第105話 それぞれの進捗
火災が鎮まった針葉樹の森、上空。
そこでは、居心地の悪い風が吹いていた。
空気がジメジメして、カラッとした感じはない。
湿度の問題かもだけど、火事の後と考えればおかしい。
(何か、変……)
風に揺られ、空中にいるアザミは違和感を察する。
おかしいのは分かるけど、詳しい原因までは分からない。
ただ、何かあったのは確実で、恐らく、向かう先で起きたこと。
(急がないと……。取り返しがつかなくなる気がする……)
不穏な気配を感じつつ、アザミは風に乗る。
ジェノがいる目的地まで、そう遠い場所ではなかった。
◇◇◇
針葉樹の森、枝葉の灰が積もる場所。
そこには、地面に倒れ込む二人の男女がいた。
「…………」
広島はパチリと目を開き、起き上がる。
異変を察し、辺りを注意深く観察していく。
(何が、起きたんじゃ……)
見えるのは、半焼した樹々。
感じるのは、底知れないセンス。
聞こえるのは、尋常じゃない打撃音。
五感を総動員して、違和感の正体を探る。
「白き神と同等……いいえ、それ以上の存在がいるみたいねん」
答えを口にしたのは、隣で寝転ぶバグジーじゃった。
言葉尻は軽いものの、事態を重く受け止めとるのが分かる。
「ずらかるか?」
すでに、白き神とは白黒ついた。
正面から挑んで、あっさり敗北した。
今は当時よりも、さらに悪化しとる状態。
――センスをぶつけ、『神醒体』に促し、ジェノを呼び起こす。
当初の予定から考えれば、役割不足。
感じる気配からすれば、戦う次元が違った。
目を背け、逃げおおせるのが一番現実的じゃった。
「聞かなくても、やりたいことは決まってるんでしょ」
バクジーは起き上がり、諭すように語る。
導き出す答えを、すでに察しとる感じがした。
そこまで言われたら、口にする言葉は限られとる。
「バレとったか……。悪いけど、最後まで付き合うてもらうけぇな」
◇◇◇
針葉樹の森、化学工場に通じる二車線の道路。
辺りは進行者の残骸が飛び散り、地面は陥没している。
「旗はあったけど……アレ、どうしよう」
ヘケトは黄色と青色の旗を持ち、語り出す。
相談するのは、今後の進路。次に何をするべきか。
遠くない場所から感じる異様な気配に、どう応じるのか。
「触らぬ神に祟りなし。今は脱出地点を探すのが賢明だ」
質問に答えたのは、相棒の一鉄だった。
背中には強化外骨格を纏う、ベクターもいた。
どう考えても戦える状態じゃないし、戦う理由もない。
「……そう、だよね。分かったよ」
後ろ髪を引かれる思いがありつつも、ヘケトは指示に従った。
◇◇◇
化学工場、電気室。メリッサとの合流地点。
停電は復旧し、辺りは白熱灯で照らされている。
地面には幾多の空薬莢が転がるものの、人影はない。
「もぬけの殻、か……」
一通りの探索を終え、マクシスは独り言をこぼす。
遠くの気配は嫌でも感じる。それでも合流を優先した。
戦場から逃げた。役割から逃げた。それを懺悔したかった。
「不甲斐ないな。あいつは役目を全うしたのに、私は……」
地面を見つめ、力不足を一人で嘆く。
励ましてくれる人や、叱咤する者はいない。
孤独の中で自問自答し、答えを出すしかなかった。
「……?」
すると、空薬莢が転がる地面に違和感を覚える。
反射的に残骸を足で払いのけると、文字が刻まれていた。
『脱出地点の確保は任せたっす。兵器の件は気にしなくていいっすよ』
それは、一番欲しかった言葉。
答えの出ない悩みへのベストアンサー。
やるべきことは定められ、役割を全うするのみ。
「……了解した」
視界がジワリと滲みながら、ベクターは遅れて返事をした。
◇◇◇
化学工場内、地下トンネル。
天井の蛍光灯が辺りを淡く照らす。
丸みのある内観。パイプ内のような構造。
中央には排水路。両側には通路と錆びた手すり。
水滴がピタピタと音を立てる中、そこには老人がいた。
「……」
シェンは足を止め、懐中電灯で暗がりを照らす。
丸い光が明らかにするのは、錆びれたエレベーター。
旗を差し込む穴が三つほど付く、唯一の脱出地点だった。
「布石は打った。気長に待たせてもらおうかの」
懐中電灯の明かりを消すと、シェンは暗闇の中に紛れていった。