第103話 災いが起こる前
白き神と蓮麗の取引が終わる一分前。
炎上する森の中を、二人の男女が駆ける。
男は肩にRPG-7、女は腰に刀をそれぞれ装備。
互いに口を閉ざし、樹々の悲鳴だけが響いている。
視線の先は火で不明瞭ながら、進路に迷いはなかった。
「……あ、あの」
アザミは緊張した面持ちで、声を発する。
視線は下を向き、刀の鞘をぎゅっと握っていた。
「どうかしたか? 疑問があるなら、気兼ねなく言ってくれ」
ルーカスは快く応じ、話しやすい場を整える。
紳士的な対応。男性恐怖症への配慮が感じられた。
今のところ、良い人。だけど、全幅の信頼は置けない。
「ど、どうして、最短で追いかけなかったんです? 出来ますよね、空中歩行」
アザミは少しの勇気を振り絞り、尋ねる。
それは、関係が崩壊する可能性を秘めた質問。
昔なら言わなかったけど、今は曖昧にしたくない。
――肩書きは、内閣総理大臣。
些細な違和感を放置する癖は、つけられない。
身の回りにいる人のリスク管理は立場上、必須。
杞憂だと思うけど、事前に解消しておきたかった。
「あいつは元々、俺の相棒じゃなかったからな」
しかし、彼が口にしたのは、ゾッとする言葉。
不安を抱く要素しかなく、血の気が引くのを感じた。
――バトルフラッグは基本、二人一組。
ゲーム開始時の人数が少ないか、端数だとソロになる。
それ以外はデュオになって、マイクが相棒だと思っていた。
だけど、違った。ルーカス目線なら攫われた人はルール上の敵。
――特別な事情がなければ、助ける価値がない。
同行していた理由は不明だけど、事実なら非常にまずい。
今の自分は、マイクと同じ立場であり、共闘する理由がない。
これまでの会話は、全てが嘘だ。恐らく、森に誘い込むための罠。
――つまり。
「ね、狙いは私……」
アザミは震えた声で、結論を口にする。
まだ分からない。まだ確定したわけじゃない。
だけど、その答えは、行動で示されることになった。
「ご名答だ、内閣総理大臣。……いや、姐さんの仇」
背後に現れたのは、赤髪リーゼントの赤スーツを着た鬼。
鬼道組組長――閻衆は、こちらの体を羽交い絞めにしていた。
彼を動かす原動力は、憤怒。元組長を失った怒りをぶつけている。
「あ、あ……」
頭が真っ白になって、力が抜けて、震えが止まらない。
鬼とはいっても、性別がある。変えようがない事実がある。
――男性。
過去のトラウマが呼び起こされ、動けない。
気力を奪われて、抵抗するどころじゃなかった。
「悪ぃな、アザミ。文句は悪魔になってから言ってくれや」
足を止めたルーカスは、RPG-7の弾頭を向けている。
対戦車用の擲弾。ロケット推進し、着弾すれば起爆する。
収集品の可能性が極めて高く、こちらのライフは、残り一つ。
恐らく閻衆は、巻き込まれる前提で動いていて、拘束は解かない。
(こ、殺される……。こんなところで……っっ)
混乱する頭で必死に考えても、結果は同じ。
助かる確率は万に一つもなく、行き先は悪魔界。
やりたいことが全て叶えられなくなる未来が見えた。
「「「――――ッッ!!?」」」
その時、地面が激しく揺れ、樹々を燃やす火が消滅した。
明らかなる異常。近くから感じるのは、底が見えないセンス。
その場にいた全員は呆気に取られ、身動きが完全に止まっていた。
(今の、うちに……っ!!)
真っ先に正気に戻ったアザミは、身体を動かす。
拘束は緩んでいて、大した力を入れることなく解放。
「つ、償いは、憲法改正という形で必ず……」
横目で閻衆の姿を捉えながら、アザミは公約。
そのまま地面を蹴り、高く跳んで、風と一体になった。