オートローテーションその3
さてオートロを成功させる為には、最小降下率速度70ktで降下する必要が有るのだが、そこで重要となるのが姿勢制御となる。
発唱でも「70kt姿勢セット」と言っているが、ヘリコプターには100ktで飛行するには100ktの姿勢、120ktには120ktの姿勢が決まっているのだ。だから、その姿勢と推力(通常はメイン・ローターのピッチ角に伴うトルクの値として計器に指示される)が釣り合っていれば水平飛行となり、少なければ降下、多ければ上昇する事となる。
実は、私は最初の頃この姿勢による操縦にてこずった。勿論90kt、100ktと自分が設定した速度で飛行出来なければライセンスの取得など覚束ないので、そこは問題が無かったのだけれど、狙った速度の姿勢に一回でピタッと合わせる事が中々出来なかったのだ。
姿勢をセットした後は必ず、トルク計と速度計、A/I(姿勢指示器)を見ながら舵を探る様にして所望の速度になる様に微調整が必要だったのである。
100ktと90ktの姿勢の違いなど計器を見てもほんの僅かな差で、ましてや対象物の無い空中にあってそれを判断するなど出来る筈も無いと思っていた私は、なので舵を探りながらの操縦は仕方が無いし、そう云うものと考えていた。
そう云うものと考えていたのだが、あるフライトの最中に突然「分かってしまった」のだ。
今思い出しても、それは感動の瞬間だった。
ある日のフライト中、全く突然に、何の前触れも無く《速度に応じた姿勢》が理解出来たのだ。今は、それが当たり前に出来ているのだけれど、実に不思議な体験だった。それまで、何となくこの辺かしら? と思っていた姿勢を何の迷いもなく一発でセット出来る様になっていたのだ。
100ktにしたければ、一回で100ktに、そこから110ktに増速したければ110ktにと、面白い程簡単に姿勢をセットする事が出来た。勿論、計器を頼りにしないで、外を見てである。あれ程不確かだった感覚が一瞬で切り替わったみたいだった。今迄あった目の前の霧がスッキリと晴れて、全ての状況が手に取る様に分かる様になった感覚とでも言えばいいのか。こんな体験は操縦を始めてから初めての事だった。
多分、今迄のフライト中ずっと、出来ないながらも姿勢による操縦を追求していたその積み重ねが、結果として突然に現れたのだと思う。飛行学校を卒業してから実に1年以上が過ぎていた。
こんなに劇的な変化では無かったものの、同じ様に今迄何度やっても思うように上手く行かなかった操作が、ある日突然出来る様になる事がその後も何度かあった。
努力の結果とは、右肩上がりに直線的に現れるのでは無く、ある時点までは結果としては見えず、一線を越えた時初めて目に見える形で実感出来る様になるものであるのかも知れない。
「目測良し」
70ktの姿勢にセットしたら今度は目測の判定だ。
何に対する目測かと云えば、このままの降下率で降下していった場合、当初設定していた地点へ接地出来るかどうかの判定である。
ノーズを上げた減速姿勢から70ktの姿勢に戻す事によって、機首の向こうに隠れていたオートロ・エリアが目視出来る様になり、目測の判定も可能になるのだ。
ただし訓練を始めた最初の内は、果たして目標地点へと辿り着けるものかどうかの判断などまるで付かなかったのが正直な所だ。計画上はエントリーポイントでオートロに入れれば大丈夫な様になっているので、とにかく発唱だけは「目測良し」と言っていた。(流石の私も正直に「目測不明!」などとは言えなかったわ)
これも、何度も数えきれない訓練をこなし経験を積むことで自分の中に一定の基準を作るしか無い。もしかしたら、そんな苦労をしなくても良い天才的なパイロットが何処かにいるのかもしれないけれど、残念ながらそれは私では無かった。




