第108話 進行管理
バトルフラッグに配置された旗は、三つ。
赤、青、黄の三色に色分けされ、模造品はない。
青と黄はヘケトが所有し、赤はバグジーが持っている。
旗一つで二人分の特急権。本来なら、最大六名が先に進める。
ただ、問題が起きた。ゲームの進行上、必ず伝える必要があるもの。
『聞こえるか、プレイヤー共。ここで主催者様からの中間報告だ。三つある旗は全て、プレイヤーが回収済み。残すイベントは、脱出をかけた争いだけになる。だが、一つは回収不能になり、有効な旗は二つ。最大四名しか進めず、上位五名を決める戦いにはふさわしくないのが現状。……そこで、救済措置を用意した』
木陰に潜むアサドは、プレイヤーに意思疎通を図る。
爆発時の負傷は、悪魔の再生能力でとっくに回復済み。
独創世界の崩壊という欠陥を隠しつつ、役割を全うする。
――残された時間は少ない。
ゲームが崩壊し、収拾がつかなくなれば赤点。
崩壊前に、広げた風呂敷を畳めたのなら及第点。
プレイヤーが白熱するイベントを完遂できて満点。
運営としての手腕が問われ、後の評判にも繋がる場。
並みの悪魔なら楽な方に流されやすいが、目標は魔神。
――出世のためにも妥協はできねぇ。
諸々の事情と、不測の事態に対応できてこその地位。
心地いいプレッシャーを感じながら、アサドは言い放つ。
『相棒を殺せば、先着一名に一人用特急権の旗をプレゼントだ。有難く思えよ』
プレイヤー側に追加されたのは、裏切りの報酬。
時短と進行を兼ね備えた、波紋を呼ぶ催しが始まる。
この時点で、世界が崩壊するまで残り五分を切っていた。
◇◇◇
再び静寂が訪れていた、針葉樹の森。
そこで運営から告げられたのは、新ルール。
仲間割れを誘発させるような、エグイ仕様だった。
「「……」」
ルーカスと閻衆は、互いに見つめ合う。
言葉を発することなく、様子を伺っていた。
――疑われるのも無理はねぇ。
こちとら裏切りの代名詞みてぇな存在だ。
実際に、アザミを見事なまでに裏切ってやった。
今度は自分かもしれない。奴はそう考えているはずだ。
「アザミも旗も、探す時間はまだある。いったん落ち着こうぜ……な?」
修羅場になる前に、ルーカスは手を打つ。
閻衆の優先順位に関しちゃ、今のところ不明。
アザミを追いたいか、元組長の引換券である旗か。
ざっと考えれば二択だが、どちらもあり得るのが現状。
適当に会話を転がして、現状の最優先を探る必要があった。
「言ってることは分かる。……だが、お前が裏切らない保証が何一つない」
閻衆は拳を構え、臨戦態勢に入っていた。
身から出た錆。言葉を間違えれば、即戦闘だ。
最悪、戦ってもいいが、出来れば穏便に行きたい。
「ライフを削るのは収集品だけ、だったよな。無駄撃ちすんなよ」
ルーカスが地面に置くのは、RPG-7。
予備の弾頭も一つ置き、全面的に降伏する。
裏切れない状態なら、ひとまず信用されるはずだ。
「…………」
閻衆は黙って受け取り、感触を確かめる。
渡した意味が分からねぇほど、馬鹿じゃねぇ。
クールで残酷な決断を下せるのが、ヤツの本性だ。
その矛先を向ける相手じゃねぇってのは分かったはず。
「というわけで、次の指示を頼むぜ旦那。ゲームが終わるまでは従うからよ」
ルーカスは背中を向け、森を見渡していく。
完全な無防備。信用を得るための演技ってやつだ。
後は機が熟すのを待つだけ。それで、使役権はもらいだ。
「……あぁ。だったら、最初の命令だ」
すると、閻衆は背後から声をかけてくる。
アザミか旗か。二択を絞るための簡単な号令。
「お、話が分かるねぇ。出来れば、簡単な方で――」
ルーカスは振り返り、話を促した。
しかし、表情が凍り、続く言葉が止まる。
見えていたのは、RPG-7を向けている閻衆の姿。
「――姐さんのために死んでくれ、ルーカス」
相棒はその引き金を引き、予期しなかった三択目を選んだ。