第112話 脱出地点
化学工場。地下トンネル内。
淡い蛍光灯を頼りに進み続ける。
中央には水路。両端には業務用通路。
複雑に入り組んではおらず、ほぼ一本道。
その先にあったのは、錆びれたエレベーター。
サーマルサイトで付近を警戒しつつ、確信に至る。
「脱出地点確保。まさか、アレが本命だったとはな……」
マクシスは独り言をこぼし、経緯を思い返す。
脳裏に浮かぶのは、研究資料室に記されたサイン。
――『化学工場B1 出口アリ』
罠がある前提で踏み込んだが、異常なし。
都合が良過ぎる展開に、やや不安が勝っていた。
「ともかく、目標は達した。後はメリッサと合流して――」
警戒心を維持しつつ、来た道を振り返る。
100メートルほど先に見えるのは、非常用階段。
嫌でも目に留まるのは、そこから降りてくる人の影。
(ここまでは一方通行。やはり、罠か……)
アサルトライフルの持ち手を反射的に握る。
だが、弾倉は空だ。丸腰と言っても過言ではない。
相手が銃器を持っていれば、一方的に蹂躙されるだろう。
(面子次第で交渉は可能。ただ、逆の場合は……)
ヒヤリと嫌な汗が額に滲み、緊張が走る。
未だにセンスは練れず、隠れる場所は少ない。
行動は極端に制限される中、マクシスは選択する。
「――――」
先手必勝。一気に距離を詰め、仕留める。
本能と直感に身を委ね、通路を全力で駆けた。
額の汗が弾かれ、地面に落ちるまでのわずかな間。
ピトリと音を奏でるのとほぼ同時に、非常階段に迫る。
(登場早々で悪いが、くたばってもらうぞ!!)
銃器を振りかぶり、心の中で十字を切る。
接敵距離さえ近ければ、戦術的不利は少ない。
収集品を鈍器として扱えば、倒すのは可能だった。
「……っ!!?」
しかし、自ずと振りかぶった手は止まる。
相手の肌に触れる寸前のところで、停止する。
(どういう、わけだ……)
ボトリとアサルトライフルを落とし、戸惑う。
現れたのは予期しない人物。戦う必要のない相手。
薄茶色の髪をツーブロックにした、白スーツを着る男。
額に二本の黒角、背中に一対の黒羽根、臀部には黒の尻尾。
「よぉ、弟よ。元気してたか?」
最上位級悪魔アサド・クズネツォフ。
冥戯黙示録に参加した目的が、そこにはいた。
――独創世界崩壊まで、残り四分。