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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
124/156

第124話 読み合い

挿絵(By みてみん)




 額と拳。紫と赤。刹光と刹光。0と1の狭間。


 コンマ1秒にも満たない時間。決着は一瞬でつく。

 

 しかしその時、視界は暗転し、別の映像が流れ込んだ。


(なんすか、これ…………?)


 見えたのは、ナイトクラブの店内入口だった。


 近くでは、白の司祭服を着た老年の男が倒れている。


 全く身に覚えがなく、トレースした記憶とも照合されない。


 それも三人称じゃなく、一人称。恐らく、誰かの視点を見ている。

 

 訳が分からないまま、映像をぼーっと眺めていると、時間は動き出した。


『――よくも、主様をっっ!!!!』


 まず最初に聞こえてきたのは、女の声だった。


 視界にいないことから考えて、映像における視点主。


 服装は白い修道服。容姿、体型、髪型は一人称のため不明。


 確実なのは、視点主が拳を振るう程度に、誰かを怨んでいること。


(あいつは……)


 そのヘイトの先にいたのは、白スーツを着る長身の男。


 灰色髪のオールバックで、左頬には刃物傷、目つきは鋭い。


 こっちには見覚えがあった。他人の空似なんてことは絶対ない。


 ――ジェノ・マランツァーノ。


 現在時間軸とは別の未来を辿って、大人になったジェノ。


 この光景に覚えがないものの、彼の記憶の一部は脳内にある。


 知る限りでは実力は完成され、腕には磨きに磨きがかかっている。


 成長はピークに近く、その状態で繰り出すのは、馴染みある技だった。


『―――刹光』


 ジェノが行き着くのは、意思の力の最終到達点。


 拳が女の腹に食い込むと同時に、黒い閃光が乱れ散る。


 打撃とセンスの誤差は0に等しく、刹光の極致に達していた。


(そういう、ことっすか。この出来事があったから、あの人は……)


 今の状況と重なり、映像が流れ込んだ理由に見当がつく。


 視点が共有される答えであり、刹光を最も参考にした人物。


 注目するべきは、大人になったジェノではなく、視点主の女。


(――マルタ・ヴァレンタインは強くなった)


 メリッサは、戦闘の行く末を自分事のように見守る。


 今の自分に必要な情報だと信じ、マルタの視点を注視した。


「―――ッッ!!!?」


 その懐に迸ったのは、紫色に染まっている閃光。 


 マルタは乾坤一擲の刹光を生じ、鋼の防御を試みる。


 互いに猶予0F。60分の1秒の世界に足を踏み入れていた。


 ――恐らく、まぐれ。


 意図したのではなく、ジェノに引き寄せられた。


 打撃とセンスの誤差は五分五分。刹光の恩恵は同じ。


 顕在センス量に差はあれど、決定打になるとは思えない。

 

 ――しかし。


『………………なん、で』


 バタリと地面に倒れ込み、マルタは敗北していた。


 自己認識と結果とのズレ。その理由を切に求めている。 

 

 鬼気迫る状況で、限界を超えたパフォーマンスを発揮した。


 彼女の主観だったら、気付けなかったとしてもおかしくはない。


 ――ただ、客観的な立場で考えれば、答えは見えてくる。


『男性と女性では、生まれ持つ筋肉の量が違う。勝敗を分けたのはそれだけです』


 ジェノの口から語られるのは、避けられない男女の格差。


 刹光と顕在センス量の先にあったのは、純粋なフィジカルだった。


「そん、な、しょうもない、りゆう、で――」


 マルタは残酷な結果を受け止め、視界は暗転する。


 流れ込んだ記憶の終わりであり、現実に意識が戻る合図。


 後に待ち受けるのは似たような状況。コレには必ず意味がある。


(うちが見てるのは、未来への警告。肉体が勝負の鍵を握るのだとしたら――)


