第115話 兄弟喧嘩
地下トンネル内に放たれたのは、青い雷光。
なんの捻りもない『雷』系の能力ってやつだった。
センスにより偏った電荷を作り、飛ばしただけに見える。
ただ、 『火』の概念が消えた今、エネルギー競争の頂点だろう。
現代社会ならいくらでも潰しが利き、インフラとの相乗効果も望める。
――可能性は無限。
その矛先を向けられながらも、誇らしい気持ちになる。
なぜなら、『雷』を発しているのは、他人でも同属でもない。
(やるなぁ、弟!! 兄としては負けてらんねぇよな!!!)
待ち受けるアサドは、口端を上げ、反抗を歓迎する。
束縛と解放はセット。弟に自我が芽生えるのを待っていた。
その念願がようやく叶い、最高と思える形で兄弟喧嘩が実現した。
――残すところは。
「…………」
本心を胸に秘め、アサドは行動を開始する。
体の周囲は、黒い煙に包まれ、霧の如く消える。
その後に青い雷光が通過し、空振りに終わっていた。
――それは、『瞬獄』。
悪魔に備わっているデフォルト能力。
視界範囲にある場所への空間転移が可能。
速度で計れるものではなく、瞬間移動に近い。
当たる前に発動すれば、光速だろうと対応できる。
その条件の下、アサドが跳んだのは、マクシスの背後。
「こっちだ、ウスノロ!!!」
あえて声を発し、アサドは空中から横蹴りを放つ。
狙いは頸椎。一切の手心を加えず、渾身のセンスを込めた。
まともに食らえば、手足に麻痺が残り、立てなくなる可能性が高い。
「位置報告、どうも!!!!」
マクシスは右の義手を動かし、頸椎を防御。
蹴りと義手が衝突し、赤と青の異なる光が迸る。
力は完全に拮抗し、押し引きがなく、静止した状態。
次の一手を模索してると、義手周りの光が軽く放電した。
攻防一体の応対。防御したついでに、感電させる腹積もりだ。
(ここで終わっちゃあ、面白くない。兄弟喧嘩はこうでなくちゃあなぁ!)
見事な手並みの弟を賞賛し、アサドは黒煙を纏う。
義手との接触を避け、瞬間移動を果たす場所は遠くない。
「悪魔式軍隊格闘術『デモニスタ』。その身で味わえ!!!」
アサドが跳んだのは、マクシスの足元。
雷光を回避しつつ、防御が手薄な部位を狙う。
左足を軸にして、グルリと回転し、放つのは足払い。
「――ッッ!!?」
意表を突かれ、マクシスは体勢が崩れる。
致命的な隙を晒し、攻めの起点が出来た瞬間。
「――――」
それを見届けると、アサドは再び黒煙を纏い移動。
3時方向、9時方向、12時方向、6時方向。上方と下方。
的を絞らせず、あらゆる角度から、打撃と蹴撃を叩き込む。
悪魔と軍隊経験。それぞれの持ち味を存分に発揮できる格闘術。
「これで潰れて、くれるなよ!!!」
連撃の果てに、アサドは上方から右足の踵を落とす。
吸い寄い込まれるように、マクシスの腹部へと迫り、直撃。
「か、は……っっ!!」
衝撃が伝わり、息が漏れ、マクシスは白目を剥く。
一瞬にして千撃にも見紛うような連撃を受け止め、気絶。
反撃に隙を与えることもなく、あっけない幕切れとなっていた。
「脆い……脆すぎるぞ、人間! 人と悪魔でここまで差がつくのかよ!!」
アサドは、期待外れの弟を叱咤する。
文化、習慣、遺伝子、生育環境、軍隊経験。
基本スペックは、そこまで変わらないはずだった。
兄に劣等感を抱いていたが、自身を過小評価してただけ。
そう思っていたが、ここまで極端な結果が出ると考えが変わる。
「お前の全力はこんなもんじゃねぇんだろ!! さっさと起きろよ、愚弟!!!」
アサドは、マクシスの首元を掴んで揺らし、覚醒を促す。
こんなもんじゃあ、満足できない。消化不良もいいところだ。
一方的な勝ち星を追い求めて、出張ってきたわけじゃないのによ。
「…………」
マクシスは何も答えず、沈黙を保っていた。
浅い呼吸音は聞こえるから、死んだわけじゃない。
ただただ、惨敗した。一方的に殴られ、蹴られ気絶した。
事実はそれだけ。以上も以下も存在せず、体術だけで勝利した。
「あぁ、くそ……っ。時間がねぇってのに……」
悠長に待つわけもいかず、焦りだけが募る。
掴んだ襟をゆっくり放し、アサドは途方に暮れる。
おもむろに視線を非常階段に向けると、そこには人の影。
「「「…………」」」
現れたのは、クリアする資格のある三人。
進行者と正面から渡り合い、完全勝利した精鋭。
それぞれが地に足をつき、戦う準備は既に整っている。
「この際、なんでもいい。憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ、人間共!!!」
アサドは、消化しきれない感情を向ける。
望む結果が得られなくとも、時間は残酷に進む。
納得がいかないまま、次の戦いが始まろうとしていた。
――独創世界崩壊まで残り二分三十秒。