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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
122/156

第122話 刹光勝負

挿絵(By みてみん)




 影の空間で、申し込まれたのは刹光勝負。


 打撃衝突時にセンスを込めるまでの打ち合い。


 寸前まで力を込めないため、先に当てた方が有利。


 相打ちの場合は、センスを体に起こす速度が物を言う。


 反射神経だけでは解決せず、意思の力の練度で差が生じる。


 一朝一夕でどうにかできる問題じゃなく、初心者には手に余る。

 

 能力戦に飽き足らず、鍛錬に明け暮れた脳筋共が最後に訪れる聖域。


 ――だからこそ、最終到達点エンドコンテンツ


 やることがなくなった使い手たちの、命を懸けた嗜みだ。


 それを知ってか知らずか、ぽっと出の新参者ヌーブが挑んできやがった。


 ――結果は快勝。


 右腕を吹き飛ばされたのは、紫髪のバニーガール。


 眼光鋭く、手負いの割には、意気軒高でいらっしゃる。

 

「余裕があるように見えるのは、持ち前の再生能力のおかげか?」


 出血が止まりつつある肩口を見つめ、アサドは尋ねる。


 正直、コイツの過去も出自も能力も知ったこっちゃあない。


 ただ、今の出来事さえ分かれば、全体像がぼんやり見えてくる。


 少なくとも、腕の欠損が痛手じゃないのは、見る限り明らかだった。

 

「よく分かったっすね。似たような体質、だからっすか?」


 肩から右腕をニョキリと生やし、メリッサは聞き返す。


 妙に落ち着いていて、用意していたようなレスポンスの早さ。


 馬鹿を演じていたか、台本があるか。今まで見てきた人物像と違う。


 いずれにしても、警戒に値する反応。慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだ。


「そういうことにしといてやる。……ただ、分かんねぇな。俺にやられた前と後で、まるで印象が違う。悪魔界で何をした。魔神に入れ知恵でもされたか?」


 メリッサが歩んだであろう空白を、アサドは状況証拠で埋める。


 ヤツは一度この手で葬った。悪魔界に行き、悪魔堕ちしたのは確実。


 だが、人間界に人間の姿で戻ってきた。まず間違いなく、魔神の仕業だ。


 他にそれをできる輩がいるんなら、悪魔界のバランスはとっくに崩壊してる。


 ――問題は、どこまで関わっていやがるか。


 悪魔という種族は、ほぼ必ず『取引』を絡める。


 リスクの見返りに、リターンを与えるのが、仕事だ。


 魔神も例外ではなく、アイツと何らかの『取引』をした。


 結果として、人間界に戻れ、人間の姿で目の前に現れたはず。


 それだけでも、十分なリスクを負ったはずだが、詳細は見えない。


 もし、想定以上の『何か』を支払っていた場合、最悪の懸念点がある。


 ――リアルタイムで魔神の指示が入ること。


 メリッサが操り人形に徹するなら、厄介極まりない。


 戦術面だったら付け入る隙はあるが、戦略面は分が悪い。


 『瞬獄』が見抜かれた件も、魔神の掌の上だった可能性もある。


「聞かれて答えるほど馬鹿じゃないっす。それより、武闘ダンスの続きをどうっすか?」


 手の内を透かすことなく、メリッサは言った。


 センスのない拳を構えて、刹光勝負を誘ってやがる。


(あぁ、考えれば考えるほど面倒臭ぇ。ひとまず乗ってやるか……)


 最悪の想定を潰すためにも、アサドは拳を構える。


 攻防をいくらか繰り返せば、手の内は自ずと割れるはずだ。


「俺をその気にさせたんだ。……がっかりさせんじゃねぇぞ!」


 思考を行動に移すため、生身の右拳を振るう。


 直線的で、なんの工夫も凝らしていないストレート。

 

 変則的な動きを混ぜる気はなく、さっきのとコースは同じ。


 ――だからこそ、炙り出せる。 

 

 魔神が肩入れするなら、同じ手は二度食らわない。


 何かしらの策を講じてくるなら、ここ以外になかった。


 そんな思惑を乗せた右拳は、見る見るとメリッサに近付く。


「なんのっ!!!」


 遅れて振るわれたのは、左腕の拳。


 打つ手を変えただけで、展開の焼き増し。


 何か工夫を凝らした気配は微塵も感じなかった。


(コイツ……舐めやがって)


 こめかみ辺りの血行が良くなるのを感じつつ、続行。


 難なくメリッサの拳が迫り、肌が触れ合おうとしていた。


「刹光っ!!!」


 アサドは憤りを拳とセンスに乗せ、衝突と同時に放つ。


 そこで迸るのは、赤い刹光。火炎の如く、敵の左腕を食らう。


 打撃との誤差は0.03秒。60FPSの映像なら、猶予1F(フレーム)内ってとこか。


 ※FPSとは、1秒に画像が何枚処理されているかの基準。

  60FPSなら、1秒間に60枚の静止画が流れていることになる。

  猶予1Fの場合、60枚ある内の2枚しか有効判定が出ない場合を示す。

  それもランダムではなく、連続性のある2枚。打撃衝突の直後に限られる。


「……っ!!?」


 冷静に考えていると、放った右の拳に痛みが走る。


 目をやれば、手の甲が少し裂け、青い血が滴っていた。


(血……。負傷した? この俺が? どうやって?)


 突如、脳内に押し寄せるのは大量の疑問。


 決して、相手のことを侮っていたわけじゃない。


 魔神の影を見据え、最大限の注意を払ったはずだった。


「もう、一丁っす!!」


 迸る赤い光を切り裂くように放たれたのは、拳。

 

 左腕を捨てて、生やした右腕で奇襲したように見える。

 

 だが、違う。結果と言動を考えれば、答えは自ずと絞られる。


(コイツ……!)

 

 アサドは後方に跳び、空を切ったのは、赤い血が滴る左拳。


 こちらと被害状況と全く同じ。同程度で済んでいる理由は明白。


(この土壇場で刹光の感覚を掴みかけてやがる……!!)


 失敗した一撃目と見比べれば、明らか。ミスれば、片腕が吹き飛ぶ。


 一方、同タイミングなら、センスの防御が間に合い、被害は抑えられる。


 つまり、たった二撃で、打撃衝突時の猶予1F内に刹光を合わせてきやがった。


「あっれれ、おかしいっすね。受けてくれるんじゃなかったんすか、刹光勝負」

 

 するとメリッサは、首を傾げながら、文句を垂れた。


 そこには、魔神の幻影なんてもんは、一切感じられない。

 

 貪欲に成長を追い求めた結果の行動。失敗は眼中になかった。


(狂ってやがる。思いついても、普通はやらねぇだろ)


 格下だと分かっていながら、その伸び代に恐怖を感じる。


 数年、数か月、いや、この打ち合いで差が埋まる可能性すらある。


(仕方ねぇ、アレを使うか……。芽が出る前に、摘んでやるよ)


 メリッサを好敵手と認め、心構えを一新する。


 再生能力持ち同士は、欠損程度じゃ決着がつかない。


 かといって、再生の限度がくるまで戦うってわけでもない。


 だとすれば、何か。何をもって勝負を終わらせるのが、丸いのか。


 答えは至って単純だ。目的は倒すことじゃなく、諦めさせることにある。

 

「宣言する。ここからお前は、手も足も出ず、のたうち回った挙句に降参する」

 

 アサドが行うのは、本気で戦う前の意思表明。

 

 脅しが効かない性格だってのは、見ていりゃあ分かる。


 だからこいつは、前戯だ。実現させて、戦う意思を挫いてやる。

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