第114話 心が赴くままに
製鉄所内。化学工場前。
機械の駆動音は一切せず、無音。
不気味な静けさを発している場所だった。
正面には半開きの扉があり、隙間から光が漏れる。
物資搬入用の大きめのスライドドアで、簡単に侵入できる。
――ただ。
「脱出地点はここでいいのかな……?」
足を止めたヘケトは、ふと問いかける。
その手には、青色と黄色の旗を持っていた。
旗は一つで二人まで脱出可能になる、アイテム。
最大四人まで使用可能だけど、脱出地点の情報はなし。
来た道を戻ってきただけで、ここが順路かどうかは不明だ。
「高炉は爆散、発電所は破損。『遊戯をクリアし、上階を目指す』という冥戯黙示録のコンセプト上、独創世界の中であろうがエレベーターを介する必要があり、屋外も考えにくい。消去法で考えるのなら、ここに違いない」
ベクターを背負う一鉄は、理路整然と質問に答える。
製鉄所の主要施設は、高炉、発電所、化学工場の三か所。
針葉樹の森もあるけど、大半は自然で、通電する施設はない。
現在稼働中で、エレベーターが備わる条件ならここしかなかった。
「……なるほど。じゃあ後は、工場内を探すだけだね!」
ヘケトは旗をギュッと握りしめ、意気揚々と語る。
ゴールが見えてきた気がして、少しテンションが上がった。
「だと、いいが……」
ただその一方で、一鉄の表情は暗い。
先行きに、不安を感じているようだった。
「誰が相手でも平気だって。進行者を倒した僕たちならきっと――」
未だに気絶しているベクターを見つつ、語る。
白銀色の強化外骨格を纏い、量子刀を背中に装備。
――荷電粒子砲を斬った凄腕だ。
こっちの背中には、超電磁砲。一鉄はセンスと剣術の達人。
全て揃えば、誰にも負けない。それぐらいの自信も実績もあった。
「「……っ!!?」」
しかし、そこで感じ取るのは、異様な気配。
内蔵を下から押し上げられるような圧を感じる。
四足歩行兵器――進行者と対面した時とは一味違う。
スケールが大きいから、みたいな物理的なものじゃない。
気圧されて、足がすくんでしまうような、精神的にくる相手。
(とんでもない使い手だ……。三人がかりでも負けるかも……)
ゲームの縛りで意思の力は使えないし、見えない。
だけど、突き抜けた気配だからか、嫌でも察知できた。
センスを扱えていた一鉄なら、より鋭く伝わっているはず。
最悪の場合、戦う意思そのものを折り砕いているかもしれない。
「どうやら、透けたようだなぁ。脱出地点と次の獲物が」
しかし一鉄は、屈託のない笑みを浮かべている。
その表情はどことなく、無邪気な子供みたいだった。
◇◇◇
針葉樹の森。化学工場より西に300メートル地点。
そう遠くない地下からは、感情が昂ぶられるような熱を感じた。
「こいつは……っ!! おい、今の感じたか?」
「ズブの素人と一緒にするな。これで、脱出地点は透けた」
反応するのは、ルーカスと閻衆。
互いの視線は一致し、化学工場に向く。
足元には不発の兵器。RPG-7が転がっていた。
裏切りの報酬を巡った攻防。その矢先に起きたこと。
「ゲームの終焉も近いってぇとこだな。命の取り合いはどうする?」
「無論、お流れだ。旗を持っている奴から奪った方が手っ取り早い」
相方を殺せない以上、選択肢は限られる。
ゲームをクリアには、旗と脱出地点の確保が必須。
状況的に、大詰めの戦闘が行われようとしているのは明らか。
「つまり」
「共闘だ」
ルーカスと閻衆は互いに目線を合わせ、言い放つ。
ここにきて意見が揃い、再び同じ方向へと足並みは揃った。
◇◇◇
針葉樹の森。独創世界の最果て。
すぐ後ろに迫るのは、世界の消失だった。
ガラスのようにバリバリと音を立て、進行している。
「……戦争の件はさておき、『今』はどうするカ?」
「崩壊に巻き込まれれば、どうなるか分からん。攻略はマストだ」
逃走中の蓮麗とマイクは、目的を擦り合わせる。
少ない言葉ながら、早くも方向性は定まろうとしていた。
「概ね同意するネ。……ただ、旗と脱出地点どちらもないヨ」
問題は、クリアできる権利がないこと。
最前線で戦っていたものの、収穫はなかった。
「いや、片方に関して言えば――」
マイクは、心当たりがあるような節で話そうとする。
ただ、すぐに口を閉ざすような事態が起きてしまっていた。
「「……っ!!!」」
心の奥底を突き上げるような、センスの躍動。
身を焦がすような熱量、混じり気のない意思を感じる。
その力場の中心点も、発している人物にも、心当たりがあった。
「この気配……間違いない、『マクシス』ネ。場所は」
「化学工場の地下トンネルだ! 決着の時は近いぞ……」
情報を出し合い、状況を把握し、前を向く。
向かう方向は定まり、心なしか走る速度が上がる。
暗黙の了解の中、目的地に進むも、確認すべきことがある。
「だったら、合流し、旗を奪う。異論はないカ?」
「オーライ。俺たち二人が揃えば、向かうところ敵なしだ」
短いやり取りを交わし、互いの意見は合致する。
足取りは軽く、今だけは嫌なことを考えずに済んだ。
◇◇◇
ここは、熱量の中心点。迸るセンスの源流。
地下トンネル内で対峙しているのは、人間と悪魔。
異なる色を放ち、青と赤のセンスは互いの個を主張する。
「手段は何がお好みだ? 白兵戦か、それとも、銃撃戦か?」
首の骨を鳴らし、アサドは問いかける。
こうなることを見越したかのような反応だった。
進言すれば、恐らく、望む舞台を用意してくれるだろう。
ナイフや弾倉を用意できるぐらいのリソースは残っているはずだ。
――だが、答えは決まっている。
これは、マクシス・クズネツォフ一個人としての自我。
意見の主張であり、兄への反抗であり、自由意思そのもの。
第三者に捻じ曲げられていいものではなく、熱量が最も乗る戦。
見ないフリをしていた。感情に蓋をして、軍事戦術に染まっていた。
――もう我慢する必要はない。
「私が望むのは……」
マクシスは金色に輝く右手を掲げ、語り出す。
意思の力が使えない状態では、ただの義手だった。
失った右手の機能を補う以上の効果は発揮しなかった。
しかし今は違う。元の右手以上の力を引き出すことが可能。
反聖遺物と呼ばれ、最先端科学により生み出された近未来兵器。
その行き着く先は決まり切っている。白兵戦でも、銃撃戦でもない。
大きく息を吸い込み、センスを高め、マクシスは言葉に熱と魂を乗せる。
「――――――――――――異能戦だッッ!!!!!」
世界の終末に轟くのは、自己主張と青い雷光。
それは、自分の道を進むと決めた、存在の証明だった。