ロケット射撃は職人技
『統裁部、こちらサーペント小隊。目標捕捉、攻撃準備良し』
ハーレーが統裁部とコンタクトを取っている。
『サーペント、統裁部了解。そのまま待機せよ』
『サーペント了解。
あ~、統裁部へ。対空火器についてはミサイルを使うが、中隊陣地地域にはロケット射撃を行う、射撃目標の座標を予め送るので、そちらも効果判定の準備をしておいてくれ。』
ASRによる射撃の効果判定は、ミサイルと違って模擬交戦装置を使えないので、統裁部によるアナログ式だ。もしかしたら、サイコロを振ってるかも。
『統裁部了解した。目標座標、射距離及びロケットの弾種を送レ』
『座標、3306 5335。射距離8000。弾種MPSM(多目的親子弾)』
『統裁部、了解』
私達は、ハーレーと演習統裁部との遣り取りを聞きつつBP(攻撃位置)の端を起点としたレース・トラックを作ってホールディングを行う。
レース・トラック、つまり陸上競走場の様な楕円形である。ASRは無誘導の火器である事は説明した、それは射撃の精度が発射時のプラットフォームの安定状態に大きく依存していると云う事でもある。
いくらSCAS(スキャス:操縦性安定性増大装置)の恩恵を受けているとは言え、射撃の照準を行う場合、ホバリング状態よりは前進飛行している方が機体を安定させる事は容易である。
ロケットの照準は、弓矢を打つのに似ていると思う。射距離が遠くなればなる程、照準点は上に移動する、正に弓なりの弾道である。
地上にある砲ならば、砲身のみを振り上げれば事足りるが、ヘリコプターではそうはいかない。何故ならロケット・ポッドはスタブ・ウイングに固定されいるのだ、つまり機体ごとロケット・ポッドを目標上の照準点に向けてやらなければならないのだ。それは、ノーズを上げた状態で機体を安定させて照準、発射を行わなければならないと云う事なのである。
いや、ただノーズ・アップするだけだろうと思う人もいるだろうが、事はそれ程簡単では無い。
ヘリコプターは〈姿勢で操縦する〉と言われる乗り物である。つまり、100ktなら100ktを維持できる姿勢が有り、90ktなら90ktを維持できる姿勢が有る。
ホバリングを考えれば、もう少し分かりやすいだろうか。安定したホバリングをしている機体がノーズ・ダウンすれば当然前進するし、ノーズ・アップすれば後進する事は理解出来ると思う。
そう云う事なのだ。例えばホバリング状態でロケットを撃つとしたら、その射距離に応じてノーズ・アップした状態で射撃しなければならず、当然ながらノーズ・アップしたヘリは後ろへと進み、後進状態で機体を安定させながら照準・発射を行わなければならないと云う事なのである。
さてここで、レース・トラックを作ると云う事に話が戻るのだが。
機体を安定させると云う事において、ホバリングからの後進状態と、前進飛行中にノーズ・アップするのとでは、どちらが容易かは考える迄も無い。
前進射撃は、ホバリング射撃に比較して照準を安定させ、延いては射弾を収束させる事に有利に働くのである。
私は、コンソールにRMS(ロケット・マネジメント・サブシステム)を呼び出し、これからASR(空対地ロケット)による射撃を行う事を機体に知らせる。
ディスプレイ上で弾種にMPSMが選択されているかを確認し、併せて目標迄の距離設定をレーザーによる測距データが反映されるモードにセットする。
ASRが無誘導とはいえ、照準点はただ単に目標そのものを狙う訳では無い。目標までの距離は当然として気温、気圧、機体の速度、横滑り、パワーの増減、磁方位、メイン・ローターからのダウンウォッシュ等々、様々な条件がRMS(ロケット・マネジメント・サブシステム)やADS(エア・データ・サブシステム)等からFCC(ファイア・コントロール・コンピューター)に集められ、弾道補正や射撃照準計算が精密に行われるのだ。その結果として、射手のヘルメット・ディスプレイにFCR(ファイア・コンソール・レティクル)が表示され、命中精度を向上させるのである。
この様にASRの射撃では、FCC(ファイア・コントロール・コンピューター)からの最適な照準点が示されるのだが、それをしっかりと捉えて射撃出来るかどうかは、実はパイロットの腕にかかっている。
