不思議の国のジュリエット
さて、ここで私達がこれから使用しようとしてる武器、ASRについて少し詳しく説明しよう。
まず前提としてサーペントの武装はガン、ロケット、ミサイルの3系統で構成されていると云う事である。
それぞれの火器は目標の種類・状態に応じて射撃要領、弾種等を選択する事で有効な火力を発揮する事が出来る。ASRは、主として地域制圧に使用されるのだ。
では、ASRについての解説を始めよう。
今迄、ただ単にASRと言っていたが、正式な固有名称はハイドラ70である。
【ハイドラ70】
直径70mm(2.75in)の航空機発射ロケット弾。Mk66ロケット・モーターに各種弾頭を組み合わせた構造を持つ。
無誘導の火器であり、一度に多数を発射する事により地域の制圧を目的としている。
射程は最小300m、最大は弾頭によって異なるが、概ね8000m~9000m程度である。
弾頭には多様な種類が有り、次に代表的なタイプを記す。
〈M151 HE〉(High Explosive:榴弾)
爆風及び破片効果により、人員、資器材及び軟目標等を損傷又は破壊する。
〈M261 MPSM〉(Multi Porpuse Small Munitions:多目的親子弾)
弾頭内に9個のM73子弾が内蔵されており、子弾は時限信管により空中に放出され、制動傘により垂直に近い状態で落下する。着弾の衝撃によって、瞬時に信管が作動し、炸薬が爆発して破片が周囲に散布されると共に弾底部から下方に熱噴流(モンロー効果によるメタルジェット)が発生し、人員・資器材、軟目標を損傷破壊し、或いは軽装甲目標を貫徹又は侵徹する。
弾頭にはその他に、照明弾/赤外線照明弾、煙幕弾等があり目的によって組み合わせて使用する。
ロケット弾であるハイドラ70はポッドに収納されて機体に搭載される。ロケット・ポッドには7発収納と19発収納の2種類が主に使用されており、任務に応じて必要な弾数を装填する。
因みにMPSM(マルチ・パーパス)について引っかかった人もいるかもしれない。そう、MPSMは1発のロケットに9個の子弾を持つ親子爆弾、つまりクラスター弾の一種なのだ。
クラスター爆弾禁止条約、所謂オスロ条約に抵触するのである。この手の兵器禁止条約はそれぞれの国防上の立場に応じた事情があって、一概に善悪を論じる様な単純な話では無い為議論は尽きないのだが、アメリカ、ロシア、中国はこの条約に批准していないのが現状である。
又同じ兵器禁止条約である対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)についても同様に、アメリカ、ロシア、中国は批准していない事を付け加えておこう。
さて、いよいよBP(攻撃位置)が近づいてきた。占位したなら、まずはホバリンクで索敵である、不用意に敵に近づいて発見される訳にはいかない。
BPに到着した私達は、操縦をプリンスに交代し別命なく予め決められた範囲をレーダーで捜索する。レーダーの対地モードは最大270°の範囲を捜索出来るのだが、今回は概ねの敵位置が判明している為2機で分担してそれより狭い範囲を索敵する。範囲を狭くする事でレーダー掃引する時間を短縮する狙いだ。
ASR(空対地ロケット)の射程は約8kmだが、レーダーが停止目標を探知出来る距離は6km(移動目標は8km)なので、BPもその分だけ敵方へ設定している。
ASRは無誘導の火器なので別にレーダーで探知出来無くても、肉眼で発見出来れば攻撃出来るのだが、如何せん今は夜だ。昼間でも偽装された停止目標を発見する事は非常に困難なのだ。
レーダーでの捜索に併せて、念のためIR(赤外線)を使ったNVS(ナイトビジョン・システム)でも索敵する。NVSはモニターに映る画像の倍率を変える事が出来、狭視野を選択した場合の倍率は18倍だ。それでも、それらしい物は影も形も見えない。
一度レーダーで捉えてしまえば、その情報を元に距離を取って照準・射撃が出来るのだが、さて―。
「お、レーダーが見つけたみたいだな。装軌と対空火器だ」
プリンスの言葉通り、私の正面にあるメインコンソールのディスプレイにもレーダーによる探知の結果が、目標シンボルとして表示されている。
「自走榴弾砲とZSU(23mm4連装自走対空機関砲シルカ)ね」
私は画面を切り替えて電子地図を呼び出し、それに目標情報を重ねる。
「あ、ハーレーからのリンクも来た。KZ(キル・ゾーン)が指定されたわ」
コンソール上で分割した画面の一つがブリップすると共にレシーバーに流れる連続する短音で情報が更新された事を知らせている。
情報は入手出来た。後は敵に見つかる前に一度後方へ下がって距離を取り、攻撃のタイミングを待とう。
レーダー上もNVS(ナイトビジョン・システム)上も敵に動きは見られない、こちらはまだ見つかってはいない様だ。
「よし、これで第一撃は奇襲出来そうだな」
