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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第五章 連 戦
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1+1=∞

 こちらへと接近していた敵の機甲部隊だったが、更に経路を変えて砲兵部隊が展開している陣地地域へと向かう。

 一応距離は取っているものの攻撃準備命令が撤回された訳では無い。その為、この場を完全に離脱する訳にもいかず、敵へ正面を向けた姿勢、つまり暴露面積を最小にしたままで低空を低速で位置取りを探る様な、なんとも中途半端な状態を余儀なくされる。

 いや、却って大きく機動した方が敵に発見され易いか。レーダーワーニングが沈黙しているから敵も気付いてはいないのだろうが、戦闘のイニシアティブはこちらが握っておきたい所である。


『サーペントへ、こちら統裁部。敵砲兵部隊を制圧せよ、攻撃開始。

 繰り返す、直ちに攻撃を開始せよ』

 待ちに待った攻撃命令だったが、最悪のタイミングだ。ハーレーが要求していたリードタイムも無視されている。

 今攻撃したら、距離が有る敵の砲兵部隊はともかく移動中の機甲部隊には流石に気付かれてしまうだろう。

 実弾を発射する訳では無いので、攻撃されている部隊以外に存在を知られる事は無いと思うかもしれないが実は、模擬交戦装置には火器の発射を模擬する為のストロボ・ライトが組み込まれているのだ。

 少々の距離が有ると云っても、闇夜にストロボのフラッシュが連続して瞬くのである。いくら敵が間抜けでも、その瞬間に気付かれてしまうだろう。

 もう少し待てば敵は完全に方向を変えて背中を見せるのだが、今はまだ半数以上がこちらを向いている。

『小隊、ASR射撃。ペア2、射撃は各個に開始』

「4」

 ASR(空対地ロケット)は、ピンポイントで目標を打ち抜く兵器とは違って、ある程度の数で面を制圧する事を目的としてるって事は話したと思う。その為、今のサーペントには1器につき19発のロケットが搭載出来るタイプのポッドを左右のスタブ・ウイングにそれぞれ1つづつ吊り下げている。

 なので最大38発のロケットを搭載する事が出来るのだが、離陸が可能な機体重量や戦闘時間に必要な燃料等の兼ね合いもあって、今回は30発搭載している事になっている。勿論、実際はロケット・ポッドのみの搭載で弾は1発も載せていないのだが、ここで好き勝手に搭載数を決めてしまえば、現実性の有る演習で相手を鍛える事は出来ない。

 因みに先程のハーレーからの射撃号令で〈ペア2〉とあったが、これは一度の発射で何発のロケットを撃つのかを示している。ランチャーに搭載された全弾を一気に撃つ事も勿論可能だが、1発づつ撃ったり、2発や4発を同時に撃つ事も出来る。

 今回のペア2では、左右両ランチャーから2発づつ、計4発の同時発射となる。1発のロケットからは9個の子弾が放出されるから、目標地域へは1機あたり1回の射撃で36個の子弾が落下して来る事になる。

 今回ランチャーに搭載しているロケット弾はMPSM(多目的親子弾)の設定だが、任務や運用によっては1器のランチャーにMPSMとスモーク弾といった異なる弾種を混載する事も可能だ。そんな場合でも、それぞれの弾種毎に発射を制御する事も出来るのだ。まあ、当然か。


 命令と有れば仕方ないが。上級部隊(統裁部)としては、現場の損耗も織り込み済みで攻撃の効果を得たいのだろう。

 敵は今、砲撃準備に忙殺されている筈だ。このチャンスに一撃を掛ける事が出来れば、攻撃の効果は更に増大すると云うのが統裁部の目論見なのだろう。混乱した状況を作り出して部隊の対応を見たいのだ、それは分かる。しかしその結果、こちらが成す術も無く敵に墜とされる訳にはいかない― どうする。

 ええい、今は迷っている場合じゃない。攻撃命令は既に出されているのだ。

「プリンス、私達も攻撃を開始するわよ。引き続き見張りヨロシク」

「ウィルコ」(了解し、指示に従います)

 繰り返しになるが、ASRはミサイルと違って機体を操縦して目標に照準を合わせなければならない火器である。自ずと役割分担もミサイルのそれとは違ってくる。

 ミサイルの場合は射手と操縦手とに分かれて射撃を行うが、ASRは操縦者が自ら照準して射撃を行わなければならないのだ。

「目標に正対、前進開始」

 目標までの距離は7kmは有る。当然、目視では敵の砲兵部隊を確認する事は出来ない。敵が陣地占領している概ねの位置を把握しているだけである。

「ジュリエット、目標位置はここだ」

 プリンスは、NVS(ナイトビジョン・システム)の高倍率モードを使用して目標の正確な位置をマークする。

 その目標位置は、ヘルメット・ディスプレイをロケット・アタックモードにセットしてある私の視界に共有される。

 二人乗り操縦の強みだ、相手が今何を欲しているかを素早く察知してアシストする事が出来れば1+1が3にも4にも成る。

 〈一人一人は小さな火だが、二人合わせれば炎になる〉ってアレだ。まあ逆も有るんだけどね、今回の私とプリンスのペアは急造にしては上手くいっているんじゃないかな。

「了解、目標捕捉。ゾーン・アーム、模擬アーム」

 武装システムの大本であるマスターアームは現在スタンバイ状態だから、ロケット射撃の最終安全装置を解除する為のゾーン・アームも当然実際にはアーム状態にはしない。あくまで、正式な手順を踏んだ射撃を模擬する為のコールだ。

