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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第五章 連 戦
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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

「そうよハーレー! 彼我混交だわ」

『え、何だって』

「どうせだったら、思い切って相手を引っ掻き回せって事よ」

『ジュリエット、お前…』

『いいんじゃない、悪くないわ』

「ダークっ」

『しかしなあ。う~ん、…まあ、それしか無いか』

「そうですよ、日本の諺にも〈身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ〉ってのが有るんです。

 水に浮かぶには、そもそも水に飛び込まなきゃ」

『よし、迷っていても仕方が無い。決めた、それで行こう。

 ジュリエット、二手に分かれるぞ。2方向から突っ込んでCCW(Counter Clock Wise:カウンター・クロックワイズ、反時計回り)に1周、それぞれ反対方向へ離脱だ。

 まずはASR、オールで撃て』

 最初の射撃の効果か、敵の砲兵部隊にも陣地変換の予兆の様な物が見え始めている。

 更にダメ押しだ。

 戦車部隊はこちらをやっと認識した状態だろうが、モタモタしてはいられない。

「よし行くわよ。ASR前進射撃、射撃準備」

「見張りよし」

 プリンスから打てば響くような返答、いいわ。

「了解。RMS(ロケット・マネジメント・サブシステム)セット確認。弾種MPSM(マルチパーパス)、オール。

 目標確認、準備良し。

 レーザー発射…今!

 照準開始…。

 発射よ~い…発射ぁ。

 左旋回離脱、ASR残弾0」

 私は、統裁部への意思表示の為に射撃動作の無線を外に飛ばす。

「サーペント4番機、ASR36発、発射!」

 ハーレーと私達の2機は、射撃のコールと同時に左右に分かれる。分散して逆方向から敵の砲兵陣地へと突入を開始する為だ。

「ジュリエット、敵戦車が射撃してるぞ」

 周囲の索敵を担当しているプリンスからだ。敵が装着している模擬交戦装置にも当然、私達の物と同様に射撃に連動したストロボライトが付いている。それがフラッシュしているのが確認出来たのだろう。

 但し、こっちは今や100ktノットを超えつつ有り、更に対地高度は20ftを切っている、低空・高速だ。この状況では、そうそう当たるものでは無い。しかもただ直線飛行している訳でも無いから、照準も定まらない筈だ。

 疎らに生えている低木がもの凄い勢いで腹の下に吸い込まれていく。視線はなるべく遠くに飛ばす。目の前を注意していても無駄だ、障害物はあっという間に近づいてくる。より遠くで障害を発見した方が対処の余裕が生まれる。

 よく考えたら、ここにも時間と空間のトレードが発生している。

 まだ低く下がれるが、どうするか。いや止めておこう、以前の訓練で調子に乗り過ぎて道路標識を引っ掛けそうになった事を思い出した。

 あの時も、なだらかな丘を越えた瞬間に目の前に看板が現れたのだった。まあ、ここに標識は無いだろうけど。

 問題は、

「プリンス、ZSU(自走対空機関砲シルカ)は確認出来る?」

 対空戦闘を専門にする兵器だ、MANPADS(携帯式対空火器)と並んで最も警戒すべき相手である。但し、これだけ低く飛べばグランド・クラッタ―に紛れてZSU得意のレーダー射撃は出来ない筈だ。

「待て… いた!」

「どこ!」

「あ~、あっ、撃破、ZSU撃破」

 プリンスはコンソール正面のディスプレイに映し出されたNVS(ナイトビジョン・システム)の赤外線画像を確認している。その高倍率に拡大された画面の中でZSUが煙を上げているのが見える。煙幕とは違いあっという間に煙は流れ去ってしまうが、それこそが模擬交戦装置による撃破の印である。

『ハーレーだ。こっちは対機甲兵装で出撃してる、SEAD(シード:敵防空網制圧)は任せておけ。その代わり情報は重複を厭わず上げてくれ』

「了解」

 敵陣までは6kmを切った。直線的に向かっている訳では無いが、それでも2分とかからずに到達する計算だ。

「プリンス、ヘルメット・サイトでGUN射撃を準備して。出来る?」

「HS・GUNだな」

 HS、つまりヘルメット・サイトだ。ヘルメットに連動したGUN射撃である。

 索敵サイトを使用しない為、精密射撃は出来ないがその反面臨機目標への反応速度は各段に上がる。

「そう、アーマメント・コントロール・パネルにスイッチが有るわ。分かる?」

「見つけた。OK、ヘルメット・サイトにGUNレティクルの表示を確認」

「模擬交戦装置の切り替えもね、そっちは自動じゃ無いから。今はASRになってる筈よ」

「切り替えよし、ラウンド・リメイニング100(残弾100発)。あっという間に撃ち切っちゃうな。まあ、対地制圧兵装なら仕方無いか」

 何度も言うけど、私達だってミサイルもロケットもGUNも、そして燃料も最大搭載量を積んで出撃したいのは山々なのよ。でも、離陸出来る機体重量が決まってる以上、任務に合わせた兵装を組み合わせ、重量計算しなくちゃならないの。

