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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第120話 主人公

挿絵(By みてみん)




 数十分前。悪魔界。魔神城。謁見の間。


 玉座に座るのは、赤いチャイナ服を着る蓮妃。


 今は魔神という地位に位置し、ある賭けが行われた。

 

 ――白き神と蓮麗との決着の予想。


 当たれば、人間界に帰ることができ、外れれば、悪魔界で一生奴隷。


 それが今、終わった。四匹の蝙蝠が映し出す画面により、結末が見えた。


「結果はドロー。メリッサの勝ちね」


 勝負を取り仕切る本人の口から、公式の声明が出される。


 この時点で、後から文句を言われたり、結果を改変される心配はない。


「…………」


 ただ、予想できないものもあった。


 『火』の概念が消え、白き神もどこかに消えた。


 手放しに喜べるようなものじゃなく、困惑の方が勝っている。


「選んだ理由を聞かせてもらってもイイか?」


 心情を知ってか知らずか、蓮妃は問いかける。


 気を紛らわすには、ちょうどいい話題かもしれない。


「蓮妃は、うちに勝ってもらうために勝負を仕掛けた。ただ、魔神という肩書きがある以上、わざと負けるわけにはいかなかった。その前提で『蓮妃』として最期に遺した手紙の言葉を紐解いていけば、簡単に答えにたどり着いたっすよ」


「つまり、どういうことか?」


「リスクや不測の事態を極端に嫌う、我とは正反対の性格。そんな『うち』が好きだと手紙には綴られていたっす。その期待に応えるには、『勝つか負けるか』なんて生温い選択肢を選ぶわけにはいかなかった。そこで浮かんだのが、リスクの高い第三の選択肢……引き分け。つまり、ドローってわけっすね」


「筋は通ってるね。だけど、押し切る理由にしては、弱い」


「確かに、ドローを選ぶ以上、対抗馬が白き神と拮抗する必要があって、当時の情報だけでは、どう考えても蓮麗が劣勢だったっす。勝算はあっても、リスクが高すぎる。……ただ手紙には、こうも書かれていたっすね。『もし、我の子孫に会ったら、よろしくやって欲しい』と。そこで考えたのが、あの『蓮麗』とかいう女が、魔神の契約者であると同時に、蓮妃の血族者だったら、という仮説っす」


「蓮麗の実力は知らなくても、我の実力は知ってる」


「手紙では、うちのことベタ褒めだったっすけど、それと同じぐらい蓮妃のことは信頼してるんすよ」


 心地良い合いの手と共に、リスクを負えた理由を明かす。


 そのおかげか、思考が整理され、次に取るべき行動が見えてきた。

 

「……さすがは、メリッサ。悪魔化のせいか、冴えた時の精度が前より増してるね。魔神の立場としては、優秀な人材が失われるのは痛い。人間界に戻る件と奴隷の件は白紙にして、我の下で悪魔界に貢献してみる気はナイか?」


 すると蓮妃は、頭を指先で叩き、言った。


 悪魔化された時に感じていた、『何か』の正体。


(脳の再生なしで、このキレが持続する? もし、そうなら……)


 今だからこそ余計に感じる、平常時のキレの悪さ。


 人間界に戻るのなら、知能に制限をかけることになる。


 ここに残れば、制限もストレスもなく、実力を発揮できる。


(いや、うちにはやり残したことがあるっす……)


 魅力的な提案に心が揺れそうになるも、視界に入ったのは画面。


 現在進行形で、世界が崩壊していく様子が鮮明に映し出されている。 


「覚悟は決まってるみたいね。こっちの準備は出来てるよ」


 その表情と仕草で思考を読まれたのか、蓮妃は言った。


 指をパチンと鳴らし、新たに現れた四匹の蝙蝠が扉を形成。


 扉の位置はすぐ隣で、恐らく、飛び込むだけで、全てが元通り。


 悪魔から人間になり、バトルフラッグを続きからプレイできるはず。

 

「蓮妃に嘘は吐けないっすね。もちろん、そのつもりっすよ。……ただ」

 

