第120話 主人公
数十分前。悪魔界。魔神城。謁見の間。
玉座に座るのは、赤いチャイナ服を着る蓮妃。
今は魔神という地位に位置し、ある賭けが行われた。
――白き神と蓮麗との決着の予想。
当たれば、人間界に帰ることができ、外れれば、悪魔界で一生奴隷。
それが今、終わった。四匹の蝙蝠が映し出す画面により、結末が見えた。
「結果はドロー。メリッサの勝ちね」
勝負を取り仕切る本人の口から、公式の声明が出される。
この時点で、後から文句を言われたり、結果を改変される心配はない。
「…………」
ただ、予想できないものもあった。
『火』の概念が消え、白き神もどこかに消えた。
手放しに喜べるようなものじゃなく、困惑の方が勝っている。
「選んだ理由を聞かせてもらってもイイか?」
心情を知ってか知らずか、蓮妃は問いかける。
気を紛らわすには、ちょうどいい話題かもしれない。
「蓮妃は、うちに勝ってもらうために勝負を仕掛けた。ただ、魔神という肩書きがある以上、わざと負けるわけにはいかなかった。その前提で『蓮妃』として最期に遺した手紙の言葉を紐解いていけば、簡単に答えにたどり着いたっすよ」
「つまり、どういうことか?」
「リスクや不測の事態を極端に嫌う、我とは正反対の性格。そんな『うち』が好きだと手紙には綴られていたっす。その期待に応えるには、『勝つか負けるか』なんて生温い選択肢を選ぶわけにはいかなかった。そこで浮かんだのが、リスクの高い第三の選択肢……引き分け。つまり、ドローってわけっすね」
「筋は通ってるね。だけど、押し切る理由にしては、弱い」
「確かに、ドローを選ぶ以上、対抗馬が白き神と拮抗する必要があって、当時の情報だけでは、どう考えても蓮麗が劣勢だったっす。勝算はあっても、リスクが高すぎる。……ただ手紙には、こうも書かれていたっすね。『もし、我の子孫に会ったら、よろしくやって欲しい』と。そこで考えたのが、あの『蓮麗』とかいう女が、魔神の契約者であると同時に、蓮妃の血族者だったら、という仮説っす」
「蓮麗の実力は知らなくても、我の実力は知ってる」
「手紙では、うちのことベタ褒めだったっすけど、それと同じぐらい蓮妃のことは信頼してるんすよ」
心地良い合いの手と共に、リスクを負えた理由を明かす。
そのおかげか、思考が整理され、次に取るべき行動が見えてきた。
「……さすがは、メリッサ。悪魔化のせいか、冴えた時の精度が前より増してるね。魔神の立場としては、優秀な人材が失われるのは痛い。人間界に戻る件と奴隷の件は白紙にして、我の下で悪魔界に貢献してみる気はナイか?」
すると蓮妃は、頭を指先で叩き、言った。
悪魔化された時に感じていた、『何か』の正体。
(脳の再生なしで、このキレが持続する? もし、そうなら……)
今だからこそ余計に感じる、平常時のキレの悪さ。
人間界に戻るのなら、知能に制限をかけることになる。
ここに残れば、制限もストレスもなく、実力を発揮できる。
(いや、うちにはやり残したことがあるっす……)
魅力的な提案に心が揺れそうになるも、視界に入ったのは画面。
現在進行形で、世界が崩壊していく様子が鮮明に映し出されている。
「覚悟は決まってるみたいね。こっちの準備は出来てるよ」
その表情と仕草で思考を読まれたのか、蓮妃は言った。
指をパチンと鳴らし、新たに現れた四匹の蝙蝠が扉を形成。
扉の位置はすぐ隣で、恐らく、飛び込むだけで、全てが元通り。
悪魔から人間になり、バトルフラッグを続きからプレイできるはず。
「蓮妃に嘘は吐けないっすね。もちろん、そのつもりっすよ。……ただ」
「……?」
「戻るのは、もう少し後でも構わないっすよね」
メリッサは先の展開を見据え、魔神に交渉する。
もし通るのなら、良い方向に転がるのは確実だった。
◇◇◇
世界の終末に広がるのは、色濃い影。
ひび割れる地下トンネル内を、覆い尽くす。