プリンスがそう呟く。インターフォン(機内通話)はホット・マイクになっているので独り言でもクルーには筒抜けだ。
「やっぱり、奇襲は大事?」
軍事行動に疎い私は、プリンスに問いかける。作戦行動中なのでまあ、居眠りは流石にしないでしょうけど、夜間である。火力発揮のタイミングが分からない中ホールディングし続ける単調なフライトでは意識レベルが低下する可能性を否定できない。周囲への索敵は疎かに出来ないが、少々の会話で緊張と解放を上手くコントロールするのも機長の仕事だ。
「奇襲? そりゃそうだ。米軍にも戦いの原則ってのがあるだろ」
「戦いの原則?」
「そうさ。いや、確かにクラウゼヴィッツも『戦争論』で〈戦争には絶対の原則など無い〉って言ってるけど」
「けど?」
「うん、〈戦争に原則は無い〉ってのは、確かにその通りだとは思うけど。それでも戦争を考える時、軍事行動の指針となる何かはやはり必要さ」
「それが、戦いの原則って事?」
「そう。例えば〈目標の明確化〉や〈戦闘力の集中〉だな、他にも色々あるけど〈奇襲の追求〉もその一つさ」
「確かに〈目標〉や〈集中〉は分かるかも」
「但し、さっきも言った様に戦争には絶対の原則は無いってのも真実だから、事は簡単じゃあ無い」
「あ~、思い出したわ。ソ連のドクトリン、梯団攻撃。悠長に部隊を集結させてたら、そこに核を打ち込まれかねないって事だったわよね、それって〈戦闘力の集中〉に関してはジレンマね」
「そう云う事。その為、速度を持って素早く彼我混交の状況を作り出す事が対策の一つとして考え出されたんだ」
「うん。敵に友軍相撃を避けさせる為ね。
でも〈奇襲〉が原則の一つに入ってるって、なんか意外ね」
「そうか? 馬鹿正直に正面押しなんて損害が増えるだけだろ」
「あ~、確かにそうか。〈ヤアヤア、我こそは〉なんて呑気な戦いは、お侍さんの時代でも最初の内だけよね」
「サムライ? ああ、ジュリエットは日本出身だったか」
「そうよ。私にも、一応サムライの血が流れてるって話だけどね」
「日本か。今迄あまり意識した事は無かったけど、不思議って云うか奇妙な印象なんだよな」
「そうなの?まあユーラシア大陸の外れに在る島国だし、この国とは接点は無いか」
「いや、我が国は元々ソビエト連邦の構成国家だったんだ、日本という国自体は歴史の教科書にも度々出て来るよ」
「ん~?」
「軍事大国であるロシアに戦争を仕掛け、その後は中国、アメリカを相手に戦った極東の狂犬」
「え~、酷っ」
「いや、学校で習う日本のイメージなんてそんなモンだと思うよ。でも、今現在はと云えば、マンガ、アニメ、ちょっと昔ならソニーかな。変わり身が早すぎるって言うか、ホントに同じ国なのかって思うよ」
「なる程ね、周りからはそう見えてるのか~。
でも実は日本人の本質って、そう変わって無いのよ。それこそ千年の昔からね」
「おいおい、流石に千年は話を盛り過ぎだろ」
「いえいえ、今でこそ西暦を使ってるけど、神話の時代から続く暦を使ってた事も有るのよ。ゼロ戦って知ってるかしら、ゼロ戦のゼロは採用された年の暦の末尾から付けられてるのよ。確か2500年だったと思うわ、だから零式艦上戦闘機。で、ゼロ戦ね」
「ゼロ戦って大祖国戦争(第2次世界大戦のソビエトでの正式呼称)時代の戦闘機だろ、その当時で2500年なのか」
「そ、因みに海軍は零式だけど、陸軍は100式って付けてるのよ。ああっ、どっちも乙女心をくすぐるわ~」
「? どの辺がだよ」
「そうそう、日本人の気質についてだったわね。
だいたい千年位前の紀貫之って人がね、日記形式の紀行文を虚構を交えた作品として書いてるのよ、しかも日記の書き手を女性って事にしてね」
「え~と、女性が書いた日記って態の作品を男が書いたのか、千年前に」
「そうよ。後は、安倍晴明かな~。
晴明って人はやっぱり千年程前に天皇に仕えた役人で、仕事は当時最先端だった科学や天文学を駆使して、呪術や占星術なんかを行う事だったみたいね。
彼に関する逸話も色々と凄いんだけど、ここで肝心なのは晴明本人じゃ無くて彼のお母さんよ」
「今度は、正真正銘の女なんだな。歴史に女性が登場するなんて珍しいんじゃないのか」
「うん、まあ日本には昔から紫式部や清少納言、小野小町って優れた作品を後世に残した女流作家が多いけどね。
でも安倍晴明のお母さんについては、それと少々毛色が違っててね。
晴明のお母さんって狐って言われてるのよ」
「へ? キツネ?」
「そう、まあ伝説の類なんだけどね。ただの狐じゃ無く妖狐ね、名前は葛の葉。
つまり、晴明のお父さんは妖狐と夫婦になって子供を儲けたって事よ。まあ、日本じゃもともと狐って愛情深い動物としても広く知られてはいるんだけどね。
それに異類婚の話ってそれ以外にも結構残っているのよ、例えば鶴や蛇との結婚ね」
「なる程、理解不能だ」
「たは~。まあ、しょうがないか」




