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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第五章 連 戦
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調整、調整、又調整

「ただいま~」

 サーペントの後席に戻った私は、直ぐにインターフォンと武装操作のヘルメット・ジャックを機体と繋ぐ。

「随分時間が掛かったな、補給は完了してる。何かあったのか」

「うん、まずフル・オープン(エンジン/ローター回転を100%)にして。離陸準備よ、説明は飛びながらするわ」

 燃料消費を抑える為エンジンをアイドル状態にして待機していた機体を、直ぐに離陸できる状態にする様に指示する。

「フル・オープン、エンジン計器良し。何時でもいけるぞ」

「了解」

『フォーメーション、チェックイン』

 その時、タイミング良くハーレーから確認の無線が入る。

「4(フォー)」(4番機、準備良し)

『フォーメーション、離陸』


 私は、機体が安定した所でプリンスと操縦を交代する。

「アイハブ」

「ユーハブ・マム」

「プリンス、次の任務はカウンター・バッテリーだって。データを機体にロードしたから確認してちょうだい、説明するわ」

「対砲兵戦だって?」

 プリンスは、流石軍人だけあって話が早いわ。

「そうよ。え~と、私達は北から敵の主力を迂回。敵戦車連隊の後方に展開してる自走榴弾砲の部隊をASR(空対地ロケット)で攻撃するの」

「機動経路図にも射撃計画図にも、ACAが無いけど」


【ACA】

 Airspace Coordination Areaの略語で、主要な火力調整手段の一つであり、空域使用統制地域、或いは射撃禁止区域の事である。


 戦場における火力は敵と直接対峙している近接戦闘部隊のみならず、当然ながら戦車や砲兵といった火力戦闘部隊は勿論、空軍の攻撃機、爆撃機、場合によっては海軍の艦砲等様々な手段が同一地域に指向される。

 これらの火力がそれぞれ好き勝手に目標やタイミングを定めて攻撃した場合、その効果は著しく低下するだろうし現場が混乱する事は明らかで、オーバーキルは勿論最悪友軍相撃も有り得る。

 そこで、作戦・戦闘地域において火力効果の増大と危害予防の為に一定期間設定されるのが火力調整手段なのである。

 特に空域に関する調整は、部隊が相互に妨害すること無く、それぞれの活動を適切且つ安全に実施する為重要であり、作戦部隊の指揮官は指揮所内に空域統制及びこれに関する調整の為の組織としてACS(Airspace Coordination Section:空域調整班)を設けている。

 作戦部隊指揮官はACS(空域調整班)をもって ―

 対空戦闘に関してはADCC(Air Defence Control Center:対空戦調整所)

 航空機の運用についてはFOC(Flight Operation Center:飛行統制所)

 野戦砲兵部隊及び迫撃砲部隊の射撃についてはFSCC(Fire Support Coordination Center:火力調整所)を通じて必要な統制を実施しなければならない。

 因みに、ヘリコプター火力はFSCC(火力調整所)の管轄になる。


 まあ、現代の複雑な戦闘様相の中、その能力を効果的に発揮させるには色々と面倒な調整・統制が必要になるのだ。

 戦争は現場で引き金に指を掛けている者がいる一方、同じ戦場において司令部で現場を知り尽くした者が指揮官の企図を実現する為に様々な調整や統制を行っていると云う事だ。

 その様な司令部要員には当然パイロットも含まれる、本人の希望の有る無しに係わらず、組織の要望によって現場から引き抜かれるのだ。

 上級部隊の司令部要員ともなればある意味出世のレールに乗っているとも言えるのだが、ことパイロットにおいてはそうとも限らない場合も有ったりする。

 パイロットは、通常士官である。士官ではあるが他の兵種の士官とは大きく違う点が有るのだが、何か分かるだろうか。

 士官とは、つまり軍における管理職である。通常の場合士官となった者は己の戦闘戦技について重きを置かない。当然だろう、例えば指揮官は作戦を立案し実行させるのが仕事である。それなのに、自分が塹壕で敵を狙い撃つ様な状況では勝利は覚束ない。射撃の腕を磨くより、部隊運用の技術を向上させた方がよっぽど組織の為になる。

 よく一般の人達に誤解されている事があるのだが、軍隊において兵隊は指揮官が自分達と同じように天幕を立てたり、個人用掩体を掘ったりして、同じ苦労を分かち合っても決して喜んだりはしないと云う事だ。いや、寧ろ「何してんだ、あんたの仕事は俺たちを勝利に導く事だろう。体は使わなくてもいいから頭を使え」と思っている。

 士官には士官の、下士官・兵には下士官・兵の役割が有るのだ。

 しかし、それは一般の話。先程も話したがパイロットはその枠から外れる例外的存在なのである。

 一般の部隊であれば、中隊長である大尉の射撃の腕が壊滅的で1m先の的を外すような場合でも、部下隊員がそれをフォローしてくれるので問題は無い。しかし、パイロットの場合そうは行かない。

 指揮官として部隊を率いる一方で一度操縦席に収まりパイロットとして戦場へ出たなら、大尉だろうが大佐だろうがそれは前線で弾を撃ち合う一兵士と同じ状況になると云う事である。空の戦場で階級は意味を成さない、純粋に操縦の腕だけがモノを言う世界である。

