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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
119/156

第119話 死闘の果てに

挿絵(By みてみん)




 悪魔に堕ち、今の地位に至るまで約半年。


 マカオで冥戯黙示録を始めてから、約六時間。


 牛乳瓶に入った謎の液体を飲ませてから、一分弱。


 長いようで短い時間が経過し、ようやくその時が訪れた。


「――――」


 青い閃きと共に、起き上がるのは弟。


 マクシス・クズネツォフのお目覚めの時間。


 待ちに待った瞬間であり、終末にふさわしい演出。


 柱状の雷が、地下トンネル内の通路を焼き払っていった。


「「「――ッッッ!!!」」」


 不運にも被害に遭ったのは、近くにいた三名。


 ここまで生き残った強者共が、一撃で地に伏した。


 華麗なる復活劇を前に、柄にもなく震えが止まらない。


 意思は昂ぶり、差し迫る世界の崩壊を忘れることができた。


 ――残すメインイベントは一つ。


 持てる力を全て出し尽くして、散ってやる。


 人生のピリオドがピークになるよう、徹してやる。


 道を踏み外した兄、残忍で冷酷な小悪党を、演じてやる。


「悪逆非道の化け物を倒すのは、いつだって人間だ。そうだろ、兄弟!!!」


 アサドは威勢よく声を張り上げて、役目を果たす。


 これで舞台は整った。理想の結末を迎えるかは、弟次第だ。


「…………」


 一方、当の本人からの返事はなかった。


 目に生気はなく、放心しているような状態。


 体の周囲には微量の電気を帯びながらも、脱力。


 ゆらゆらと揺れて歩く姿は、ある言葉を想起させる。


(夢遊病、ってか……)


 それは、思いつく中で一番真っ当な答え。

 

 人間が最も無意識に近付ける状態だと言える。

 

 欲望や邪念は一切なく、潜在意識だけで行動する。


 欲にまみれた悪魔では、一生涯、たどり着けない領域。


 これを戦闘技術として捉えるなら、別の呼び名が存在する。

 

「無念夢想。武道や剣術においての神髄だ。手強いぞ……奴は」


 杖刀をしまった一鉄は、他人事のように解説する。


 それは、弟が最高のパフォーマンスであることの示唆。


 これから敵対することを考えれば、最悪以外の何物でもない。


 ただそれは、客観的に考えた場合の話。主観的に見れば、別物だ。


「生まれた時から知ってるよ。いいから黙って見とけ。俺の生き様をな」


 アサドは毅然とした顔で言い、一歩前に進む。


 これは、自分がやりたいと望んで作り出した舞台。


 相手が悪い、センスが少ないなんて言えば罰が当たる。


 この場に構成される逆境も闘争も崩壊も、全部が俺のもの。


 誰にも邪魔されず、弟とガチれるなら、それ以上のものはない。


「「……」」


 気付けば、目の前にはマクシスが立っていた。


 あれから何秒経過したかなんて、もう数えてない。


 この決闘において、時間の概念を気にするのは無粋だ。


「予習はバッチリだな? 今度は復習といくぞ、弟っ!!!」


 アサドは黒煙を纏い、黙する弟の代わりに、開戦を告げる。


 『瞬獄』の移動先は、敵のちょうど真後ろ。まずは小手調べだ。


「――」


 すかさず弟は、義手を背後に向け、センスを集中。

 

 読み通りと言わんばかりに、雷撃を放とうとしていた。


(だろうな。ここで終われば、肩透かしもいいところ)


 アサドは再び黒煙を纏い、その場を退避。


 次なる目的地に向け、すでに移動を開始している。


 雷撃が放たれた気配はなく、寸止めしたと考えるのが妥当。


(このままいけば、狙い撃ちか。……だが、それも想定通り)


 一切気を抜くことなく、アサドは策を巡らせる。


 狙われる前提で動き、目的地をあらかじめ選定していた。


(というわけで、コイツの出番だ……)


 トンネル内の空中に跳んだアサドは、右足を蹴り上げる。


 その真下には、金の義手を天に掲げるマクシスの姿があった。


「――――」


 直後、響いたのは轟音だった。


 マクシスの雷光が、直上に放たれる。


 射線上にはアサドに加え、別の障害があった。


(はい、ドボンと。機械的に反応するだけじゃ、勝てねぇよ)


 天井から破裂するように降り注ぐのは、排水。


 それが緩衝材となり、電撃の威力を分散していく。


 肌に着いた頃には、スタンガン程度にまで弱っていた。


(問題なしと。……さぁって、次はどう出る)


 身体が動くのを確認しつつ、敵の出方を伺う。


 そこには、ずぶ濡れになっているマクシスの姿


 物理現象と同じ『電』なら、自分にも被害が及ぶ。


 能力を使おうもんなら、即感電。諸刃の剣と化した。


「――――」


 思考を経由せず、ノータイムでマクシスは跳躍。


 なんの迷いもなく、こちらに向かい、接近していた。

 

(異能戦から体術戦に移行。露骨な罠は引っかからないときたか)


 冷静に状況を受け止め、アサドは消える。


 黒煙を残し続け、空中で無数の移動を繰り返した。


「……」


 マクシスは目で追わず、ただ待ち構える。


 攻められてから対処するって、腹積もりだろう。


(出し惜しみしてる場合じゃ、なさそうだな)


 二手先を読み、右手の拳に赤い光を集中。


 芸術系による、センスの創造可変を発揮する。


 それが明らかになる前に、辺りは黒煙に包まれた。


(泣いても笑っても、これが最後だ。手は抜いてやらねぇからな)


 世界と身体の崩壊を感じながらも、アサドは攻撃に備える。


 そう長くはない時間を今だけは忘れ、闘争に身を委ねていった。


 ◇◇◇

 