 ここまで情報を揃えられて、分からないほど馬鹿じゃない。


 危機的状況だと判断したからこそ、脳みそが必死で動き出した。


 ◇◇◇


「「――刹光っっ!!!!!!」」


 時間が巻き戻されたように、意識は再び現実に戻る。


 メリッサは額に、アサドは右拳に刹光を発生させていた。


 ――互いに至るのは、60分の1秒の世界。


 鬼気迫る状況で、思い描いた理想に手が届く。


 さっきまでの自分だったら、確実に油断していた。


 勝ったと思い込んで、まず間違いなく気を抜いていた。


 達成感という主観で目が曇り、客観的判断を下せなかった。


 ――だけど、今は違う。


 マルタ・ヴァレンタインと同じ轍は踏めない。


 似たような結末だけは絶対に避けないといけない。


 あの日の雪辱を彼女の代わりに晴らさないといけない。


 ――だからこそ。


「しょうもない男女の溝を埋めるのは……っ」


 紫色の刹光が明滅する中、メリッサは語る。


 アサドの拳が額を割り、血が流れながらも声を出す。


 まるで意味のない行動に、意味を通すために言い切ってやる。


「意思の強さっす!!!!」


 言葉に熱を乗せ、押されていた拳を押し戻す。


 刹光が同じで、肉体で劣っているなら、残るは一つ。


 ――センス。


 肉体の鍛錬も刹光のタイミングも必要としない。


 心技体で言うのなら、心に着目した守り特化の一手。


 女が男に一方的に勝てるとしたら、これ以外になかった。


「――こい、つッッ!!!?」


 ピシリと音を立て、アサドの拳には亀裂が走る。


 仰天した顔を間近で見届けながらも、気は抜かない。


 二の手、三の手を用意してくる可能性は十分考えられた。


「攻撃は最大の防御って言葉があるっすけど、逆だったみたいっすね」


 その上でメリッサは、行動を誘発する舌戦を仕掛ける。


 手があるなら動くだろうし、ないならこれ以上は動かない。


 どちらに転んだとしても、今の自分なら両対応できる気がした。


「……頭でっかちが。まだお前は手も足も出せてねぇ。有言は実行中だ!!!」


 すると、アサドは再びセンスを消し、左拳を放つ。


(ここは、刹光で……)


 真っ先に思い浮かぶのは、順当な対抗手段。


 さっきと同じ展開に持っていけば、勝ち目はある。


(いや、こいつは……)


 しかし、実際に起きてから気付く、思考の盲点。


 さっきのは、刹光の核心に触れたからこその、拮抗。


 刹光の極致にたどり着く前提で、センスのオンオフが必須。


 今の出しっぱなしの状態では、発動までに致命的な遅れが生じる。


 ――つまり。


(間に、合わないっす……) 


「左腕ぇ! 右足ぃ!! 左足ぃ!!!」


 放たれるのは、流れるような拳と蹴り。刹光の三連撃。


 今までに言ってきた台詞を回収するように、身体は壊される。


 ブチリと音を立て、血が溢れ出し、黒牢翳内を真っ赤に染め上げる。


 激しい痛みの連続に、中枢神経が焼きただれ、正常な感覚は失われていく。


(…………悪魔化した、うちだったら)


 差し迫る死を前にして感じるのは、痛みではなく、後悔だった。


 考える必要がないと分かっていながら、負の連鎖が始まってしまう。


 それに呼応するように、身体を守っていた光の壁は儚くも消えていった。


「脳を壊せば、悪魔は死ぬ。外れ値のお前がどうなるか、見物ってやつだ!!!」


 手を抜く気配のないアサドは、治った右の拳を再び振るった。


 狙いは頭。有言を実行するために、容赦なく暴力に身を任せている。


 頑張れば、刹光は間に合うかもしれない。頭は飛ばされないかもしれない。


 ――その後は?


 再生して、元に戻って、仕切り直すだけ。


 変わらない。あの頃から一ミリも変わってない。


 穴を掘って埋めるを繰り返す、刑務所の懲罰労働と同じ。


(死んだら終わりの世界で、生きて見たかったっすね)


 無抵抗のまま、メリッサは死を受け入れる。


 どうせ生き返る。その心が抗う気力を奪ってくる。


 その間にも拳は迫って、頭は打ち抜かれようとしていた。


『失敗したら、一緒に死んでやる! だから、気にせず、吐き出せっ!!!』


 そこで思い出したのは、ジェノの言葉。


 爆破物を飲み込んだ時に、かけてくれた台詞。


 あの時は違った。あの時に死んだかもしれなかった。


(違う……。うちはとっくに……)