 いよいよ、敵の砲兵陣地が目の前に迫る。自走榴弾砲は射撃中というよりは、緊急陣地変換の為にあたふたしている様だ。

 うん、さっきのASRによる攻撃効果が出ている様ね。敵自走砲の損害は不明だけど、一時的にせよ射撃を中断させる事は出来たみたい。とりあえず制圧任務もなんとかなったかな。

「プリンス、ZSU(自走対空機関砲)もそうだけど、BMP(装甲歩兵戦闘車)にも注意よ」

 事前に確認した砲兵大隊の編成にBMPは入っていなかったが念の為だ、大隊には必ず射撃に関する指揮機能が編成されている筈だ。

 BMPの装備する30mmの車載機関銃は対空火器としても使え、射程は4kmと決して侮れない相手なのだ。

『ハーレーだ、間もなく陣地上空。IR(赤外線)サーチライトを瞬間点灯させるからこっちを確認しろ。眩惑されるなよ』

 ハーレー達は正面、こちらとは反方位で進入して来ている筈だ。

 一瞬の光

 見えた! IR(赤外線)の光芒は、肉眼では見えないがバイザーに映し出されるNVS画像によってしっかりと確認出来た。

「ジュリエット、インサイト。こちらも突入」

 よし、向こうとはしっかり軸線が外れている。これで空中衝突の心配は無い。

 ここからは、お互いに渦を巻く様に左旋回で敵の陣地を1周する手筈である。

「周り中敵だらけだ、選り取り見取りだな。HS・GUN、射撃開始する」

 私は、ラダー・ペダルを左右踏み替えながら機体を滑らせ敵に狙いを定めさせない様に飛行していたが、ここぞと云うタイミングで左足をグーと踏み込む。

 そう、今迄散々練習して来たドリフト旋回だ。本来は〈旋回急停止〉の際に使う技なのだが、今回はその応用だ。

 ただのサイドスリップにならない様に、機体をバンクさせ更に機首を突っ込む。

 私達のサーペントはテールを空に突き上げながら、あたかもラリーカーが豪快にドリフトを決める様に、地面すれすれを弧を描いて行く。ラダー・ペダルのコントロール・マージンに余裕を残す事も忘れない。

「うっは。いいぞジュリエット、命中だ!」

 GUN射撃をしているプリンスからだ。本来、GUN射撃はホバリングでの精密射撃やFIXED・GUN(フィックスド・ガン)、つまり機軸方向に銃身を固定した状態での射撃以外、命中精度はかなりの割合で落ちるものなのだが、このドリフト旋回では予期せぬ副次的効果が発揮された様だ。

 ドリフト旋回は、機体こそ派手な横滑りをしているが、大きな円の外周をなぞる様に機首を内に向けて飛行している為、旋回の中心付近に関しては概ね停止目標と同じ状態となっていたのだ。それでも、風による弾丸のドリフトが弾道に影響を及ぼす事は避けられないが、その程度であればFCC(ファイア・コントロール・コンピューター)の自動補正で十分である。

 それに対して敵は、私達を照準に捉え続ける為には常に銃身を旋回に合わせて動かし続けなければならない。

 移動目標に対する偏差射撃は狙いを標的の進行方向、つまり何もない空中に向けて撃たなければならない。その事を頭では分かっていても、余程慣れている場合を除いて敵が見えている場合は、どうしても直接敵を照準してしまうものなのだ。今のように、奇襲的な襲撃を受けた場合は尚更だろう。

 更に言えば、機体の実際の飛行方向はドリフト飛行の為、機首の向いている方向とは大きくズレている。それも射手が適切なリード量を把握する事を阻害する要因となっている筈だ。

 そして反対方向からは別の機体も突っ込んで来ている。こちら側からすれば2機による襲撃と分かっているが、相手は暗闇の中での対応を余儀なくされているのだ。忘れない様に再度言っておくが、今は夜間でヘリは無灯火による襲撃だ。逆方向から2機が、ほぼ同時に突入している、敵が軽いパニックに陥っていても何ら不思議は無い。いや、それを狙ったのだが。

「ジュリエット、離脱する」

 ほとんど減速無しで振り回した為、あっという間に陣地を突き抜けて行く。

 こちらが安全に離脱する為の突入だったが、予想以上に効果があった様だ。ある程度の制圧も出来たのではないだろうか。

 よし、敵が混乱から回復する前にさっさと退避だ。

 陣地中そこかしこで様々な火器による射撃を模したストロボライトのフラッシュが瞬いているが、今の所こちらの模擬交戦装置に損傷の表示は出ていない。


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