「……?」


「戻るのは、もう少し後でも構わないっすよね」


 メリッサは先の展開を見据え、魔神に交渉する。


 もし通るのなら、良い方向に転がるのは確実だった。


 ◇◇◇


 世界の終末に広がるのは、色濃い影。


 ひび割れる地下トンネル内を、覆い尽くす。


 眼前には、目を血走らせている一匹の悪魔がいた。


 カンニングしてたとはいえ、我ながらナイスタイミング。


 ここからはアドリブだけど、相手の言いたい台詞は予想できた。


「どうして、お前がここにいる!! メリッサ・ナガオカぁ!!!!」


「知らないんすか? 主人公ってのは、遅れて登場するもんなんすよ」


 久々にバッチリと決まり、やり切ったような気持ちになる。


 ただ、安心するのはまだ早い。解決すべき問題が山積みだった。


「このアマッッ!!!」


 逆上した悪魔は黒煙を纏い、移動を開始する。


 手品の種は割れている。全て悪魔界から見ていた。


 キレの悪い今の頭でも、すべきことに迷いはなかった。


「――――」


 振るうのは、右手の裏拳。


 振り向きもせず、渾身の力を込めた。

 

「……ぐっ!!?」


 バキリと音を立て、見えない壁を殴る感触があった。


 ただ、すぐに気配がなくなり、移動を開始したのが分かる。


(やっぱり……)


 手応えを感じながらも、手放しには喜べない。


 相手は過去の自分。合わせ鏡を見ているようだった。


「――っ!!!!」


 アサドが現れたのは、3時の方向。


 歯を食いしばりながら、正拳突きを試みる。


 それが懐に到達する前に、敵の懐に正拳を叩き込んだ。


(長所は異能。それだけを極めればいいと思ってた)


 アサドが次に現れたのは、9時の方向。

 

 見なくても分かる。選ぶのは、飛び膝蹴り。


 それが背中に届く前に、ヒールの踵で迎え撃つ。


(異能以外の成長はいらない。努力は不要だと思ってた)


 アサドが次に現れたのは、12時方向。


 踏み込んで、顎狙いのアッパーを繰り出した。


 それが顔に接触する前に、敵の顎を蹴り上げてやった。


(――でも、違った)


 6時方向、上方、下方。負けじと現れるアサドをメリッサは次々と迎撃。


 そこに異能の行使はなく、単純なフィジカルと読みだけで戦いが成立する。


「なぜだ……。どうして……、俺の『デモニスタ』が効かない!」


 足を止め、移動を辞め、三流っぽい台詞を語る。


 弟やプレイヤーをいたぶってきた報い。当然の末路。


 身体に一切の手傷はなかったものの、心が揺らいでいる。


 今まで通用してきた戦術が効かず、戦う意思が削がれている。


 悪口を言いたい。見下して、軽蔑して、馬鹿にしてやりたかった。


 ――だけど。


「確かにあんたは強いっす。だけど、決定的に欠けてるもんがあるんすよ」


 敵を真っすぐ見つめ、メリッサは親身に接する。


 その感情は、蔑みでも哀れみでも馬鹿にするでもない。


 あるのは、相手への敬意。似たような道を辿った考えの尊重。


「――体術の精度。ようは、異能に頼り過ぎなんすよ」


 これは、異能以外の努力を軽んじた、自分へのメッセージでもあった。


「……っ!! 数回読み勝った程度で格上気取りか? センスも使えない餓鬼が」


 それが癇に障ったのか、アサドは眉をひそめ、欠点を指摘する。


 意思の力。センス。存在は知っていても、覚える気は一切なかった。


 ――逆張り。


 人と同じ方向に進むのが、どうしても嫌だった。


 思考停止で、右にならえが正解なのが許せなかった。


 自己中と言われようが、自分が信じた道を進みたかった。


 ――でも、それには限界があった。


 どれだけ背伸びをしても、手に入らないものがあった。


 いくら異能のスキルを磨いても、振り向いてもらえなかった。


 変わる必要があった。変わらなければ、一生手が届かない気がした。


 ――だから。


「………………」


 心の奥底に眠る感情に火をくべる。


 内に秘めていた欲望を、外へと曝け出す。


 手順はそれだけ。心得があれば、誰でも使える。


 嫌というほど味わった光の防壁を身に纏い、言い放つ。


「今のうちは、なんでも食らう。例え、毛嫌いする技能であっても」


 メリッサを突き動かしている感情は、暴食。


 対異能戦から、対センス戦へと完全移行する。


 第二ラウンドの始まりであり、ここからが本番。


 目的のためだったら、手段は選んでられなかった。

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