第110話 主要国首脳会議
アメリカ合衆国。ホワイトハウス地下。大統領緊急作戦センター。
そこは、国家の安全が脅かされる緊急事態に備えて建築された施設。
大統領をはじめとした、国防に携わる各省庁の長官や補佐官が集う場。
「…………」
国防を指揮する会議テーブルには、一人の男が座っていた。
合衆国側の同席者はおらず、モニターには主要国の長達が映る。
『つまり……合衆国大統領の命令で、君の組織が事態を収拾すると言うのかね』
ロシアの偉そうな首相が、画面越しに語り出す。
痩せ型で坊主頭をした、白のスーツを着ている老年。
眉をひそめ、表情は険しく、忌避感を隠し切れずにいた。
「あぁ、この件は、超常現象対策ユニット『ブラックスワン』が引き受ける」
美辞麗句を並べず、黒の司祭服を着る男は語る。
超常現象対策ユニット『ブラックスワン』局長ダンテ。
短い白髪、黒のサングラスをかけ、手元には黒い経典がある。
合衆国大統領の命で動き、主に異能力が伴う災害を未然に阻止する。
これまで公にはされておらず、米国政府の上層部のみが存在を知っていた。
――姿を見せるには、頃合いだった。
異能力と口にすれば、オカルトと断じる頭の固い連中が多い。
だが、世界中で超常現象が起きる今、頭ごなしに否定はできない。
「こいつ、礼儀を知らんのか。……まぁいい。解決した見返りは何を求める?」
すると、ロシア首相は引き続き、話を掘り下げていく。
腐っても国のトップ。組織の起用を前向きに検討している。
国家が危機に直面している自覚は、他の誰よりもあったようだ。
「一つ貸しだ。貴国を訪問し、我々で言うところの『聖書』に誓ってもらう」
黒い経典を見せびらかすようにして、ダンテは質問に答える。
その実は、『聖書』ではなく『魔術書』。貸し借りには特別な意味がある。
「書面ではなく、神に誓わせるか。米国の歴史を考えれば、無碍にはできんわな」
ロシア首相は、意外にも肯定的な反応を見せた。
他の主要国の首脳たちは、だんまりを決め込んでいる。
各々の心境など知ったことではないが、結論は早い方がいい。
「不服なら、採決を取れ。民主主義らしくな」
ダンテは皮肉交じりに、首脳たちの判断を急かした。
中には帝国主義の国家もあったが、この場では民主主義。
賛成多数になれば、国外の活動が公で認められることになる。
今の流れと空気であれば、このまま押し切ることができるだろう。
「……ま、待ってください」
そこに声を上げたのは、帝国の首相。
二次元に存在するVtuber『伊勢神宮』だった。
本来の中身である『千葉薊』が任務中なのは把握済み。
つまり相手は、Vtuberのガワを使い、首相になりすましている。
(コイツは少々、厄介かもしれんな……)
その正体には心当たりがあった。
帝国でジェノとアザミを導いた神職者。
伊勢神宮の宮司であり、鬼を生み出した始祖。
意思の力、魔術、妖術、結界術、全てに精通する者。
(椿……お前は一体、何を企んでいる……)
面倒な相手だと認識しつつ、ダンテは耳を傾ける。
その思惑は、『伊勢神宮』の口を通して、間接的に語られた。
「さ、採決を取る前に、その『魔術書』の情報開示を求めます!」
それは、論点の核心をつく申し立てだった。
表向きでは、一種の通過儀礼にしか見えない。
しかし、裏向きでは、別の付加価値が発生する。
事実である以上、無視できず、説明責任があった。
「……『魔術書』神曲。貸しを作った相手を、双方の同意があった場合にのみ操ることができる。誤解しないで欲しいが、謀るつもりはなく、『超常現象』の素人には混乱を招くと思い、現代の文化圏に合わせて言った。いきなり説明をすっ飛ばし、『魔術』がある前提で話されては、そちらも困るだろう?」
分が悪くなることを覚悟しつつ、真実を話す。
通話越しには、各国首脳のどよめくような声が響いた。
それぞれ首席補佐官や、参謀に耳打ちしているのが見えてくる。
「おいおいおい……仮に事実だとすれば、大問題じゃないかね」
「いいえ、事実なら、これ以上の適任はいないのではありませんか?」
意見は真っ二つに割れ、賛否両論。
首脳たちの議論は、間違いなく過熱した。
あーだこーだと、机上の空論を並べ立てている。
「喚くのは勝手だが、我々はプロだ。『超常現象』に対する、知識も経験もノウハウもある。一方、貴国はどうだ? 我々抜きで、目下の問題に対処できるのか? 自国の軍隊と法律で解決できると思うなら、やってみればいい。我々は良くも悪くも一切関与しない。……ただし、それが失敗に終われば、政治的責任を問われ、歴史に汚名を刻むことになるだろうがな」
ダンテは歯に衣着せぬ物言いで、首脳たちに告げる。
その言葉が効いたのか、場はしんと静まり返っていた。
帝国首相の言葉が追い風になり、主導権を取り返した形。
(議論を後押しするのが狙いか? まぁ、どちらにせよ――)
椿の思惑は掴めないが、やることは一つ。
差し込むタイミングとして、ここ以外にない。
「採決を取る。賛成なら挙手。反対なら沈黙だ。賛成が過半数を超えた場合、主要国での『ブラックスワン』の活動を公に認めてもらうことになる。活動期限は、世界に『火』の概念が戻り、復興支援が必要にならなくなるまでだ」
ダンテは、再び話を本題に戻した。
合衆国を除けば、主要国は七か国ある。
四か国の賛成を得られれば、過半数となる。
「「「……」」」
続々と手が上がり、賛成は早くも三人。
あと一人、手が上がれば、承認を得られる。
自ずと視線が向くのは、帝国首相。『伊勢神宮』。
両目を閉じており、未だに手は下ろしたままだった。
技術的に動かせないわけではなく、わざと動かしてない。
(なるほど、そういう腹積もりか)
彼女の意見は言葉ではなく、行動で示される。
ここぞとばかりに介入したのは、自分の意見を通すため。
「反対多数。我々『ブラックスワン』は、アメリカ合衆国を除く主要国に、一切関与しないこととする」
ダンテは結果を受け入れ、淡々と事実を述べた。
この日、この会議を境にして、歴史は大きく動き出す。