第100話 機械仕掛けの神
響くのは静かな足音と、樹々が焼かれる音。
炎上中の森を駆けるのは、褐色肌の少年だった。
少年に自由意思はなく、内に宿る神が主導権を握る。
――直近に取った行動は、逃亡。
中国系の女性。蓮麗から背を向けた形。
彼女は魔神の契約者であり、推定有害の存在。
使命から考えれば、最優先で処理したい相手だった。
それなのに手を下せなかったのは、当然ながら理由がある。
『無害の相手は殺せないみたいネ。例え、魔神の契約者であっても』
頭に浮かんだのは、蓮麗の言葉だった。
端的でありながら、能力の本質を突いた答え。
――『機械仕掛けの神』
白き神が秘めている、唯一にして絶対の力。
相手の害意に反応し、一段階上回る力で迎撃する。
そこに限界も上限もなく、受けに回るのなら無敵の能力。
――しかし、敵に害意がなければ発動しない。
魔神の契約者だろうと、抵抗しないなら無辜の民。
害悪な能力を秘めようと、表に出ないのなら裁けない。
手の内を知られた以上、何か別の策を講じる必要があった。
「少年の力なら、先手は可能。……ただ本題は、魔神の能力を使わせること」
拳を握り込み、白き神は思考をまとめる。
少年が持つ能力は自由に使え、行動制限がない。
ただ確実性に欠け、能力次第では敗北のリスクが伴う。
確実に仕留めるには、攻めさせるのが一番堅実な方法だった。
「本気にさせるには、やはり……」
思考を吟味した上でも、同じ結論に至る。
光のない瞳を正面に向け、白き神は逃走を続けた。
◇◇◇
「こ、こっちです……」
ひ弱な女性の案内の元、導かれるのは燃え盛る森。
百害あって一利なしの状況に、マイクは直面していた。
すでにルーカスは乗り気で、足を踏み入れようとしている。
「待て待て。疑うのは悪いが、罠じゃないだろうな」
流されて同行するには、あまりに危険すぎる場所。
彼女の人となりを知らない以上、突っかかるのが妥当。
バトルフラッグのルールを考えれば、裏切る可能性が高い。
進むにしても、それ相応の理由がなければ、行きたくなかった。
「こいつが、嘘泣きできる演技派女優に見えるか?」
そこでルーカスが口にしたのは、仮定の質問。
ふと一瞥すると、彼女の目元は赤く腫れている。
告白して、振られて、落ち込んで、涙を流した痕。
目線は合わず、下を向き、体はかすかに震えている。
「まぁ、無理だろうな……」
表情や仕草を見るからに、嘘臭さは一切ない。
もし、これが演技なら、ハリウッドの主演を張れる。
人間性は知らないが、冷静に考えれば彼の言う通りだった。
「決まりだ。俺らは恋のキューピットと洒落込んでやろうぜ」
ポンと肩を叩き、ルーカスは同行する理由を述べた。
危険を冒すのは冒険やロマンじゃなく、メロドラマのため。
人情味があると言えば聞こえはいいが、お人好しもいいところだ。
バトルフラッグのことを考えれば、ここでハッキリ断ってやりたかった。
「いいか、裏方に徹するのは、これで最後にしてくれよ」
ただ、こいつの人となりは嫌いじゃない。
短い時間で人を惹きつける、『何か』があった。
「おっしゃ。旦那は話が分かるねぇ。一致団結したところで、早速――」
言い出しっぺのルーカスは、上機嫌で指揮を執る。
悪くないと心の中で感じつつ、その背中を追っていく。
視線を燃える森に向け、同じ歩幅で歩みを進めようとした。
――しかし、その場にいた全員の足が止まる。
そこには、森から現れた人物がいた。
短い黒髪、褐色の肌、頬に刃物傷のある少年。
彼女が告げた条件にピッタリとあてはまる、意中の人。
「正面から失礼」
少年は堂々と言い放つと、身体を抱えられ、跳躍を果たした。