 地下トンネル内、三メートル上空。


「――――」


 マクシスの周囲は黒煙にまみれ、視界は不良。


 目の前に広がっているのは、無数の選択肢だった。


 上下左右、どこからでも攻められる可能性が存在する。


「……」


 しかし、無意識下のマクシスは冴えていた。


 感じ取るのは、空中に漂う煙のわずかな揺らぎ。


 左脇腹を狙いにくる形で、空気の流れが乱れていた。


 攻撃に気付きつつ、マクシスはギリギリまで引き付ける。


 これまで培った直感と経験が、最適な行動を取り続けていた。


 ――そして、その時は訪れる。


「「…………っっ!!!」」


 短い空中の滞在時間で起きた、拳と拳の衝突。


 青と赤のセンスがぶつかり合い、出力は五分と五分。


 どちらも決定打に欠け、このままでは決着がつかない状態。


「――――」


 そこで鳴るのは、パチリという小さな音。


 拳周辺に音が広がり、目に見えた青い光が走る。


 やがてそれは、無視できない物理現象と化していった。


「「……ッッッ!!!!!!」」


 感電。それは、マクシスの自爆覚悟の特攻。


 右義手を通じ、排水を通じ、互いに電気を浴びる。


 手を緩める様子はなく、雷の出力は徐々に増していった。

 

 肌を突き抜け、血管、筋肉、神経を通り、内外問わず焼かれる。


 ――どちらかが倒れるまで終わらない拷問。


 体力やセンスの勝負ではなく、辛抱強さが全てを握る。


 人間だろうが悪魔だろうが、気絶した時点で勝負は決する。


「ここまでは、読み……通りだっ!!!」


 しかし、アサドはそれすらも予想していた。


 衝突している右拳に仕込んでいたのは、黒色の弾丸。


 『火』の概念が失われた今、無用の長物に成り果てた異能力。

  

「ここ、からは……命を賭した、大博打っ!!!!」

 

 世界の崩壊は近い。失敗に終われば、アサドは死ぬ。


 それでも、世界の終末を勝利で飾ることを夢見て、足掻く。


 概念が消えた先の先を読んで、次世代のエネルギーに全てを託す。


「弾け、飛べぇっっっ!!!!!!」


 アサドの願いに応じるように、バチリと光が走る。


 リボルバー用に作られた弾丸の雷管を叩くのは、『雷』。


 火薬を燃焼する。その工程がない状態でどうなるかは不明。

  

 論理的な説明は後世の学者に任せ、未知の現象に全てを賭ける。


 ――それが、アサド・クズネツォフの生き様。


 人間や悪魔で分別することはできない、個人的行動。


 他人を愚かと罵りながら、自らも愚行に走るのが、本質。


 ――その成否は自ずと明らかになった。


「…………っっ!!!?」

 

 雷管を叩かれ、飛翔するのは、一発の黒い弾丸。


 煙を上げず、直進し続け、到達するのはマクシスの額。


 見事に貫通するも、赤い血が生じることはなく、消えていく。


「…………」


 重力に引かれ、アサドは地面に着地した。


 表情に色はなく、目を細めて上空を見つめる。


 そこにいたのは、雷を纏う人間が拳を振るう様子。


 空中で停止し、重力に引かれることなく沈黙している。


「断刻弾。俺が次に攻撃を仕掛けるまで、時間は停止し続ける」


 それを作り出した本人の口から、答えが語られる。


 勝利宣言であり、独りよがりで自己満足のための解説。


 マクシスの耳に届くことはなく、ただ残酷な結果を示した。


 ――アサドの語りは、そこで終わらない。


「俺が死ねば、お前はそこから永遠に動けない。言わば、芸術品だ。兄の束縛に屈した弟の銅像として、後世に語り継がれるだろう。観測者もいることだし、美談に脚色されることはない。お前の実力不足が招いた、バットエンドだ」


 ひどく冷めきった声音で、結果という現実を告げる。


 その視線の先には、杖を両手で握る中年男が立っていた。


 何も語ることはなく、起こった事実を静かに受け止めていた。


 しかしそれは、永遠には続かず、彼らがいる世界は崩壊を始める。


「じゃあな、愚かな弟。次はしっかりやれよ」


 アサドは弟から背を向け、皮肉交じりに別れを切り出す。


 命の終わり、世界の終わり、物語の終わり、冥戯黙示録の終わり。


 誰も望まない結果を迎えて、マカオで起きた賭博は閉幕しようとしていた。


「…………」


 そこに響くのは、コツコツというヒールの音。


 世界の終末が迫る中、語らずして存在を主張する。


「……………なっっ!?」


 真っ先に気付いたアサドは、声を荒げる。


 彼は正体を知っていた。知るからこそ信じられない。


 自らの手で命を奪い去り、悪魔界に叩き落としたはずの特異体イレギュラー


「燦爛と輝く命の煌めきよ、幽々たる深淵に覆われ、虚空の闇へと堕ちよ――」


 紫髪のバニーガールは、世界の終わりに詠唱する。


 両手に纏われるのは、白と黒の手袋。異能を放つ武器。

 

 黒の左手袋を地面に置き、一面に広がっていくのは濃い影。


 崩壊が及んでない部分を丁寧に囲っていき、世界から切り離す。


 ――結果、崩壊は止まった。


 辺りに満ちるのは、深い沈黙と影の空間。


 独創世界を上回る、底が知れない異能の発露。


 行ったのは一人の女。アサドは彼女を知っている。



「どうして、お前がここにいる!! メリッサ・ナガオカぁ!!!!」


「知らないんすか? 主人公ってのは、遅れて登場するもんなんすよ」



 


 ――独創世界崩壊まで残り∞。

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