第122話 刹光勝負
影の空間で、申し込まれたのは刹光勝負。
打撃衝突時にセンスを込めるまでの打ち合い。
寸前まで力を込めないため、先に当てた方が有利。
相打ちの場合は、センスを体に起こす速度が物を言う。
反射神経だけでは解決せず、意思の力の練度で差が生じる。
一朝一夕でどうにかできる問題じゃなく、初心者には手に余る。
能力戦に飽き足らず、鍛錬に明け暮れた脳筋共が最後に訪れる聖域。
――だからこそ、最終到達点。
やることがなくなった使い手たちの、命を懸けた嗜みだ。
それを知ってか知らずか、ぽっと出の新参者が挑んできやがった。
――結果は快勝。
右腕を吹き飛ばされたのは、紫髪のバニーガール。
眼光鋭く、手負いの割には、意気軒高でいらっしゃる。
「余裕があるように見えるのは、持ち前の再生能力のおかげか?」
出血が止まりつつある肩口を見つめ、アサドは尋ねる。
正直、コイツの過去も出自も能力も知ったこっちゃあない。
ただ、今の出来事さえ分かれば、全体像がぼんやり見えてくる。
少なくとも、腕の欠損が痛手じゃないのは、見る限り明らかだった。
「よく分かったっすね。似たような体質、だからっすか?」
肩から右腕をニョキリと生やし、メリッサは聞き返す。
妙に落ち着いていて、用意していたようなレスポンスの早さ。
馬鹿を演じていたか、台本があるか。今まで見てきた人物像と違う。
いずれにしても、警戒に値する反応。慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだ。
「そういうことにしといてやる。……ただ、分かんねぇな。俺にやられた前と後で、まるで印象が違う。悪魔界で何をした。魔神に入れ知恵でもされたか?」
メリッサが歩んだであろう空白を、アサドは状況証拠で埋める。
ヤツは一度この手で葬った。悪魔界に行き、悪魔堕ちしたのは確実。
だが、人間界に人間の姿で戻ってきた。まず間違いなく、魔神の仕業だ。
他にそれをできる輩がいるんなら、悪魔界のバランスはとっくに崩壊してる。
――問題は、どこまで関わっていやがるか。
悪魔という種族は、ほぼ必ず『取引』を絡める。
リスクの見返りに、リターンを与えるのが、仕事だ。
魔神も例外ではなく、アイツと何らかの『取引』をした。
結果として、人間界に戻れ、人間の姿で目の前に現れたはず。
それだけでも、十分なリスクを負ったはずだが、詳細は見えない。
もし、想定以上の『何か』を支払っていた場合、最悪の懸念点がある。
――リアルタイムで魔神の指示が入ること。
メリッサが操り人形に徹するなら、厄介極まりない。
戦術面だったら付け入る隙はあるが、戦略面は分が悪い。
『瞬獄』が見抜かれた件も、魔神の掌の上だった可能性もある。
「聞かれて答えるほど馬鹿じゃないっす。それより、武闘の続きをどうっすか?」
手の内を透かすことなく、メリッサは言った。
センスのない拳を構えて、刹光勝負を誘ってやがる。
(あぁ、考えれば考えるほど面倒臭ぇ。ひとまず乗ってやるか……)
最悪の想定を潰すためにも、アサドは拳を構える。
攻防をいくらか繰り返せば、手の内は自ずと割れるはずだ。
「俺をその気にさせたんだ。……がっかりさせんじゃねぇぞ!」
思考を行動に移すため、生身の右拳を振るう。
直線的で、なんの工夫も凝らしていないストレート。
変則的な動きを混ぜる気はなく、さっきのとコースは同じ。
――だからこそ、炙り出せる。
魔神が肩入れするなら、同じ手は二度食らわない。
何かしらの策を講じてくるなら、ここ以外になかった。
そんな思惑を乗せた右拳は、見る見るとメリッサに近付く。
「なんのっ!!!」
遅れて振るわれたのは、左腕の拳。
打つ手を変えただけで、展開の焼き増し。
何か工夫を凝らした気配は微塵も感じなかった。
(コイツ……舐めやがって)
こめかみ辺りの血行が良くなるのを感じつつ、続行。
難なくメリッサの拳が迫り、肌が触れ合おうとしていた。
「刹光っ!!!」
アサドは憤りを拳とセンスに乗せ、衝突と同時に放つ。
そこで迸るのは、赤い刹光。火炎の如く、敵の左腕を食らう。
打撃との誤差は0.03秒。60FPSの映像なら、猶予1F内ってとこか。
※FPSとは、1秒に画像が何枚処理されているかの基準。
60FPSなら、1秒間に60枚の静止画が流れていることになる。
猶予1Fの場合、60枚ある内の2枚しか有効判定が出ない場合を示す。
それもランダムではなく、連続性のある2枚。打撃衝突の直後に限られる。
「……っ!!?」
冷静に考えていると、放った右の拳に痛みが走る。
目をやれば、手の甲が少し裂け、青い血が滴っていた。
(血……。負傷した? この俺が? どうやって?)
突如、脳内に押し寄せるのは大量の疑問。
決して、相手のことを侮っていたわけじゃない。
魔神の影を見据え、最大限の注意を払ったはずだった。
「もう、一丁っす!!」
迸る赤い光を切り裂くように放たれたのは、拳。
左腕を捨てて、生やした右腕で奇襲したように見える。
だが、違う。結果と言動を考えれば、答えは自ずと絞られる。
(コイツ……!)
アサドは後方に跳び、空を切ったのは、赤い血が滴る左拳。
こちらと被害状況と全く同じ。同程度で済んでいる理由は明白。
(この土壇場で刹光の感覚を掴みかけてやがる……!!)
失敗した一撃目と見比べれば、明らか。ミスれば、片腕が吹き飛ぶ。
一方、同タイミングなら、センスの防御が間に合い、被害は抑えられる。
つまり、たった二撃で、打撃衝突時の猶予1F内に刹光を合わせてきやがった。
「あっれれ、おかしいっすね。受けてくれるんじゃなかったんすか、刹光勝負」
するとメリッサは、首を傾げながら、文句を垂れた。
そこには、魔神の幻影なんてもんは、一切感じられない。
貪欲に成長を追い求めた結果の行動。失敗は眼中になかった。
(狂ってやがる。思いついても、普通はやらねぇだろ)
格下だと分かっていながら、その伸び代に恐怖を感じる。
数年、数か月、いや、この打ち合いで差が埋まる可能性すらある。
(仕方ねぇ、アレを使うか……。芽が出る前に、摘んでやるよ)
メリッサを好敵手と認め、心構えを一新する。
再生能力持ち同士は、欠損程度じゃ決着がつかない。
かといって、再生の限度がくるまで戦うってわけでもない。
だとすれば、何か。何をもって勝負を終わらせるのが、丸いのか。
答えは至って単純だ。目的は倒すことじゃなく、諦めさせることにある。
「宣言する。ここからお前は、手も足も出ず、のたうち回った挙句に降参する」
アサドが行うのは、本気で戦う前の意思表明。
脅しが効かない性格だってのは、見ていりゃあ分かる。
だからこいつは、前戯だ。実現させて、戦う意思を挫いてやる。