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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第3部「アンフィビアス」 第一章 エマージェンシー・プロシージャー
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オートローテーションその4

 うん、今は間違いなく目測は良好、接地目標であるオートロ・エリア内の手前1/3へ向かって降下している。

 よし、速度70kt。降下率も安定を保っている。

 もしもここで、姿勢のセットが上手く行かないと降下速度の修正でノーズを突っ込んだり、戻したりの操作が必要になってくるし、そもそも姿勢がよく分かっていないとしたら、計器に現れる示度を追いかけてしまい結果いつまでも所望の速度にセット出来ない羽目になってしまう事が多い、機体には惰性が有り、計器には遅れが有るからだ。


 速度は70ktを維持しているけれど、当然ながら高度の方はどんどんと下がって行く。その降下角は約17°、通常のノーマル・アプローチの場合は8°で実施しているので2倍強の急角度で降下している事になる。

 次に来るのは再度ノーズを上げての、フレアー操作である。

 オートローテーションとは、接地寸前に位置エネルギーと運動エネルギーをゼロ近くに出来れば成功と言って良い。つまり出来るだけゆっくりした速度で、緩やかに地面に降り立つ事である。

 それじゃあ、降下率と前進速度を最小にして、かつ水平姿勢で接地するにはどうしたら良いのか。

 降下を続ける機体の沈下を止めるには、機体重量よりも大きな推力の上方分力が必要で、速度を落とす為には、同じく後方への水平分力が必要となる。この二つの分力はサイクリック・ステッィクを後方に操作する事で同時に得る事が出来る。つまりそれが、これから行うフレアー操作である。

 サイクリック・ステッィクを後方に取れば、メイン・ローターのディスク(回転面)が大きく後方へと傾き、すると次の様な現象が現れる。

 ブレード全面の迎角が大きくなる為に推力が増加しその結果、降下率は小さくなる。それと共に、ローターの推力線が後方へと移動し、速度も減少する。

 更には、迎角が増加する事でブレードを加速させ自転させる力も大きくなり、ローター回転数が増加する(ここ重要)のである。


「200ftフィートチェック」

 200ftは電波高度計を使った対地高度である。計器を参考にするのはここ迄、この後の一連の操作は、全て外を見て高度、速度、姿勢を判断する。200ft(約60m)ともなれば十分地面が近いし、これからどんどん高度は低くなる。

「フレア~」

 発唱に合わせて、右手のサイクリック・ステッィクを後方へ引く。操舵量はキャノピーの斜め横から地面の流れや機体の沈みを見てそれに合わせるカタチだ。(機首を上げるので、正面は空しか見えない)

〈地面の流れや機体の沈みを見て、合わせる〉言葉で言えばそれだけなのだが、これが中々難しい。つまり、サイクリック・ステッィクを後方を引き始めたタイミングで、これから起こるであろう速度と高度の減少量とその速さを掴み、その後の操作に関して操舵の量と速さを加減しなければならないと云う事だからである。スティックを後方へ引く速度が速すぎても遅すぎても、又操作量が多くても少なくても、フレアー効果が十分に引き出せないからだ。

 因みに、引く速度が速すぎると高度が適切に下がらず、最後の接地操作の時に高い高度から落着させてしまう事になるし、スティックを引く速度が遅ければ、今度は降下率を十分に減少させる事が出来ずに、地面に突っ込む事になるだろう。

 又、引く量が多すぎれば、過度なノーズアップとなり、機体が後方に傾いた状態で接地してしまう恐れが有るのだ。後傾姿勢だけならばまだしも、ノーズアップが6°でテール・ブームが地面に当たり、10°になればテール・ローターが地面を叩いてしまう。

 だから、スティックを引き始めたタイミングで機体の動きに現れる初動を体感し、この後このままの速さで操作すべきか、操舵量はどの程度にすべきかを判断するのである。

 そもそもの話なぜサイクリック・ステッィクの操作を合わせる必要が有るのかと言えば、オートローテーション時の機体重量や風向・風速が毎回違って来るからなのだ。どんな時も機械的に同じ操作で良ければこれ程簡単な事は無いが、それを許してくれる程ヘリの操縦は単純では無いのだ。

(あと何度も言ってるけど、操舵には結果が現れるまでの遅れが有る事も考慮に入れておかなければならないわよ)


 機体はフレアー操作によってノーズアップの姿勢となり、キャノピーの右側から斜め下を見ている私にもはっきりと地面の近づき具合や、芝生の流れる速度の変化が見て取れる様になっている。ここで視線をチラと一瞬だけコンソールパネルに飛ばし、ローター回転をチェックする。

 回転計の針はグリーンマークの上限まで増加しているが、制限値内には収まっている。


 目測で高度は15~20ft、速度は駆け足程度まで落ちてきた。位置エネルギーと運動エネルギーには限りがある。いよいよ行き足が衰え、フレアー効果が尽きようとしているのだ。これからは更にタイミングが重要となる。


 フレアー効果によって減少していた降下率が、その消失と共に再び機体を大きく沈下させる。その時に体感されるフワッとした一瞬の浮遊感を逃さず捉えて、最低位置にあったコレクティブ・レバーを小さく、だが鋭く引き上げる。

「イニシャル!」

 コレクティブの使用量はあくまで少量、体感した沈下を一瞬だけ止めるイメージ。実際には沈下は止まらないがそれでいい。

 そしてイニシャル・ピッチから間を置かず、すかさず機体を水平に戻す。

「スキッド・レベル」

 水平になった機体は、前進速度を残しつつ降下を続け、高度は今や地表面まで10ftを切っている。

後は安全に接地するだけだが、まだ降下率は大きい。

 ここでフレアー時に増加したローター回転が生きてくる。最後に残ったコレクティブ・レバーの引きしろ全てを使って、回転エネルギーを機体重量に等しい上向きの推力に換え、緩やかに地面に降り立つのだ。

 この時の視線は一つ所に固定せず、周辺を大きく観て機体姿勢と高度・速度を判定する。

 機体はあくまで水平を維持、沈みに応じてコレクティブ・レバーを引き上げる。地面との距離を見誤れば、接地する前にコレクティブを使い切ってしまい最後は落着となるか又は、使い切れずに大きな沈下を残したままの接地となってしまうだろう。

「ピーッチ」

 よし、タイミングもバッチリ。しっかりとコレクティブを使った接地が出来たわ。前進速度を残したままの接地だったから、機体はオートロ・エリアの転圧された芝生の上を1~2機長程滑って停止した。

 機体が停止した位置はオートロ・エリアの中央付近になったけど、接地場所自体は課目開始時に宣言したオートロ・エリア内の手前1/3に概ね出来たわ。

「課目終了」


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