第101話 センスの応用
「「……」」
生ぬるい風が吹き抜け、衣服が揺れる音が鳴る。
白き神はアフリカ系男性を姫の如く抱え、宙を舞う。
眼下には炎上する森が見えながらも、落ちる気配がない。
物理現象から反する動き。可能とするのは、経験によるもの。
――空中歩行。
足裏にセンスを集め、蹴ることで可能とする技術。
誰でも扱えるわけではなく、繊細なコントロールが必要。
出力配分は1%。誤差は許されず、失敗すれば、光は凝固しない。
――センス操作の基礎。
もたらされるメリットは計り知れない。
戦闘面の押し引き、移動面の自由度の高さ。
それだけではなく、特筆すべきなのは、補助面。
「今のあんたは……白き神、なんだよな。俺に一体なんの用だ?」
行動に移す前に、抱えられる男は質問を始めた。
抵抗する素振りはなく、疑問の解決を優先している。
無視するのが、普通。手の内を晒すほど、馬鹿ではない。
しかし、これからすることを考えれば、答える義務があった。
「――舞台装置。有り体に言えば、人質とさせていただきます」
白き神は質問に答え、右手で印を結んだ。
人差し指と中指を立て、他の指は握り込む所作。
すると、男の四方は銀色に輝き、八方を囲んでいった。
◇◇◇
「――――」
炎上する森の中を蓮麗は、全力で駆けている。
闇雲に走ってるわけじゃなく、明確な根拠があった。
――センスの残滓。
感覚系に属する蓮麗の感性は、鋭い。
移動に用いられた光跡を辿ることができた。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。知る方法は様々。
基本的には五感の一つ、最も得意とするもので判別する。
――蓮麗の場合は、視覚。
光跡は微量ではあるものの、変化を見逃さない。
白き神が通ったであろう道を、着実に進み続けていた。
「…………」
しかし、順調だったはずの足取りは止まる。
蓮麗は沈黙を貫いたまま、頭上を見つめていた。
その視界の大部分は、焼ける枝葉で支配されている。
ただ、蓮麗は変化を見逃さない。漂うのは、微量の銀光。
埃や塵レベルの粒でありながら、確かに、存在を認識できた。
(来るネ……)
蓮麗は声を漏らさず、静かに身構える。
敵の意図は明確で、策を用意できたから来た。
警戒するのは、能力の欠陥を補ったと思わしき奇襲。
一番の本命は、収集品。銃火器によるルールに則った攻撃。
「――――」
予想通り、空から降り立ったのは白き神だった。
華麗に地面へと着地し、用意した策が明らかになる。
(そうきたカ……っっ)
想像していたよりも、性質が悪い。
道徳的にも倫理的にも、間違った手法。
しかし、神には、人間の常識は通用しない。
見えるのは、マイク。辺りは正方形に囲まれる。
薄い銀光を放ち、中から拳を叩くがビクともしない。
必死で何かを叫んでいる様子だが、声は全く聞こえない。
特異な空間。現実離れしているが、既存の知識で理解できる。
――結界術。
繊細な配分操作を極めた先にあるセンスの応用。
特定の領域を、外部から隔離することが出来るもの。
つまり白き神は、職場の同僚を結界に封じ、人質にした。
「酸欠まで一分。彼を解放して欲しくば、私に能力を披露してもらえますか?」
すると相手は、非人道的な交渉を始めていた。
恐らく、結界内の酸素は、火事の影響で薄いはず。
一分という数字は、密閉状態が続くなら的確に思えた。
こちらが何もしなければ、マイクは自然の摂理に殺される。
神が直接手を下したというより、不慮の事故として処理される。
「この人でなしガ……」
考えていた作戦を全て無に帰す、奇策。
交渉に応じるか、それとも、別の策を考えるか。
――猶予は一分。
限られた時間の中で、答えを出さなければいけなかった。