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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
123/156

第123話 0と1の狭間

挿絵(By みてみん)




 数分前。悪魔界。魔神城。謁見の間。


『悪魔式軍隊格闘術『デモニスタ』。その身で味わえ!!!』


 眼前には、四匹の蝙蝠が映した平面の映像。


 繰り広げられるのは、アサドとマクシスとの戦い。


 独創世界崩壊も近く、冥戯黙示録も大詰めになっていた。


「…………」


 メリッサは、それを食い入るように見ていた。


 息もせず、瞬きもせず、一挙手一投足を見逃さない。


 脳内の隅々まで動きを叩き込んで、対抗策を巡らせていく。


 一通りのシュミレーションを済ませ、勝算が立とうとしていた頃。


「無茶するって時の顔してるね。止める気はナイが、どこまでやるつもりか?」


 見計らったかのように、玉座に座る魔神蓮妃は言った。


 長い付き合いだからよく分かる。これは、ただの興味本位。

 

 挑もうとしてるコンテンツへの、モチベーションを探っている。


 本心を言おうが、建前で取り繕おうが、やるべきことは変わらない。


 それでも――。


「全部。やれることもやれないことも含め、うちの全部を出し切るっす」


 メリッサは手堅い未来を見据え、言葉に本心を込める。


 ただ、どこまで言う事を聞くかは、自分でさえも分からなかった。


 ◇◇◇


 強化された影。黒牢翳こくろうえいと呼称される特殊概念がある。


 今のメリッサとアサドの周囲を覆い尽くす、謎多き異能。


 繰り返された人体実験により、解明されたことは三つあった。


 ・外部からの物理的な干渉は一切受け付けない。


 ・内部に持ち込んだ物体は、内外に出し入れできる。


 ・持続時間や、展開距離は蓄えたエネルギーに依存する。


 確実だと言い切れるのは以上の要素のみ。


 現実世界の概念がどこまで適用されるかは不明。

 

 生死、時間、病気、餓死、縛りなど不確定要素が多い。


 巻き込まれた第三者が影響を受ける範囲も、分かっていない。


 他人を交えた実験を開始しようとしたところで、メリッサは逃げた。


 ――しかし、その第三者が作戦の成否を握っている。


「宣言する。ここからお前は、手も足も出ず、のたうち回った挙句に降参する」


 思考をまとめていると、アサドは真顔で言った。


 戦いも佳境に入り、作戦は最終段階に移行していく。


(いい感じにピキってるっすね。これ以上、やり合う必要はないっす)


 ここからは、相手を誘い込むフェイズ。


 敵は術中にハマり、何の疑いもなく襲ってくる。


 特に労することなく、残すは計画を実行するだけだった。


(――ただ、後もうちょっとで掴めそうなんすよね。センスの核心を)


 メリッサは左手を握り、疼く拳の感触を確かめる。


 傷は再生能力で塞がっていて、五体は満足に動く状態。


 戦う必要はないものの、心と体は更なる成長を望んでいた。


「いい面構えだが、安心しろ。……すぐに苦痛で歪ませてやるよ!!!」


 返事を待つことなく、アサドは駆ける。


 気付けば、懐に入り込み、拳が届く間合い。


 これまでは、拳とペースを合わせてくれていた。


 よーいドンの形で、競技のように速度を競い合った。


 ――ここからは違う。


 お互いのシノギを削り合う、真の刹光勝負の始まり。


 打撃衝突時にセンスを起こす難易度が、格段に跳ね上がる。


「うらぁ、うらぁ、うらぁ! そんなもんかぁ!?」


 叩き込まれるのは、拳の連打。途切れのない赤い焔。


 誤差0.03秒。猶予1Fの刹光をコンスタントに決めてくる。


 アベレージヒッター。安定した火力が、容赦なく体を襲った。


 一発でもまともに食らえば、四肢が飛ぶ、悶絶級の高速ラッシュ。


 再生能力があるとは言っても、意識が飛んでしまう可能性すらあった。


 ――だからこそ。


「こんなもんじゃないっすよ!! うちの伸び代は!!!」


 メリッサは、手も足も出さなかった。


 代わりに、体表面には、無数の紫光が迸る。


 正体は単純。刹光には攻めと守りの二種類がある。


 ・攻めは、打撃衝突時にセンスを起こす。


 ・守りは、被打撃時の接触点にセンスを起こす。


 たったそれだけの違い。必ずしも、拳を振るう必要はない。


 問題は打撃衝突時のセンスの誤差。刹光の恩恵に大きく関わる。


 今は均衡を保っていても、タイミングが少し狂えば、簡単に崩れる。


「つけ上がるなよ、人間! お前の刹光が崩れるまで、俺は殴るのを止めねぇ!」


 アサドが警戒するのは、スタミナ切れのタイミング。


 悪魔といっても、拳を振るう体力は無尽蔵とは言えない。


 息が途切れる瞬間に、攻守が入れ替わると予想しているはず。


(確かに普通なら、猛攻を凌ぎ切った後に意識を割く)


 足りない脳細胞をかき集め、メリッサは防御しつつ頭を回す。


 作戦を無視した先にある『何か』を追い求め、徹底的に馬鹿になる。


(だけど、条件が揃えばひっくり返る。攻守は逆転する) 


 拳を肌で受け、異なる光が生じ、せめぎ合う。


 思いを馳せるのは、改善できる余地。付け入る隙。


 今のアサドのやり方では、絶対に至ることはない領域。


 鍵を握るのは、トレースされた潜在意識の奥底にある記憶。


 猶予0F。誤差0.01秒。60分の1秒の世界。スロットの用語なら。


(――ビタ押し)


 脳内に思い浮かべているのは、とあるスロット台。


 戦獄セレクション2。リール制御なしのベルナビ搭載機。


 枠下ピッタリに止めなければ罰則。あの当時はできなかった。


 猶予1Fのコマ滑りに甘えて、スロットの腕を磨こうとしなかった。


 代わりに尻を拭ったのは、出生に関わった女。マルタ・ヴァレンタイン。


(あいつができるなら、うちにも……)


 できると思うのと、実際にやれるのでは雲泥の差がある。


 負う必要のないリスク。馬鹿な挑戦だってのは、理解してる。


 それでも、悔しい。できなかった当時の自分の汚名を返上したい。


 誰かを見返したいわけでも、褒められたいでも、自慢したいでもない。


(うち、にも――ッッ!!!!)


 蒸発した理性の果てに、メリッサは大きな夢を描く。


 ナンバーズの頂点に立った先。創始者マルタよりも強くなること。


 そのためにはまず、目の前の障害を突破しなければ話にならない。


「止まって見えるぞ、ウスノロ!! ちったぁ、さえずってみせろや!!!」

 

 アサドは有言実行し、拳を休める気配は一切ない。


 むしろ、苛烈さを増し、防御が崩れるのも時間の問題。


 決定打となり得る渾身の拳が、額に迫っているのが見えた。


 まだお互いにセンスを纏ってない。速すぎれば、不発に終わる。


 ――焦点は打撃衝突直後。


 条件は明らか。やるべきことは頭に入ってる。


 その時を、ベストのタイミングを今か今かと見計らう。


 これ以上考える隙間もなく、肌に触れるか触れないかまで迫る。


 結果がどうなるにしても、この後に言ってやる台詞だけは決まっている。


「「――刹光っっ!!!!!!」」


 生じるのは、紫光と赤光。攻めと守りのセンスが、黒牢翳内を明るく照らした。

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