第116話 異色
隠密部隊『滅葬志士』。
大日本帝国を影で支えた組織。
設立された当初の目的は、一つのみ。
数百年前、帝国の領土を支配した魑魅魍魎。
『骸人』を排除し、帝国領土を取り戻すことだった。
今やそれは達成され、組織の目的は時代に合わせ変化した。
――『特定外来種』の排斥。
『骸人』に支配された歴史を繰り返さないための処置。
帝国憲法9条に記載され、幅広い解釈が可能となっている。
具体的には鬼、悪魔、妖怪、怪異、魔物、特異体、その他諸々。
それらを帝国領土内で活動させないのが、現在の目的となっている。
――しかし、それすらも変わる流れにある。
伊勢政権が掲げる政策は、憲法9条の改正だった。
幅広い『特定外来種』の解釈に、例外を加えるかが焦点。
それを見極めるためには、直に接触するのが手っ取り早かった。
――目の前には、貴重なモデルケースがいる。
肩書きは、最上位級悪魔。十二貴族に位置する存在。
本来なら敵に当たる存在だが、ここは中国の領土にあたる。
憲法9条は適用されず、『滅葬志士』の責任者としてやることは一つ。
「私は味方だ、アサド・クズネツォフ。総棟梁として、お前の生き様を見届ける」
千葉一鉄は杖刀を振るい、ヘケトとベクターを峰打ち。
バタンと音を立て、あっさりと地面に気絶させていった。
攻略条件である二つの旗が地面に転がるが見向きもしない。
ただ、目の前で呆然とする悪魔の顔を、真剣に見つめていた。
「……おい、待て。一体、どういう了見だ? いや、なんのために冥戯黙示録に参加した! クリアは目前だろ。何も考えずに戦えよ。属する種族も宗教も血統も違う赤の他人のてめぇに、ゲームの進行管理を頼んだ覚えはねぇぞ!」
常軌を逸した行動に、アサドは声を荒げる。
見方によっては冷やかしのように思えるだろう。
真面目に攻略するなら、悪魔を退き、進むのが順当。
それを台無しにする行為を前に、主催者は糾弾していた。
――その上で問われるのは、動機。
恐らく、参加者の大半は『悪魔の使役権』が目的。
上位入賞者五名に与えられる特権であり、入手は目前。
その最後の難関として立ち塞がるのが、彼の本意に見える。
だがそれらは、こちらの思惑に必ずしも結びつくものではない。
「独創世界が崩壊すれば、お前は死ぬ。……違うか?」
一鉄は言いたいことを凝縮し、本質部分に踏み込む。
「……ッ」
アサドの表情は揺らぎ、図星だと物語る。
彼の残された時間を浪費するのは、忍びない。
できるだけ短い言葉で、納得させる必要があった。
「死に際の行動には本性が出る。私はそれが見たい、とだけ言っておこうかぁ」
一鉄は目的を包み隠し、一部を語る。
この場で全てを語り尽くす必要はなかった。
懐を明かしてしまえば、ここに来た意味を見失う。
これが最善であり、任務の内容に沿っていると判断した。
少なくとも、本性を見せる前に殺される事態だけは、避けたい。
「物好きが。やる気ないなら、傍観してろ」
「無論、そうさせてもらう。こいつは好きに使え」
一鉄はヘケトの衣服を探り、そこから牛乳瓶を放り投げる。
満足のいく死を見届けるには、弟の復活は、必要不可欠だろう。
本性を見定めるためには、余生の願いを叶えさせるのが、効果的だ。
牛乳瓶に秘められた能力の詳細は、主催者なら説明せずとも分かるはず。
「……効果が出るのはどれぐらいだ?」
瓶の蓋を開け、迷うことなく弟の口に流し込み、アサドは言った。
「恐らく、一分弱。それまでは全力で守護する」
全面的に協力する旨を伝え、一鉄はアサドの横に立ち並ぶ。
人間と悪魔。滅葬志士と特定外来種。相容れない者同士の共闘。
そして、後ろを振り返った先には、似て非なる組み合わせが現れた。
「あ? どうなってんだ、こりゃあ……」
「やることは変わらん。立ち塞がるなら全て敵だ」
ルーカスと閻衆。人間と鬼。
異色の組み合わせは、互いに牙を見せた。
――独創世界崩壊まで残り二分。