れた相手は、悪魔界の中でも選りすぐりのエリート。
魔神の肩書きには劣っているものの、悪魔なら最上位の存在。
――それを、たった一撃で葬った。
普通じゃない結果を前に、鳥肌が立つ。
尋常じゃないセンスを前に、身体がすくむ。
(た、戦うんすか……? 今から、こいつと……?)
作戦になかった展開を前に、頭が情報を処理できない。
逃げ出したい思いに駆られながらも、時は残酷に進み出す。
「修羅場で気を抜くとはぁ、いい度胸をしている」
一鉄の悪態と共に振るわれたのは、杖刀による斬撃。
唐竹、逆袈裟、水平斬り。技というよりも、基本的な型。
前情報から考えれば、出方を伺うための牽制にしか思えない。
――ただ。
(なんつー、剣速……。今の刹光の精度だと、絶対捕捉できないっす)
紙一重でかわしながら、メリッサは実力を肌で感じ取る。
最も厄介なのが速度。技と合わされば、対応するのは難しい。
今までの戦術が通用しないのは、見るからに明らかな状況だった。
(と、普通の使い手なら考える。きっとうちは、逆をいくべき、なんすよね)
そんな中、メリッサの思考は良くも悪くも飛躍する。
鬼気迫る状況になることで、脳は戦う方向へとシフトした。
「……刹光!」
刃の通る道を読み、メリッサは左腕にセンスを起こす。
斬撃衝突時に合わせることさえできれば、防げると踏んだ。
幸いにも、今までの戦いを通し、身体とセンスは慣れつつある。
理論的には可能。思いついてもリスクが高く、普通はやらないだけ。
――だから。
「軟弱者が……」
見えたのは、一鉄の冷め切った表情。
聞こえたのは、静かな怒りを孕んだ言葉。
感じたのは、夜風が頬をかすめたような感触。
(……?)
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
斬撃と左腕。センスとセンスの攻防が起きたはず。
刹光が失敗するにせよ、成功するにせよ、感触は絶対残る。
それなのに分からない。感覚神経が結果を認識することができない。
「――ッッ」
遅れて左腕には、焼けるような痛みが走り、紫光が弾けた。
終わりかけの線香花火のような輝き。激しく明滅し、消えていく。
(刹光が失敗したわけじゃなかった……)
鮮やかな切断面を見つめ、メリッサは思考を回す。
斬り落とされた左腕をすぐさま再生し、事態を把握する。
型や技、剣術の精度の良し悪しではなく、もっと根本的な問題。
(通常時のセンスが、うちの刹光よりも上……っ!!)
一鉄が身に纏う黄金色の光を見つめ、結論に至る。
その間にも次なる凶刃が迫り、首を切断しようとしていた。
「タンマは……効かないっすよね」
冷や汗を流しながら、メリッサは余裕なさげに語る。
首元では閃光が散り、刃は寸前のところで止まっていた。
ギリギリと際どい音が鳴りつつも、確実に斬首を免れている。
それは、偶然でも、刹光でも、慈悲を与えてくれたわけでもない。
「糸を出せる化け物に、耳を貸すと思うか?」
一鉄は障害となる黒い糸を見つめ、言い放つ。
その表面には、紫色の光が薄っすらと纏われていた。
正体は、メリッサの白と黒の両手袋から生じている糸と影。
鋼絲牢翳と呼ばれる物質で、そこにありったけのセンスを流した。
――肉体+センス+異能。
単純な図式ながら、強度の底上げを可能とした。
これでようやく五分。攻防面の格差はなくなっていた。
「それなら、仕方ないっすね。要望通り、化け物に徹してやるっすよ!」
両腕を払い、刀を弾いて、メリッサは告げる。
ここからがスタートライン。更なる成長の機会だった。