どう云う事か。
ASRの射撃ではFCC(ファイア・コントロール・コンピューター)によって計算されたFCR(ファイア・コンソール・レティクル)を目標に一致させて(重ねた状態で)発射するのだが、この際一致した状態をある程度の時間〈安定して維持〉する必要があると云う事なのだ。
つまり、目標を照準していてFCRが瞬間的に重なったタイミングでロケットを発射しても、命中は覚束ないのである。
これは射撃理論と云う事になるのだが、まずヘリコプターからの空中発射が砲外弾道に影響を及ぼす要因を知らなければならない。
要因の一つ目としては、先ずローター吹き下ろし誤差と云う物が有る。
ローター吹き下ろし誤差とは、文字通りメイン・ローターからの吹き下ろし空気流が発射直後のロケット弾に作用して風見効果を生じ、弾道が偏位する事である。
ローターの吹き下ろしは全ての火器に影響を及ぼすが、ロケット弾に対する影響が最も大きく、それはヘリの速度が小さい程大きくなる。つまり、ホバリング状態で最大となるのだ。
地面付近でホバリングしている機体のランチャーから射出されたロケット弾は、直後にローターからの吹き下ろし流の影響を受け、風見効果によって弾頭が上向きになる。次にローター・ディスクを通過した後は、地面から跳ね返った空気流によって弾頭は下向きの作用を受け、且つ空気流の乱れによって動揺し、垂直及び水平方向共に不安定となる。
これを回避するには前進速度を持って射撃する事である。因みにサーペントでは、前進速度が40ktを超えた時点から吹き下ろし流の影響はほぼ無くなる。
次に角速度誤差である。
角速度誤差とは、ヘリコプターがピッチング、ヨーイング等の角速度を伴う運動を行なっている間に発射する事で起こるもので、火器に角速度モーメントが生じ、弾道がその方向に偏位する事である。
例えば、目標照準の為にノーズ・アップする場合、その運動間つまりノーズ・アップしている途中で発射してしまうと、たとえ発射の瞬間は照準が合っていたとしてもロケット弾に上向きの力が作用して目標の遠方に着弾してしまうのだ。
角速度誤差は、アーマメント(武装)・システムでは補正する事が出来ない為、目標照準時は機体を安定させ、発射の瞬間に垂直・水平の角速度を伴う運動を防止する事が必要となる。
これが、照準が一致した瞬間に発射しても命中しない理由だ。
最後は、相対風の影響である。
照準を安定させる為に前進飛行をしていても気を付けなければならない事はある。ヘリコプターが水平面内及び垂直面内でトリムされない状態で発射されたロケット弾は、相対風の影響で風見運動を起こし、相対風の方向に弾道が偏位するのである。
水平面でトリムされていない状態とは、具体的にはサイドスリップ(横滑り)をしている状態と云う事である。
ヘリコプターの機軸を右方向に滑らせた状態で発射すれば、当然ロケット弾は相対風の影響により右方向へ偏位して飛翔する。
水平面ではサイドスリップが影響する。では、垂直方向でトリムが取れていないとはどの様な状態なのか。
垂直面の相対風の影響は、ヘリコプターの出力の設定が不安定な状態で発射された場合に発生するのだ。
つまり目標照準の際、コレクティブ・レバーを引き上げ(出力を増加し)ながら、或いは押し下げ(出力を減少し)ながら発射する事である。
コレクティブを操作中に発射をすれば、出力増加の場合は遠弾に、逆は当然近弾になる。
通常、相対風の影響は機体がトリムされた状態であればアーマメント・システムによって自動補正される。しかしトリムされない状態ではこの影響を補正する能力に限界があるのだ。その為、目標の照準及び発射時には、機体姿勢をトリムする事が重要となってくるのである。
以上のように、発射後は勝手にホーミングしてくれるミサイルと違って、ASRは機体を正確に操る腕が無ければ命中させる事が困難な火器なのだ。正にパイロットの腕の見せ所ではないか。
まあでも、今回は実弾を撃つ訳じゃ無いから、戦果は統裁部の判定によるんだけどね。
今は、経済巡航速度の70ktを維持しつつレース・トラックを飛行してホールディング、統裁部の指示待ちだ。




