オートローテーションその2
さて、ファイナルターン(第4旋回)を終えた私は、オートロ・エリアに機体の軸線をアラインさせる。オートロ・エリアとはランウェイ(滑走路)に平行に作られた転圧されたグラスエリア(芝地)で、長さは250m程とランウェイの約1/4の短い範囲だ。
私の設定した接地目標は更にその1/3である。
軸線を合わせてからエントリー・ポイントまではあっという間よ。旋回を終えてから、しっかりと高度1000ft、速度100ktを安定して維持する。〈安定して〉って所がミソかしら。
進入諸元を厳守する事は重要だ。例えオートローテーションのエントリー操作時の高度が1000ftだったとしても、その時に少しでも上昇や降下成分が残っていたりすると、その後の機体の挙動に変化が起きてしまうの。それだと都度、操作に対する結果に違いが出てしまう事になる。それは、特に経験が浅い基礎的な訓練を必要とする者にとって甚だ不都合で効果的な練成からは外れてしまうって訳ね。
だから今回のオートロの訓練ではそれを正しく行う為に、旋回終了から高度一定・速度一定に飛行諸元を素早くセットする事が重要になって来るって事。
操縦って全てが万事そんなカンジよ。課目一つ一つを成功させるには、その前の段階から既に重要って考え方。
それはスポット(駐機場所)からホバリンクに移行する一番最初から始まって、フライトの全てが繋がっていて、とにかく手を抜ける事なんて一つも無い。
でもね、手を抜くって云うのとはちょっと違うけど〈余裕を持つ〉って事は大切よ。高度も速度も誤差0を追求していれば、いつかはそれが出来る様になり、厳密に諸元を追求する必要のない場面でそれは操作の余裕となるわ。
操縦の道に終わりは無く、だからこそ遣り甲斐があり、そこが面白い。これぞ女子一生の仕事、全てを懸ける価値が有る。
話をオートロ訓練に戻しましょうか。
エントリーポイントは当然訓練なのだから、確実にオートロ・エリアに辿り着ける地点を選定する。先ずは地上に目標物を設定して、そこから機械的に操作を開始する。ある程度経験を積めば、機体の重量や風の状況を考慮して位置をずらしたり、或いはオートロ中に修正操作をする事も出来る様になる。
オートローテーションと云う課目一つ取っても、パイロットのレベルに応じて内容は様々有るのだ。
よし、進入諸元のセットも出来た。タワーからの情報では風は350アット12、今のレントン飛行場のランウェイ方向は34(340° 風の状況によっては逆の120°となる)だからほぼ正対風、やや強めの風って所だ。
「進入ぅ~、今!」
エントリーポイント直上、オートロ操作開始よ。
「ピッチ最低、フライト・アイドル、減速」
まず左手のコレクティブ・レバーを最低位置まで素早くスムーズに押し下げる。これでメイン・ローターのピッチ角がフラットになって、ローター回転の抵抗が最小となる。
次は、コレクティブを最低にしたタイミングに間髪を入れず、エンジンのスロットルをアイドル位置まで、これも素早くスムーズに絞る。
ヘリコプターのスロットルは固定翼機の様な独立したレバーでは無く、バイクの様に回すタイプの物がコレクティブ・レバーに付いているので、コレクティブ・レバーの操作から手を放さずにそのままスロットルも操作できる。因みに、バイクとは違ってヘリのスロットルは回転させた後手を放しても閉位置に戻る事は無く、その位置で固定される。
固定翼機は推力の調整をスロットル操作によるエンジン出力の増減で行うのだが、ヘリの場合、通常運航時のスロットルは常にフル・オープン状態だ。では推力の増減はと云うと、コレクティブ・レバーを上下に操作して行うメイン・ローターのピッチ角の増減で実施するのである。
左手はコレクティブ・レバーを最低位置まで下げた後、スロットルをアイドル位置まで絞るのだが、それと同時に右手は減速操作の為にサイクリック・ステッィクを後へと倒す。人の口が一つしか無いから、フライト・アイドルに次いで減速って発唱してるけど、スロットルを絞るのとアフト・サイクリックは同時に操作よ。
減速操作をする理由は、進入諸元の100ktからサーペントの最小降下率速度付近である70ktにセットする為だ。
