第102話 強制二択
周囲を覆うのは、薄い銀色の壁。
見えるのは、蓮麗と白き神と燃える森。
外の声は聞こえるが、中の声は伝わってない。
攻撃は一切通らず、完全に閉じ込められている状態。
「あぁ、クソ……! 結界ってやつか」
ドンと拳を壁に叩き、マイクは現象を理解する。
出る出ない、聞こえる聞こえないは、神の意のまま。
殺傷力はなく、繊細なセンス操作が可能とする高等技術。
そのため、条件の自由度は高く、強度はセンス量に依存する。
「相手は神。ゴリ押しでの突破は不可能だろうな」
抵抗するのを早々に諦め、やるべきことを模索する。
目の前で起こるのは、神が主導権を握る、蓮麗との交渉。
人質解放を条件にして、能力を披露しろと脅しをかけていた。
――猶予は一分。
その間に、結界内の酸素がなくなり、酸欠になるらしい。
すでに十秒ほどは経過し、そろそろ頭がクラクラしてくるはず。
「待てよ……。コイツは……」
思考を巡らせる中、違和感を覚える。
起こるべきことが、一向に起こる気配がない。
時間を追うごとに信憑性が増し、疑う余地がなくなる。
交渉の根幹となる部分であり、蓮麗の立場を不利にさせるもの。
――それは。
「酸欠の件はハッタリだ! 気付け、蓮麗!!」
マイクは神の虚言に気付き、必死で声を荒げる。
しかしそれは、結界内に虚しく響き渡るだけだった。
◇◇◇
見えるのは、必死に抵抗するマイクの姿だった。
結界内の酸素が少ないのか、もがき苦しんでいる。
放っておけば、見殺し。取引に応じれば、殺される。
(我か、マイクか……。簡単には選べないヨ……)
限られた時間の中で、蓮麗は頭を回し続ける。
都合のいい奇策や、妙案なんてものは浮かばない。
行動は強制的に二択に絞られるも、決断できずにいた。
「あと、三十秒」
そこで聞こえるのは、白き神の無慈悲なアナウンス。
選択次第で、どちらかの命が尽きる、死のカウントダウン。
『ほらな。マカオも捨てたもんじゃないだろ?』
脳裏に蘇るのは、有り金をオールインした勝負のバカラ。
巨額の借金が、ディーラーのイカサマで帳消しになった光景。
顧客の身辺を調査し、弱者に施しを与える方針だと知った出来事。
――マイクがいたから救われた。
負けていれば、この身体は本国に売られていた。
薬漬けにされ、強者の慰み者にされるのがオチだった。
彼には恩がある。彼がいたから、嫌いな母国を好きになれた。
――だから。
「あと……」
「取引に応じるヨ。マイクを解放するネ」
蓮麗は白き神の言葉を遮り、決断を下した。
愚策も愚策。この後の展開も容易に想像がつく。
それでも、恩人の命には、代えがたいものがあった。
「言うは易し、行うは難し。結果で示してもらえませんこと?」
白き神は結界を解かず、その時を待っていた。
虚言を警戒し、要求が叶うまで解放しない腹積もり。
この間にも、酸素が減って、手遅れになる可能性もあった。
(我が犠牲になって、マイクが救われるなら、それで……)
蓮麗が一度下した決断は、簡単には覆らない。
身体には赤色のセンスを纏い、準備を着々と続ける。
「――――」
結界内では、騒ぎ立てるマイクが見える。
壁を指でなぞり、何かを伝えようとしていた。
(再見、マイク。恩は返させてもらうよ)
視線を離し、蓮麗は覚悟を決める。
右手を掲げ、言われるがまま行動で示した。
「寿契献命――【一年了】」