 我に返る。正気に戻る。理性が蘇る。


 あの時のたった一言が、心を奮い立たせる。


 死んだら終わりの世界で、ジェノに命を救われた。


 それを活かすも殺すも自分次第。だとすれば何をするか。 


 ――決まってる。


「刹、光!!!!!」


「馬鹿が!!!!!」


 二番煎じ。過去の二の舞。馬鹿の二つ覚え。


 同じ構図、同じ展開、同じ刹光勝負を繰り返す。


 それが今の自分に合うやり方だって、気付かされた。


 ――問題はこの後。


 万全の体勢で臨む相手の方が、分があるように見える。


 ムラも遅れもなく、刹光の極致に至れると信じて疑わない。


 肉体的にも精神的にもタイミングも、全てが彼に味方している。


 ――それでも、諦める理由にはならない。


「「……っっ!!!!!」」


 迸る閃光の果てに、まず試されるのは刹光の精度。


 打撃衝突時に起こすセンスの誤差が、攻防力に直結する。


 0Fに近付くほど強く、遠いほど弱い。その性質は変わらない。


 今までの攻防を踏まえれば、0Fは出せる前提で、読み合いを回す。


 絶対とは言えないものの、少なくとも、戦闘狂のアサドならそうする。


 ――だからこそ、付け入る隙がある。


「な、に……っ!!!!?」


 余裕を見せていた、アサドの表情が凍っていく。


 前提が崩れ去る瞬間。あり気で進めた皮算用の末路。


 放たれた右拳は縦に裂けていき、右の肩口まで侵食する。


「ちっ!!!!」


 広がる裂傷を見かね、アサドは右腕を手刀で切断。


 密着から二歩分ほど後退し、再生する時間を稼いでいる。


 その事実は誰が見ても明らかで、揺るぎない結果を示していた。


「刹光勝負は、うちの勝ちみたいっすね」


 再生された四肢の感触を確かめつつ、メリッサは語る。


 見下しているわけでも、変に見上げているわけでもなかった。


「…………俺の、何が欠けていた」


 アサドは再生した右腕の感触を確かめつつ、答えを求めた。


 負けを認めた上で、動きを改善するためのフィードバックを欲している。


 ――本来なら、答える義理はない。


 敵の更なる成長を促し、自分の首を絞める可能性がある。


 ただ彼は、勝負に乗ってくれた。最後まで能力を使わなかった。


 心技体が問われ、外連味が全くない、純粋な戦闘だけを行ってくれた。


 その事実を踏まえれば、敵であっても、最低限の敬意を払わないといけない。


「意識配分の差。言ってしまえば、そっち側の容量オーバー。後の展開のことを考え過ぎたせいっすね。逆にうちは、馬鹿で単細胞だから上手くいった。目の前の刹光だけに集中できたから、ビタ押しをミスらなかったってわけっす」

  

 メリッサは出し惜しむことなく、本音で語る。


「……滑稽だな。お前を馬鹿にしたツケが回ったってわけかよ」


 一方、アサドは、自分なりに結果を受け止めていた。


 文句を言う事もなく、反論する気配も一切感じられない。


 スポーツマンシップに則った、いち武道家として対応だった。


 清々しいような、ムズ痒いような、言いようのない感覚を覚える。


 ――ただ、安心するのはまだ早い。


 刹光勝負は言ってしまえば、我がまま。


 作戦から外れた、成長するためだけの脱線。


 認め合って終わりではなく、仕事は残っている。


「ま、そんなとこっす。……さて、うちは満足したんで、次は仕切っていいっすよ。ゲームマスター」


 メリッサは肩の骨を鳴らし、次のラウンドの開始を促した。


 対するアサドは、きょとんとした表情を作りながらも、意図を察する。


「戦闘方法は自由。体術あり、異能あり、センスあり。人数、種族、体重の制限は一切ない、無差別級のデスマッチだ。その代わりとして、『参った』と言った方が敗北するルール。勝った方は、負けた方に絶対遵守の命令を一度だけ下せる権利が与えられる。ありきたりだが、こんなもんでどうだ? 刹光馬鹿」


 そこで提示されたルールは、期待以上のものだった。


 寄り道をした副産物。予定にないものの上手く噛み合った。


「乗ったっす。ここまできたら、白黒ハッキリつけてやろうじゃないっすか」


 メリッサは口を挟むことなく、話に乗っかる。


 振り出しには戻ったものの、同じようで異なる展開。


 自分の計画を上回った感じがして、悪い気分はしなかった。

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