ここでは更にラダー・ペダルの操作も入る。ラダー・ペダルの役割はテール・ブームの先にあるバーチカルフィンで回転しているテール・ローターの推力を増減させる事によって、メイン・ローターの回転によって発生する反トルクを制御する事である。
つまり、コレクティブ・レバーを最低位置まで下げてメイン・ローターのピッチ角をフラットにし、更にスロットルをアイドルに絞る事で減少したメイン・ローターのトルクに合わせて、テール・ローターの推力を調整すると云う事だ。
トルクの減少をそのまま放置すれば、機首は左を向いてしまいサイドスリップ(横滑り)状態を引き起こしてしまう。従って操作としては、右ラダーを適切なタイミングで必要な量を踏み込み機体の釣合い状態を維持する事となる。
「ボール・センター」
ボールとは、計器の中のターン&スリップ・インジケーターに付いている機体の横滑りを表示する球の事だ。ボールが中央にあればスリップ無し、左右どちらかに寄っていれば、その方向に滑っている事を示している。
操舵にはクロスカップリングにより、一つの操作に対して他の動きが現れる。その為、常に修正の舵が必要となる。ヘリコプターの操縦では3舵のコーディネートが重要となる所以である。
3舵とはサイクリック・ステッィクとコレクティブ・レバー、それにラダー・ペダルの事だ。
繰り返すが、コレクティブとスロットルの操作に対するラダーの踏み込みは多くても、少なくても機体がサイドスリップしてしまう。何故サイドスリップを気にするかと言えば、機体が降下中に起きるサイドスリップはその降下率を大きくする為である。この後70ktの最小降下率に速度をセットしても、ボールが滑っていれば降下率が違ってしまう。それは、最終的には接地しようとした目標地点に辿り着けなくなる事を意味する。
「ローター、ミドル・グリーン。N1、71.2%」
ターン&スリップ・インジケーターによるボールの滑りをチェックしたなら、それに引き続きメイン・ローターの回転数とN1回転計もチェックする。
減速姿勢のままなので速度は減り続けているから、計器のチェックは悠長にしていられない。視線をそれぞれの計器に一瞬だけ飛ばして計器示度を確認する。
当然この時、「え~と、この計器はパネルのどの場所にあったっけ?」などとやっていたら、次の操作に移るタイミングを失してしまう。10個以上あるそれぞれの計器がコンソールパネルの何処に配置されているかは完璧に頭の中に入っていて、見たい計器に瞬時に焦点を合わせられる様に日頃から意識している必要が有るのだ。
この時チェックする、〈ローター回転〉とはその物ズバリ メイン・ローターの回転数の事である。
ローター回転計には、エンジンをアイドルに絞ってもオートローテーションを安全に実施出来る回転を維持出来る範囲がグリーン・マークで表示されている。私が発唱した「ミドル・グリーン」とは、ローター回転が丁度グリーン・マークの中央に有ると云う事だ。
次にN1(エヌワン)だが、N1回転計とは別名ガスプロデューサー回転計と言い、簡単に説明するとエンジンのコンプレッサーの回転と思って貰って概ね構わない。
つまり、訓練の時はエンジンがアイドルの値を示しているか、アクチュアル(現実・実際)の故障の時はエンジンの状態がどうなっているのかを確認するのだ。(当然エンジンが止まれば、N1回転は0になる)
機体は減速を続け、あっという間に当初の100ktから80ktを切る。降下中の速度は70ktにセットしなくてはならないのだから、ぼやぼやしては居られない。機体はエンジンから供給される出力が0の為、課目開始からずっと高度を維持できず地面に向かって降下し続けているのだ。
「80ktチェック、70kt姿勢セット」
ここで重要なのは、減速中に80ktを確認した時点で機体姿勢を70ktにセットする事だ。
機体の惰性を念頭に置いた操作によって、よりスムーズな諸元設定を可能とする為である。計器速度が70ktになってから、姿勢を70ktに合わせても遅い事は分かると思う。どれだけのリード量を取って操作を開始するか、サイクリック・スティックをどれだけの速さで操作するか、それも経験だ。
課目開始から、ここまで15秒。これを訓練では無く実際にエンジンが出力低下した際にも、常に発揮できるパフォーマンスを身に付ける必要が有る。




