第104話 再現性
燃え盛る針葉樹の森には、声が響く。
中国系の女性が覚悟を決めて、放つ言葉。
「寿契献命――【一年了】」
蓮麗の能力披露を条件に、人質を解放する。
取引は恙なく進んだ。思い描いた通りになった。
残るは結界を解き、有害となった敵を処理するのみ。
「…………」
眼前に立つのは、服装を一新した蓮麗の姿。
身に纏うのは、黒と赤を基調とした中華風の服。
長い袖と、至るところに貼られた黄色の霊符が特徴。
身体と衣服には、異様なほどのセンスが込められている。
(寿命を代償に得た、戦闘衣装。模倣は……厳しそうですね)
白き神は、結界を解いて、考察を始めた。
機械仕掛けの神は、性質上、出力で劣らない。
能力を模倣し、相手のセンス量を必ず上回る仕様。
ただ、完全復活を果たせていない今、万全とは程遠い。
依り代という肉体に縛られるせいで、弱点が存在している。
――模倣は、ジェノが再現できるものに限定される。
広島の超原子拳や、蓮麗の詠春拳は最たる例。
体系化された武術の延長線上であり、模倣は容易。
肉体系という、彼が得意とする系統とも合っていた。
――しかし、あの衣は少年の許容範囲を超える。
扱えるのは、肉体系とセンス操作の基礎のみ。
他の分野は修行不足で、あの衣装は出力できない。
将来的には可能でも、現時点の実力では不可能だった。
(今の手札で乗り切るしかありませんね。……この好機は逃せない)
白き神は思考を整理し、不利と承知で戦いに臨む。
勝敗を分けるのは、衣の能力。内容次第でどちらにも転ぶ。
「最初は脅すだけのつもりだった。ザ・ベネチアンマカオ前の道路を砕いた件。それをどこかで問い詰め、謝罪させてやる予定だった。……だけどお前は、よりによってマイクに手を出した。恩人を危険に晒した。――加減はしてやらないヨ」
すると蓮麗は、服の霊符を一枚剥がし、語る。
内容は恨み辛み。原因と結果が今になり、繋がった。
大小の違いはあれど、互いの責任。ジェノにも非があった。
「これも身体を共有する運命。余がまとめて咎めを受けましょう」
白き神は両手を広げ、罪を受け入れる。
舞台は十全に整い、裁かれるのを待つばかり。
「蓮麗、待て……。コイツは……っ」
そこで口を挟むのは、解放されたマイクだった。
恐らく、結界内で起きたことを伝えようとしている。
今更、事実を語られようと関係ない。あまりに遅すぎた。
「代償【火】。対価【神的特攻】」
蓮麗は中国語で詠唱し、霊符を両手で破り去る。
その日、その瞬間から、世界に火という概念が消えた。