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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第117話 鬼の道

挿絵(By みてみん)





 突き上げるような鋭い圧を頼りに、化学工場に潜入。


 地下に通じている非常階段を下り、気配の元に到着する。


 そこに広がる光景を見た相方は、口をぽかんと開け、言った。


「あ? どうなってんだ、こりゃあ……」


 状況を整理しよう。

 

 ここは地下トンネル内。


 ほぼ一方通行の、丸い空洞。


 近くではプレイヤーが三名気絶。


 ヘケト、マクシス、鎧を纏った誰か。


 地面には、クリア条件の旗が二つ転がる。


 それを奪って、奥の昇降機に進めば攻略可能。


 ――だが。


 正面には、千葉一鉄と、最上位級悪魔。

 

 『滅葬志士』の総棟梁が、悪魔につく理由は不明。


 主催者である悪魔が、わざわざ現れたのもよく分からない。


 ――まぁ、なんにせよ。


「やることは変わらん。立ち塞がるなら全て敵だ」


 唖然とする相方をよそに、閻衆は拳を握る。


「違いねぇや……。そもそも、戦うために来たんだしな」


 遅れてルーカスも、銀色の左義足に力を込めている。


 互いの意見は一致し、後は仕掛けるタイミングを計るのみ。


「裸で挑むつもりか? 悪いことは言わねぇからやめとけ」


「手出ししなければ、見逃してやる。死にたいなら好きにしろ」


 すると、悪魔と一鉄は数段上の威圧感を纏い、言った。


 その正体は単純明快。ルールで封じられたはずの意思の力。


 知識と心得があるからか存在を認識できるが、目には見えない。


(まともにやり合えば、負ける。かといって、後に引ける状況でもない)


 思考を羅列して、直面した問題への最善策を検討する。


 他の競合相手が来ることを考えれば、悠長に考える暇もない。


 限られた人数、限られたリソースの中で成果を上げる必要があった。

 

「……オレが囮になる。そっちは旗を奪取し、全速力で奥へ進め」


 閻衆は考えた末の答えを、ルーカスに小声で耳打ちする。


「でもよ、それじゃあ、お前さんが……」


「いいから黙ってやれ。互いの持ち味を活かすなら他に手はない」


 反論しようとする相方を遮り、意見を押し通す。


 こちらは鬼の耐久力。向こうは義足を活かした走り。


 意思の力が使えない以上、身体能力に頼るしかなかった。


「…………分かった。合図はそっちが出してくれ」


 わずかな逡巡の末、ルーカスは納得。


 残すところは、ぶっつけ本番のみだった。 


「覚悟は決まった……ってか。身の程を知らねぇ馬鹿どもだな」


「来ようものなら、一撃で葬る。総棟梁の名は穢せんからなぁ」


 一方で、あちらさんの準備は万端の様子。


 悪魔の旦那はともかく、一鉄の実力は本物だ。


 直接手合わせしたことはないが、見たことはある。


 こちらが万全の状態だったとしても勝てるかは怪しい。


 特定外来種である『鬼』の長所短所も熟知しているだろう。

 

 一撃というのはハッタリでも何でもなく、自信と経験の裏打ち。


 恐らく、九分九厘の確率で殺される。天敵と断じていい相手だった。


(……『鬼』を張るなら、三途の川は渡り切れ。そうだよな、姐さん)


 分が悪いのを理解しながら、思い返すのは鬼道楓の言葉。

 

 人の道に背いた以上、楽な暮らしが待ってるとは思ってない。


 鬼の道を進むと決めた以上、険しい道のりになるのは分かってた。


 一度決意したのなら、どんな困難でも最後までやり通さねばならない。


 ――それに。


 思考に歯止めをかけて、閻衆は現実に目を向ける。


 勝負は一瞬でケリがつく。その前にやることがあった。


「オレの名は明堂閻衆みょうどうえんしゅう。泣く子も黙る鬼道組の頭を張らせてもらってる。ヤクザ。半グレ。烏合の衆。特定外来種……なんて蔑称で呼ばれ、世間から迫害されてるが、オレたちだってな、同じ御天道様の下で生きてんだ。『鬼』が受け入れられない世の中なら、突っ張るしかねぇだろ。人様に迷惑をかけてでも、居場所を作るしかねぇだろ。そのためにもな、鬼道楓……姐さんの力が必要なんだ。助けるためなら、なんでもする。ここで精魂を尽き果てても、後悔はない。『鬼』を張るなら、『鬼』のために散っていくのが『鬼道』ってもんだ。だからよぉ……」


 これは遺言。万が一の場合に備えた保険。


 思いと魂を込め、聞いた奴らに呪いをかける。


 ここで殺されたとしても、『鬼』の希望は潰えない。


「無理にでも押し通らせてもらう!!!!」


 準備を滞りなく行った上で、閻衆は駆けた。


 ぬかるむ床を踏みしめ、命を張った前進を続ける。


 距離は決して遠くはない。気付けば、一足一刀の間合い。


「かなりキテんな。任せたぞ、そっちは」


 悪魔の方は見向きもせずに、ルーカスを警戒。


 視線の先には、杖刀を構えている中年の男がいた。


 切っ先を地面に向け、斬り結ぶ瞬間を待ち詫びている。


 その型、その構え、その流派、全てにおいて覚えがあった。


 この日、この瞬間のために、仕組まれていたとさえ思える因縁。


「北辰流――」


 一鉄は、通過儀礼のように己が流派を明らかにする。


 続く言葉は知っている。同じ部隊の戦友が教えてくれた。


 技名を口にすることで動作をイメージし、精度を向上させる。

 

 裏を返せば、技名を言い終わるまでは、刀を振り抜くことはない。


「一心の居所を教える! ここは見逃せ!!」


 閻衆が切り出したのは、隠し玉。


 千葉一鉄の息子。千葉一心のいる場所。


 生き残る術は、これ以外に思い至らなかった。


「……【薄雲】」 


 しかし、聞こえたのは、冷たい声音。技の終わりを示す言葉。


 揺らぎを一切感じさない刃は煌めき、天に一筋の剣閃を走らせた。


「――――っっっっ!!!!」


 ストンと落ちたのは、黒い角だった。


 悪魔と類似しているが、似て非なるもの。


 『鬼』の生命維持機能が備わった、部位の破壊。


 ――待ち受けるのは。


「嘘、だろ…………閻衆!!!」


 合図を待たずして、ルーカスは駆け寄る。


 よりにもよって旗を無視して、助けにきていた。


 一度、裏切ろうとした鬼の身を案じて、割って入った。


 こちらの巨体を掴み、俊足を活かし、大きく後退していった。


「実に見事な御手前。でも、良かったのか? イッシンとやらは」


「息子とは勘当した。どこで油を売っていようが全く興味が湧かんなぁ」

 

 意識が薄れていく中、悪魔と人間の会話が耳に入った。


 答え合わせ。千葉一心の名前が響かなかった、単純な理由。


「おい、しっかりしろ!!! 聞こえてたら――――」


 体が揺さぶられる感触があった。


 声と音が遠のいていく感覚があった。


 目の前が薄暗くなっていく過程が見えた。


 思考は灰色に染まり、何も考えられなくなる。


 起きた現象を受け入れながらも、心残りがあった。


「姐、さんは……………鬼の、未来は――」


 続く言葉を伝えられたのかは、分からない。

 

 自分の耳で聞き取れたかどうかは、確認できない。


 ただ間違いなく、伝わってるはずだ。情に厚い人間には。





 ――独創世界崩壊まで残り一分二十秒。

  

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