眼前には、目を血走らせている一匹の悪魔がいた。
カンニングしてたとはいえ、我ながらナイスタイミング。
ここからはアドリブだけど、相手の言いたい台詞は予想できた。
「どうして、お前がここにいる!! メリッサ・ナガオカぁ!!!!」
「知らないんすか? 主人公ってのは、遅れて登場するもんなんすよ」
久々にバッチリと決まり、やり切ったような気持ちになる。
ただ、安心するのはまだ早い。解決すべき問題が山積みだった。
「このアマッッ!!!」
逆上した悪魔は黒煙を纏い、移動を開始する。
手品の種は割れている。全て悪魔界から見ていた。
キレの悪い今の頭でも、すべきことに迷いはなかった。
「――――」
振るうのは、右手の裏拳。
振り向きもせず、渾身の力を込めた。
「……ぐっ!!?」
バキリと音を立て、見えない壁を殴る感触があった。
ただ、すぐに気配がなくなり、移動を開始したのが分かる。
(やっぱり……)
手応えを感じながらも、手放しには喜べない。
相手は過去の自分。合わせ鏡を見ているようだった。
「――っ!!!!」
アサドが現れたのは、3時の方向。
歯を食いしばりながら、正拳突きを試みる。
それが懐に到達する前に、敵の懐に正拳を叩き込んだ。
(長所は異能。それだけを極めればいいと思ってた)
アサドが次に現れたのは、9時の方向。
見なくても分かる。選ぶのは、飛び膝蹴り。
それが背中に届く前に、ヒールの踵で迎え撃つ。
(異能以外の成長はいらない。努力は不要だと思ってた)
アサドが次に現れたのは、12時方向。
踏み込んで、顎狙いのアッパーを繰り出した。
それが顔に接触する前に、敵の顎を蹴り上げてやった。
(――でも、違った)
6時方向、上方、下方。負けじと現れるアサドをメリッサは次々と迎撃。
そこに異能の行使はなく、単純なフィジカルと読みだけで戦いが成立する。
「なぜだ……。どうして……、俺の『デモニスタ』が効かない!」
足を止め、移動を辞め、三流っぽい台詞を語る。
弟やプレイヤーをいたぶってきた報い。当然の末路。
身体に一切の手傷はなかったものの、心が揺らいでいる。
今まで通用してきた戦術が効かず、戦う意思が削がれている。
悪口を言いたい。見下して、軽蔑して、馬鹿にしてやりたかった。
――だけど。
「確かにあんたは強いっす。だけど、決定的に欠けてるもんがあるんすよ」
敵を真っすぐ見つめ、メリッサは親身に接する。
その感情は、蔑みでも哀れみでも馬鹿にするでもない。
あるのは、相手への敬意。似たような道を辿った考えの尊重。
「――体術の精度。ようは、異能に頼り過ぎなんすよ」
これは、異能以外の努力を軽んじた、自分へのメッセージでもあった。
「……っ!! 数回読み勝った程度で格上気取りか? センスも使えない餓鬼が」
それが癇に障ったのか、アサドは眉をひそめ、欠点を指摘する。
意思の力。センス。存在は知っていても、覚える気は一切なかった。
――逆張り。
人と同じ方向に進むのが、どうしても嫌だった。
思考停止で、右にならえが正解なのが許せなかった。
自己中と言われようが、自分が信じた道を進みたかった。
――でも、それには限界があった。
どれだけ背伸びをしても、手に入らないものがあった。
いくら異能のスキルを磨いても、振り向いてもらえなかった。
変わる必要があった。変わらなければ、一生手が届かない気がした。
――だから。
「………………」
心の奥底に眠る感情に火をくべる。
内に秘めていた欲望を、外へと曝け出す。
手順はそれだけ。心得があれば、誰でも使える。
嫌というほど味わった光の防壁を身に纏い、言い放つ。
「今のうちは、なんでも食らう。例え、毛嫌いする技能であっても」
メリッサを突き動かしている感情は、暴食。
対異能戦から、対センス戦へと完全移行する。
第二ラウンドの始まりであり、ここからが本番。
目的のためだったら、手段は選んでられなかった。