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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第118話 閃き

挿絵(By みてみん)




 地下から生じる気配が一つ増えた。


 感覚系でなくとも分かる、強者の出現。


 荒々しさはなく、静かで洗練された鋭い気。

 

 研ぎ澄まされた刃のような、冷たい殺意だった。


 戦闘があったのは間違いないが、気にするべきは別。


「……恐らく、死んだな。地下にいる誰かが」


 化学工場一階の非常階段を前にして、マイクは語る。


 問題は、気配を放つ方ではなく、気配を向けられていた方。


 意思の力を扱えない状態だったら、一瞬で殺された可能性が高い。


「引き返すカ?」


 すると、隣で並走する蓮麗は尋ねる。


 今は目視できないが、世界の崩壊は近い。


 それに巻き込まれれば、どうなるかは未知数。


 深く考えるまでもなく、問いの解は決まっていた。


「いいや、let's do it。誰が相手だろうと、やってやろうぜ」


 ◇◇◇


 化学工場、地下トンネル内。


 凶刃に敗れたのは、一匹の『鬼』。


 人ではなく、特定外来種に該当する者。


 法律によって、居場所を奪われ、殺された。


 これが喜劇だって言うんなら、一切、笑えねぇ。


 これを悲劇の一言で済ませる奴らが、気に食わねぇ。


「人の心はあんのか! こいつに敵意はなかったろ!!!」


 冷たくなる鬼を見届け、ルーカスは吠える。


 その矛先が向いているのは、杖刀を持った中年。


 憲法を盾に、好き勝手やってる、隠密部隊のトップ。


 モラルやリテラシーは、こいつを規範にして形作られる。


 トップがこれなら腐ってる。善悪の判別ができない屑集団だ。


「忠告はした。道義を問う前に、前後関係を見直せ、痴れ者が」


 一鉄は淡々と、自己正当化するための論理を展開した。


 この手の輩はプライドが高く、非を認めねぇし、譲らねぇ。


 話し合うだけ無駄なタイプ。権威で思考が凝り固まった人間だ。


 あいつのために何かやってやれるとしたら、選べる手段は多くない。


「あぁ、はいはい。好きなだけ見下せよ。その代わり、お前はここで……」


 ルーカスは左の義足に力を込め、覚悟を決める。

 

 理に適ってなくとも、間違った選択だとしても構わねぇ。


 正しいかどうかを決めるのは世間でも法律でもなく、自分自身だ。


 ――やりたいと思ったことをやる。


 誰かに言われたからじゃねぇ。自分で決めたんだ。


 犬死にで終わろうが、斬り捨てられようが、やってやる。


「それじゃあ、閻衆は浮かばれないヨ」


 すると、背後から聞こえてきたのは、女の声だった。


 現場を見てもいねぇのに、分かったような口を叩いてやがる。


「邪魔すんなら、そっちが先でもいいんだぜ」


 後ろを振り返らず、ルーカスは話に応じる。


 冗談でもハッタリでもなく、本気の警告だった。


 相手が少しでもふざけた態度を取れば、すぐにでも。


「蓮麗は感覚系だ。これだけ濃い残留思念があれば、能力がなくとも分かる」


 次に聞こえたのは、マイクの声だった。


 白き神に連れ去れたはずだが、助かった様子。


 経緯は不明だったが、鉢合わせた事実は変わらねぇ。


「分かったからなんだってんだ。お前らには関係ねぇだろうが!!!」


 ルーカスは感情のままに地団太を踏み、地面には亀裂が走る。


 意味がないってのは分かってる。それでも言わずにはいられねぇ。


 事実を知ってようが、知らなかろうが、当事者以外の人間はニワカだ。

 

 誰かに介入されていい問題じゃなく、当事者間で決着をつけるべきなんだ。


「まぁ、直接的には関係ないだろうな」


「ただ、間接的には関係大有りの案件ネ」


 こちらの気持ちも知らずに、生じたのは威圧感。


 ルールを無視できてしまうほどの、強い意思の持ち主。


「「――あの野郎は (俺ら) (我ら) がぶっ飛ばす!!!」」


 空気も流れもぶった切り、二人は駆けた。


 一直線に向かうのは、余裕ぶる千葉一鉄の方向。


 言葉をかける暇も、止める暇もなく、突っ込んでいる。


(敵の敵は味方ってか……)


 混沌とする戦場に、不思議と笑みがこぼれる。


 法律も秩序もない、暴力で支配された頭の悪い世界。


 法の力を振りかざす頭の良い野郎には、お誂え向きの罰だ。


「……上等だ! とことんまで利用してやるよ!!」


 状況を噛み砕き、どうにか自分の中に落とし込む。


 その勢いのまま、地面を蹴りつけ、戦場に乗り込んだ。


 同時に天井からしたたる水滴が落ち、一部始終が目に入る。


 センスで温まった空気が、冷たい排水管に触れ、結露が生じた。


 なんてことはない自然現象。ただどうしてか、頭の中で引っかかる。


(あ……? なんであんなもんが気になるんだ?)


 自分で自分のことが理解できない。


 意識を向けるべきは、目の前の男のはず。


 その他二名と合わせて、倒すことが目的だった。


 頭では分かっているのに、身体が思うように動かない。


「「……」」


 次に見えたのは、敵対していた悪魔と一鉄が後退する姿だった。


 恐ろしくゆっくりと、それでいて確実に、届かない距離まで離れていく。

 

(どこ、いきやがる……。待ちやがれ……)

 

 ルーカスは必死に手を伸ばし、後れを取り戻そうとする。


 意味がないと分かっていながら、その愚行をやめられなかった。


 水滴が地面に落ちるのを眺めながら、時が過ぎるのを待つだけだった。


(いや、待て……。なんで、こんな考える時間があるんだ)


 そこで行き当たるのは、確かな疑問。


 神経が研ぎ澄まされれば、起こることはある。


 ゾーンだとか超感覚だとか、色々と名称のあるやつだ。


 物理的に死にかけたり、精神的に追い込まれたりが要因のもの。


 ――どちらにも共通してんのは、極限状態であること。


 今がそうだと言われれば、納得はできねぇ。


 物理的にも精神的にも、追い込まれたわけじゃねぇ。


 起こるとしたら、もっと後。最低でも、敵との接触は必須だ。

 

(やっぱ、おかしいよな。他に適した言葉があった気がするんだが……)


 思考を巡らせ、行き着いたのは、確かな違和感。


 考えるべきじゃないと分かっていても、止まらない。


 知的好奇心が赴くままに頭を回すと、閃くものがあった。

 

(そうだ。こいつは――)


 モヤッとした疑問に、ちゃんとした答えが出そうになる。


 それと同時に、水滴が眼前に迫り、表面に映るものが目に入った。


「――――」


 脳のシナプス結合じゃない、本物の閃き。


 目に見える形になった、正真正銘の物理現象。


 起こるべくして起きちまったものに、得心がいった。


(――――走馬灯だ)


 視界に広がっていくのは、柱状に飛び交う無数の電流。


 受ける術も避ける術もないまま、身体は青い雷光に包まれた。






 ――独創世界崩壊まで残り一分。





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