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賭博師メリッサ  作者: 木山碧人
第七章 マカオ
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第10話 悪魔チンチロ④

挿絵(By みてみん)




 過熱していた賭場は、一気に冷え切っている。


 自ずとギャラリーの目線は、たった一人に集中した。


「協力する。確か、そう言ったっすよね……ジェノさん」


 視線が集まる少年に、メリッサは問いかける。

 

 勝負を中断させた張本人。理由がないとは言わせない。


「うん、言ったね。でも、全てを容認するとは言ってない」


 問いかけられた少年ジェノは、真っ向から屁理屈をこねた。


 薄々と感じてはいた。この舞台と状況とは相性が悪すぎる存在。

 

 一番の敵になり得る。その片鱗が早くも見えてきたような気がした。


「お人好しもほどほどにしたらどうっすか。ここでは大勢、人が死ぬんすよ。しかも、強制じゃなく任意。適性試験の時とは違って、自分たちが納得した状態で、命を賭けてるっす。その勝負を止めるなんて、無粋も無粋。ハッキリ言っちゃえば、空気読めてねぇんすよ」


 感情的じゃなく、理論的にメリッサは説得する。


 彼を納得させるには、理由が重要。他は必要なかった。


「分かってるよ。勝負を止める気はない。だから――」


 語るよりも先に、彼は動きを見せた。


 卓上にかざされたのは、ブラックカード。


 隅に表示されるタッチパネルから借入を選択。


 引き出されたのは、上限いっぱいのチップ五十枚。


「ピンゾロのデッドラインは、俺が全員分補填します。もちろん無条件で」


 積み上げたのは、四つのチップの山。


 シェンに四枚。マクシスに二枚。閻衆に四枚。


 メリッサには四十枚と、ポケットから取り出した一枚。


 それらを加えれば、卓にいる全員が、五十一枚以上になる計算。


「ルール上、途中交代は駄目でも、チップの貸し借りは自由、っすね……」


 誰も気付いてなかった裏技に真っ先に気付いた。


 いや、気付いても誰もやらないことをやってのけた。


「ほぉ……。年の割に機転が利きよる。われは問題ない」


「人柄に変わりはないようだ。善意を無碍にはできんわな」


「言いたいことは山ほどあるが……この場は素直に従ってやる」


 意図を汲み、シェン、マクシス、閻衆は合意。


 それぞれが、ジェノのチップを手元に加えていく。


 ルールに反しない。賭場の参加者にデメリットはない。


 ――ただ。


「計算が合わないっすね。五十一枚目はどこから手に入れたんすか?」


 ジェノは、借入の上限を超えたチップを持っていた。


 補填に問題はなくても、出所に問題がある可能性がある。


 場合によっては、受け取らないことも考慮に入れるべき案件。


「ルーカスさんから借りた。補填するには、少し足りなかったからね」


 想定済みだったのか、間髪入れずに即答。


 それも一発で納得できる理由を用意していた。


 裏を取る必要もなく、その光景がパッと浮かんだ。


「……分かったっすよ。何もなければ返せばいいんすよね」


 渋々と提案を受け入れ、手持ちが一気に増える。


 これで全員のチップが、五十一枚以上になっていた。


 万が一、誰かがピンゾロを引いても、一発ドボンはない。 


「任せるよ。返してくれてもいいし、もらってくれてもいい」


 どこまで人がいいのか、サラッと流すようにジェノは告げる。


 異論を挟む者はいなくなり、チップの貸し借りは合意の上、終了。


 一度冷めてしまった空気は戻らないまでも、やることは変わってない。


「……さぁって、話もついたところで、仕切り直しと行かせてもらうっすよ!」


 早速、メリッサは手を伸ばし、三つのサイコロを手に取る。


 手で賽の感触をよーく確かめながら、狙いを定めて、投げる。


 カランコロンと音を奏でて、茶碗には三つの出目が揃っていた。


 ギャラリーの衆目も集まり、その場にいた全員が結果を認識する。


 空気は凍りつき、当事者であるメリッサは、青ざめた顔で言い放つ。


「ピンゾロ……」

 