 軍隊で出世をするには、一応のルートがある。軍の中央と現場部隊を交互に経験しつつ階級が上がるに連れ、それに応じた高い役職に就き、出世の階段を登って行くのだ。

 だがパイロットはある意味、腕で勝負する世界である。操縦の現場を離れれば当然腕は落ちる。アスリートが練習を1日休めば取り返すのに3日掛かると言うのと同じ、操縦も毎日の様に操縦桿を握っていなれけばカンも鈍る。

 軍で出世を目指すならともかく、そうで無いパイロットにとって操縦の現場を離れる事は、あまり歓迎されない場合が多い事はこれで理解して貰えるだろう。当然ながら、司令部要員になったからと言って、出世が約束される訳では無い事も付け加えておこう。

 更に、下世話な話だが。司令部要員として飛行部隊から離れれば当然、飛行手当は支給され無くなり給料も下がってしまう。希望して異動したので無いなら、色々と厳しい事になるだろう。


「ACAが設定されて無いけど?」

「ACA(射撃禁止区域)ね、必要無いわ。

 ウチらの単独任務なんだって」

「ふうん……。ま、いいか。面倒が一つ減ったと思おう」

『演習統裁部より、AH小隊へ。火力発揮のタイミングはこちらで指示する。

 繰り返す、火力発揮のタイミングはこちらの指示を待て』

『あ~、統裁部へ、こちらAH小隊長だ。統裁指示了解、ただしタイミングは最低でも1分、出来れば3分前からたのむ』

『こちら統裁部、要請の件了解した。準備が整ったなら報告せよ』

『AH小隊了解、現在BP(攻撃位置)へ向け機動中』


「どう云う事かしら、プリンス」

「ああ、期待効果に関してじゃないか」

「期待効果?」

「そう、敵の砲兵陣地に対する攻撃だろ。1機欠のAH小隊でどん位の戦果が期待出来るかって事さ。

 一応、って言うかその辺の所はキチンと計算式とか諸元とか決まってる筈だよ。適当に撃破だ制圧だって言ってもダメなんだよ」

「そうね、確かにそうだわ」

「そう云う事。因みに僕らはASR(空対地ロケット)何発持ってんだっけ、確か今は対地制圧兵装だったよな」

「うん、ハーレーの1番機がSEAD(シード)にも対応するって言ってたから…

 えーっと、小隊全部で69発かな、多分」

「航空火力は臨機目標に迅速に対応出来る反面、持続性に欠けるからなあ。地上の火力戦闘部隊と違って、そもそも空に持って行ける弾数に限りがある。

 ASR69発なら、あー、ちょっと資料を調べるから待ってくれ。確かその辺の諸元はニーボードに挟んでた筈だ」

 パイロットは飛行中、操縦しながらでも飛行場の諸元や無線周波数、その他訓練や任務に必要な情報を確認し易い様に、それらの資料をファイルしたA―5サイズのボードを太ももにストラップで括り付けているのだ。サーペントなら更にタブレット端末も活用出来る。

「あー、有った。砲兵中隊の陣地を制圧するのに約60発。砲の破壊は、せいぜい1門程度だな」

「たった1門なの」

「そんなモンじゃないか」

「まあ、制圧だもんね」


 私達が使ってる「制圧」や「破壊」と云った言葉には正確な意味が有る。いや、意味が有るのは当然と言われるかもしれないが、〈正確な〉意味が有ると云う点が重要なのだ。

 人は案外フィーリングで言葉を使う事が多い。日常生活なら、会話の中で少々意味に食い違いが起こっても問題になる事はあまり無いと思う。しかし、軍隊ではそうはいかない。

 命令を発する者と受ける者との間に、命令の内容に関して受け取り方が違っては任務達成に重大な影響を及ぼすだろう。戦争をしているのだ、あなたの言葉がそう云う意味とは思いませんでした、では通らない。

 だから軍隊では普段何気なく使っている言葉にも、それぞれ正確な意味を明らかにして認識の統一を図っているのだ。

 因みに、「制圧」と「破壊」それぞれの用語の意味は次の通りである。

【制圧】

 敵部隊に損害を与え、又は視界を制限し、或いは心理的に混乱させて、その戦闘力の発揮を抑制するものであり、その効果は射撃が継続している間である。

【破壊】

 兵器、建築物等に物的損害を与え、再び使用する事が不可能なまでに破壊するものである。破壊は貫徹、爆破及び焼夷により達成される。

 と、まあこんな具合だ。

 そうこうする内に、小隊はFCP(ファイナル・チェックポイント)を通過、飛行高度を下げ始める。

 ここからは、再びNOE(匍匐飛行)だ。

 BP(攻撃位置)は、ASR(空対地ロケット)の射程を考慮して、敵の砲兵大隊が占領しているであろう陣地地域から7km前後の地点に設定している。

 さて、敵は情報通りの位置にいるだろうか。

 地形は、相変わらず起伏に乏しい草原地帯だ。低木に腹を擦りそうな程の低空を飛行していても、それ程危険を感じない。しかしその反面、なだらかな地形は敵から身を隠す事も困難にさせる。

 航空優勢は彼我拮抗していると云う想定である、敵の航空機に関する事前情報は無かったが油断は禁物だ。経路を左に振って後方の安全を目視で確認する。

「4、後方クリア」

『リーダー』(長機了解)

 私からの報告に、ハーレーから間髪入れず返答が来る。


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