我儘お嬢様?
「しかし、この機体は良く躾けられてるな。
操舵に対する機体の反応が素直だ」
「そうなんですか」
自分としては、毎回のフライトを懸命にこなす事が精一杯で、中々機体の評価までは頭が回らないのが現状だ。確かにサーペントは良い機体で、操縦学生時代を含めても一番自分的にしっくりくるとは思っていたのだけれど。
「SCAS(操縦性安定性増大装置)を含んだフライ・バイ・ワイヤーのシステムのおかげなんだろう」
フライ・バイ・ワイヤーとは、従来パイロットが操作するサイクリック・ステッィク(操縦桿)などの操縦系統と、機体側のローター系統を結んでいたコントロール・ロッドなどの物理的なリンクに代わって、ワイヤー(電線)を用いた電気信号によって機体をコントロールするシステムである。
それを最大限活かしているのが、SCAS(操縦性安定性増大装置)と云う訳だ。
一般的に操縦性が良い機体は安定性を犠牲にしているし、安定性を追求すれば操縦性は悪くなるものなのだが、SCASとは、その名の通り機体の操縦性と安定性と云う相反する特性をそれぞれ高める装置なのだ。
詳しい説明はしないけれど、パイロットと機体の間にコンピューターを噛ませる事で、外乱による機体の動揺を抑えたり、逆にパイロットの操作を助長して、より機体の反応を高めたりしている。
サーペントはパイロットの操縦に対する援用に積極的にコンピューターのアシストを採用しているのだ。
「Mi‐8なんかは、フレアー操作一つとっても単純にサイクリック・ステッィク(操縦桿)を後に引いただけじゃあ機首が明後日の方向を向いちまう。
勿論ラダーによる反トルクの制御を適切に行った上での事だぜ」
Mi‐8とはソビエト連邦が開発した汎用ヘリコプターで、軍の使用に耐えるタフな設計とワイド・ユーザビリティを兼ね備えた機体で、NATOコードネームは《ヒップ》、攻撃ヘリコプターのMi‐24ハインドの開発母体となった事でも有名である。その運用国は、旧東側諸国に留まらずアフリカ、ドイツ、アメリカなどで現在も第一線機として使用されている。
「へえー、そうなんですね。具体的にはどんな感じなんですか」
「う~ん、そうだな。斜めに引っ張てやらなきゃならんのだ、サイクリックは斜めでも機体は真っ直ぐ機首を上げるカンジなんだよ。
ま、どんな機体でも固有のコツを掴めば問題無いんだがね。
その点で言えば、このサーペントにしたってクロスカップリングの現れ方はSCASでも完全には制御出来ていないからな」
クロスカップリングとは、操舵装置(サイクリック・ステッィクやコレクティブ・レバー、ラダー・ペダル)の単一な操作に対して、それとは関係の無い軸方向に対する動きが出る事を云う。機体を動かしたいと思って操縦しても、常に動かしたい方向に加えて更に別の動きが発生すると云う事である。
理由は、ローターのジャイロ・スコピック・プリセッションやトルクの変動など色々あるのだが詳しくは割愛させてもらおう。
その為ヘリコプターのパイロットは、単純な旋回や上昇・降下を行う場合でも常にクロスカップリングによる機体の動きを修正しながら飛行しなければならない。ましてや、それが上昇しながら旋回するといった複合した動きを伴う場合は何をか言わんやである。
それがヘリコプターの操縦を固定翼のそれよりも難しくしている一つの要因なのだ。
因みにもう一つの要因は、ヘリコプターの基本的な安定性が「負」である事だ。つまり、機体が姿勢を乱した場合、それをパイロットが自分で修正操作をしなければ、乱れはどんどん大きくなって決して元の状態には戻らないと云う事である。
それに対して、一般的な固定翼機の安定性はと言えば「正」なのだ。だから、乱れは自然と終息して、機体は元の状態に復帰してくれるのである。
ヘリコプターの操縦とは、常に機嫌を取っていなければならない我儘お嬢様の相手をしたり、目を離せばとんでもないことをしでかすいたずら小僧の面倒を看ている様なものかもしれない。
まあでも、全ては慣れだ。或いは私の様にヘリコプターの操縦しか知らなければ、比較の対象も存在せず、最初から操縦とはそんなものだと思うだろう。
「あ~、まあそうですね。
私の場合は、クロスカップリング云々以前に、SCASに慣れるまでは、逆に機体が安定しなかったですね。
よく、サッドにSCASとケンカするなって言われました」
「ああ~、なる程な。
SCASと雖も修正を開始する迄には僅かな時間が必要だ。感覚が鋭いパイロット程、その僅かな初動に対して舵を使っちまうから自分の操縦にSCASの修正が重なって、却って動揺が大きくなるって寸法だな。
所謂PIOの一種だ」
【PIO】
Pilot Induced Oscillationの頭文字で、日本語訳は〈パイロット誘導振動〉と言う。航空機を操縦するパイロットが飛行を安定させようと操作した結果発生する、操縦士の意図に反した機体の振動現象の事である。
原因は、機体の空力特性による反応時間や操縦装置のアクチュエータの速度飽和、更にパイロットの過剰な反応と操作などが複合的に組み合わされた結果発生する。
「そうなんですよ。操縦桿を動かさなければ機体も動かないだろうって言われるんですけど、最初は中々そうもいかなくて。
思い切って機体を信用したら、意外とって言ったらなんですけど、凄く安定して。これか!って」
「確かにな。ワシはパイロットとしてはロートルだから、却ってあれこれ考える事を放棄してるぜ。良いか悪いかは別として、取り敢えずは順応出来てるしな」
「私、サーペントに謝っちゃいましたよ。今迄ゴメンって」