 親番による悪魔目。出目は⚀⚀⚀。


 マイナス五十枚になり、残りは一枚。


 ジェノのチップがなければ、死んでいた。


「あらぁ、不運ね。じゃあ、次はアタシの番っと」


 結果を受け止める暇もなく、バグジーは賽を握る。


 勝負は終わってない。そう言わんばかりの態度だった。


「待つっす! コイツは即負けじゃないんすか!!」


 黙っていられるわけもなく、待ったをかける。


 ⚀の出目、役なし、ションベンは一倍払いで即負け。


 親が出せば、子の番に回ることなく、ゲームは終わるはず。


「アレは1の目の場合。悪魔目が即負けって説明はなかった。勝負は続行よ」


 しかし、一切の反論の余地がない回答を返される。


 ルールの盲点。確かに、あの悪魔の口から聞いてない。


 悪魔目が出た時点で即負けとは、一言も言っていなかった。


「メリッサ……。まずいよ、これ……」


 補填したジェノは、真っ先にリスクを予期する。


 子は残り三人いて、サイコロ振る権利は残っている。


 ゲームが進行すれば、どうなるか。それは、至って単純。


「出目が成立した時点で、うちは死ぬっす……」


 悪魔目は役なし。⚁の出目以上で、子は勝利する。


 一倍払いでも十枚。払える金額じゃなくなってしまう。


 健全に助かりたいなら、誰かにチップを借りることぐらい。


「言っとくけど、勝負が始まった以上、待ったはなしよ」

 

 ただ、バグジーは容赦なく賽を投げる。


 借りる時間も隙もなく、勝負は進行した。

 

(こうなったら……)


 メリッサは左手を卓に当て、影に意識を向ける。


 イカサマして、誤魔化す。それ以外に道は残ってない。


(駄目だ、メリッサ。見張られてる)


 そんな肝心な時に、耳元にはジェノの声が響く。


 背後を振り向けば、ゴロツキ共が目を光らせていた。


(じゃあ、どうすれば……)


(あの人たちの腕と器量を信じるしかない)


 小声でやり取りを重ね、意味を聞き返す暇もなく、出目は揃っていた。


「へぇ……こんな偶然もあるもんね」


 子番による悪魔目。出目は⚀⚀⚀。


 五倍払いの支払い義務は、出した本人。


 マイナス五十枚を卓に献上し、子の番が回る。


「ちょ……。これって――」


 二連続のピンゾロ。普通に考えれば、あり得ない確率。


 計算すれば、天文学的数字になる。常識からは逸脱している。


 運命の歯車が狂いだした賭場。それは、この一手で留まらなかった。


「次はわれか。どぉっれっと――」


「見事な御手前。私も続かせてもらおう」


「運否天賦。それを覆せないようでは、この場にいない」


 出目は、ピンゾロ。ピンゾロ。ピンゾロ。


 それぞれが五倍払いで、メリッサの被害は無し。


 賽の目と全員が口裏を合わせたように、結果は偏った。

 

 処理できない情報を前にフリーズしかけるも、予想はできる。


「意思の、力……っすか……?」


 未知の現象への、手っ取り早い回答が浮かぶ。


 見えない力を使えば、いくらでも細工可能な気がした。


「いやぁねぇ。これは、ただの技術よ。マフィアの頭を舐めてもらっちゃ困るわ」


 バグジーの一言により、あっさりと賭場は解散。


 それぞれが背中を向けて、何も言わずに去っていく。


 威風堂々とした立ち居振る舞いに、気持ち良さを感じる。


 ただ、それ以上に、どうしても芽生えてしまう感情があった。


「格が、違うっす……」


 圧倒的強者の洗礼を受け、メリッサはその場で腰を抜かす。


 腕っぷしだけじゃない強さで、初めて分からされた瞬間だった。 

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