「レーザー発射、今」

 FCC(ファイア・コントロール・コンピューター)に目標の距離情報を自動入力させる為にLRF(レーザー・レンジ・ファインダー)でレーザーを打ち込む。FCCにはそれ以外にも現在の気圧、気温等の情報が入力されている。特に今回は前進射撃の為、射距離は時間と共に減少して行く、その計算の為にも距離情報は重要である。当然、飛行速度もリアルタイムでFCCへと提供されている。

「照準開始」

 私のヘルメット・バイザーにはFCCにより計算された結果の照準点がFCR(ファイア・コントロール・レティクル)の小さな四角形のシンボルとして表示されている。照準は、そのFCRを目標に重なる様に機体を持って行く事である。

 目標迄は距離が有り、その為照準にはノーズアップの必要が有る。その操作は非常にデリケートだ。

 先程も説明したがASR(空対地ロケット)の射撃とは、照準が一致した一瞬を捉えただけの発射では命中しないのだ。ノーズアップの速度が早ければ惰性を制御しきれずに目標を行き過ぎてしまい、ノーズを不必要に上下させる事になってしまう。かと言って照準に時間を掛け過ぎると今度はFCCで計算している距離情報の正確さが失われてしまう。

 上下方向(ピッチング)についての話しかしていなかったが、当然左右方向(ヨーイング)についても同様である。とにかく機体に角速度が付いた状態での射撃ではロケットは命中しないのだ。

 私も、この時ばかりは照準操作の一点に全力で集中せざるを得ない。勿論、照準操作に入る直前には周囲に自分を攻撃できる態勢にある敵がいない事は確認するが、トリガーを引く一瞬は余計な事を考える余裕は無い。

 私の操縦に合わせてFCR(ファイア・コントロール・レティクル)がスルスルと目標へと動いて行く。もう直ぐ重なるタイミングで機体の慣性をコントロール、FCRと目標が一致したらその状態を維持する。ホンの少しの間で良い、機体を上下左右どちらへも動いていない状態を作り出さなければならない。

「発射よ~い…」

 精神は緊張していても、それを手足に伝えてはならない。あくまでスムーズに機体をコントロールし続けなければならない。

 緊張とは裏腹に私のボイスは気の抜けたモノに聞こえる筈だ。どんな時でも平常心、例え被弾し、地面に激突する直前であっても最後の最後まで冷静にあらねばならない。それがパイロットと云うものだ。

 よし、今!

「発射ぁ」

 心の動きとは裏腹に発射のコールは、何とも間延びした感じだ。

 まあ、当然か。緊張したままトリガーを引いたのでは、それ迄苦心して機体を安定させてきた全てが一瞬で台無しになってしまう。

 模擬交戦装置のディスプレイ上ではロケットの残弾が26になっているのを確認。よし4発、無事発射出来た。

「レフト・ターン」

 私はロケットの発射を確認後、次の射撃に備えて機体を左旋回に入れる。次の周回に入るのだ。本来なら弾着を観測して次の射撃を修正する所なのだが、今回は実弾では無い為確認のしようが無い。

 まあ、今頃は統裁部が一生懸命結果を審判しているだろう。

 今はそれよりも、敵の増援と思われる機甲部隊の動向だ。果たしてこちらを発見したのか。ASRの模擬発射の際はスタブ・ウイングで派手にストロボライトがフラッシュしていた筈である。

『フォーメーション、敵増援が散開を始めた。こちらを見つけたのは確実だろう。

 次の射撃は残り全弾をオールで撃て』

 あ~、儚い希望だったわ。まあ、敵の間抜けを期待してもしょうがないか。

「了解、その後は?」

『その後か…、さてどうするか』

 ちょっと、ハーレー。

 でもそうね、機体を隠せる地形は全く無いし、敵との距離は近すぎる。それを考えたら単純な離脱は難しい。

 何か手は無いものか、頭の隅で引っかかってるモノが有るんだけど…。

 う~ん…。

 …ソ連のドクトリン…

 …クラウゼヴィッツの論理…

 …戦いの原則…

「そうよハーレー! 彼我混交だわ」

『え、何だって』

「どうせだったら、思い切って相手を引っ掻き回せって事よ」


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