亀の甲より年の功
その後も何度か交代でオートローテーションを実施した私達は、予定の時間となったため訓練を終了する事にした。
「それじゃ、エプロンに帰投しますね」
「おう」
「レントン・タワー、サーペント54。リクエスト タクシーバック」
(レントン管制塔へ、こちらサーペント54です。タクシーバックを要求します)
『サーペント54、タクシー トゥ エプロン、クロス・ランウェイ ディレクト』
(サーペント54へ、エプロン(駐機場)への移動を許可します。滑走路を横断して直行して下さい)
「クロス・ランウェイ ディレクト。アフター タクシーバック クローズ マイ プラン」
(ランウェイを横断し、エプロンへ直行します。タクシーバック後はフライト・プランをクローズして下さい)
『ラジャー、サーペント54』
「サンキュー」
「丁度いい。ジュリエット、SCAS・OFFで帰ろうや」
「は? あ~、了解」
何が丁度いいのか全く不明だが、最後まで私を鍛えてくれるらしい。形ばかりの機長には決定権など無いようなものだ。
機体が不安定になる事を見越して普段のタクシー高度である3ftより、やや高めの5ftで一度ホバリング。
「SCASリリースします」
サイクリック・ステッィクに付いているSCASのリリース(解除)ボタンを押し込むと、途端に機体は3軸全方位で不安定となり特にロール(横)方向にグラッと傾く。機体の動揺は予期できていたので落ち着いて修正操作をするものの、サーペントはパイロットの意志に反してユラユラと不安定に振れ続ける。
SCASがONになっていると云うのは、狼に羊の皮を被せている様なもの。SCAS‐OFFにした途端、本来持っている安定性(=不安定性)が顔を出す。
今迄の安定が嘘の様に揺れ続ける機体を何とか落ち着かせて、タクシー移動を開始する。取り敢えず揺れを小さく抑え込むものの、完全に消す事は出来ずロール方向に揺さぶられながらの移動だ。右手のサイクリック・ステッィク(操縦桿)は、姿勢を安定させる為に常に左右に当て舵をしている状態である。
フラフラとランウェイを横断し、エプロンまで半分といった所でロックから声が掛かる。
「ジュリエット、サイクリックの無駄舵が多い。
逆に、足は全然足りてない」
「? 無駄舵って、サイクリックを当てないと揺れは収まりませんよ」
「いいから、左右の傾きを修正するのにサイクリックは使うな。その代わり、足をこまめに使って方向を一定に保持するんだ、進行しようとする方位から1度たりともずらさないつもりでな。
ま、ワシを信じなくてもいいが、とにかく騙されたと思ってやってみろ」
「了解」
ロックの指示する所の意味が分からず、半信半疑ながらも私は言われた通りにする。
今迄とは逆にサイクリックはなるべく動かさない様に、ラダー・ペダルは積極的に左右を踏み替えて、ロールを抑えるよりも方向保持をより重視した操作に切り替えた。
するとどうだろう、不思議な事にあれだけ揺さぶられていたロール方向の動揺がスッと収まったのだ。
「えっ! なんで? ラダーでロールを制御してるって事?」
「等価上反角効果って知ってるか」
「勿論ですよ。や~、前に戦技操縦の超低空操作に苦労した時勉強しました」
等価上反角効果を簡単に説明すると、ヘリが横滑りを起こした時にそれを止める動きがメイン・ローターに発生する現象の事よ。
詳しくは第2部第一章「名付けてドリフト旋回」で解説しているから、気になる人はそちらを参考にしてね。
「つまりだ。SCASをOFFにするとヘリコプター本来の特性が出て来るが、その中でも特に機体の滑りによる左右への傾きがより強く顕れる傾向があるんだよ」
「あ~、機体の滑りを止める横安定性が強い。って云うか、その動きが顕著だから逆にロール方向にフラフラしちゃうって事?」
「そうだ。だから、取り敢えず方向をしっかりと安定させればロールも落ち着くって事だ」
「なる程、それで足。
SCAS‐OFFでは、ピッチ、ロール、ヨー全てが不安定になるけど、ラダーを使って機首方位を保持すれば、自ずとロール軸回りも安定すると」
「サイクリック(操縦桿)は動かしやすいし、横方向ってのは慣性力が小さい。つまり、サイクリックに対する反応が早いから、ついオーバーコントロールになっちまう。
結果、自分で機体を不安定にしてるのさ」
「さすが、ロック。年の功より亀の甲。
うん? なんか違う?」
「おい、今馬鹿にしたろ」
「いやいや、まさか」
◆
エプロンに戻った私達はサーペントのエンジンを止めると、機体の周りをそれぞれ逆向へ一周して軽く異常の有無を確認した。
本格的な飛行後点検は、その日の最終飛行が終わった後に整備員の手で実施される。
私は最後、機体を離れる前にノーズの辺りを軽く撫でてサーペントに対するお礼の言葉を心の中で唱えた。誰に言われた訳でも無いが、何となく習慣となっているのだ。
対して、ロックはと云えば、さっさと機体を離れて格納庫の中にある装具収納室へ向かっている。
収納室でロックに追いついた私は、ライフ・ジャケットとヘルメットを棚に戻しながら聞いてみた。
「ロック、フライトの前とか後に機体に何か話し掛けたりはしないんですか?」
「うん?
あ~、そういや昔はそんな事をしてた時もあったが……
今は特にしてないな」
「え~、その辺は個人の自由ですけど。機体、可愛く無いですか」
無機物を擬人化するのは日本人として魂に刻まれた様なものだけど、愛機に対する感情って万国共通じゃないかしら。或る意味、命を預けてるとも云える訳だし。
「う~ん、何かきっかけがあった訳でも無いんだが……
そうだな……、強いて言うならフライトしている時ってのは、ヘリが自分になってる感覚か?
何ていうか、こう。自分の指先がブレードの先端になってるみたいな。自分とヘリとの境界が曖昧になるって言うか。勿論、操縦してるって感覚はあるぜ。
いや、違うか。操縦してるって云うよりも、自分が思えばその通りに機体が動くって方が近いかもしれんなあ。
だから、自分で自分を褒めたり、感謝したりはしないだろ、普通は。
そんなカンジだな、多分」
愛機精神とかのレベルじゃ無かった。予想を上回る答え、ベテランパイロットってそんな境地になるものなの。
確かに、そこ迄ならオートローテーションで定点に一発で着陸も成功させられるわ。うん、納得。




