状況開始
「0900(午前9時)になりました、状況開始です。連隊長、これをどうぞ」
「うむ」
演習統裁部から派遣されている補助官から手渡された指示書には、敵の機械化師団の国境付近での動きが活発化しているとの〈状況〉が記されていた。
〈補助官〉とは何か。別に我々に対して何がしかを補助してくれる者では無い、統裁部に所属しており、演習部隊の様々な部署に同行してその行動を必要に応じて統制したり、部隊の行動や指揮官の判断を記録・報告する事で、演習のスムーズな運営にあたる者の事である。
又、補助官の重要な任務の一つに演習後の部隊評価の判断材料や今後の訓練に資する各種資料を収集する事も含まれている。だから、補助官が直ぐ隣に居ても、補助官自身から何らかのアクションが無い限り、そこにいないものとして行動する必要があるのだ。少々鬱陶しいが必要な事であり、余り邪険にも扱えない。更に言えば、私自身も統裁部要員として、或いは正に補助官として他の部隊に派遣された経験が有る。いや、ここに居る指揮所要員で補助官を経験していない者の方が少ないだろう。因みに部隊指揮官に対する補助官は、当然ながらその指揮官と同程度の識能を保持していなくてはならない。今回、私に付いている補助官は同じ師団隷下にある他の連隊の副連隊長だ。
隣に控えている参謀達にも、私に渡された指示書と同じ物が配られている。いよいよ演習の〈状況開始〉である。
今我々が居る連隊本部の指揮所は、演習場内に開設してはいるが実は天幕では無い。
昨夜迄は連隊の指揮所天幕を展張していたのだが日の出前、照明を使わなくても作業できる頃合いからそれらを全て撤収してしまっている。
そして現在は指揮車タイプのBMP(装甲歩兵戦闘車)内に有る兵員室で参謀連中と顔を突き合わせているという訳だ。連隊長である私自身は、この後部隊が行動を開始するタイミングで主力戦車であるT―72に移乗し、そこから指揮を執る予定である。〈指揮官先頭〉或いは〈率先垂範〉だ。
今回の演習は、現在地に予め部隊を配置する事、本日0900(午前9時)から状況を開始する事等々が事前に統裁部から示されていた。だから私は昨日、部隊からの展開完了の報告を受けた時点で自身の裁量により一時状況を中断、じ後は各隊毎に飲酒を許可している。緊張と解放を上手くコントロールしなければ部隊の戦闘力を十全に発揮させる事は困難だからである。
昨夜は、ほぼ全ての部隊が事前に持ち込んだ肉と酒で野宴(BBQ:バーベキュー)を実施した様である。指揮下部隊には予め、演習開始前の夜は状況を一時中止する旨を通達していた、指揮官連中は的確に私の企図を理解してくれた様でなによりだ。
又、連隊本部の後方科長(補給・兵站を担当)からも、各隊の給養担当者に対して演習間に使用する糧食を調達する際には、レーション(野外携行食)以外にも野宴の為の肉・野菜等の現品を請求する様にアドバイスをさせている。これで隊員の負担無く宴会が開けた筈だ。まあ、酒に関しては特に言及しなかったが最低限必要な量は部隊毎に準備している基金等から捻出出来るだろう。それ以上は、それこそ個人が負担すれば良い。
私自身も、昨夜は連本(連隊本部)の参謀連中へ飲酒を許可した後、差し入れの酒を持たせた副官を同行させ各大隊を回った。まあ、歓迎されたかどうかは正直分からなかったが、直接連隊の隊員たちと言葉を交わす数少ない機会ではあった。
私の指揮する第21戦車連隊はカザフスタンとの国境地帯を守備する第2師団の隷下部隊である。近衛師団などと称して、首都防衛を自任しているお上品な第1師団とは異なり腕っぷしで勝負する少々荒っぽい連中が集まっている。第2師団は国内の部隊から持て余された者達が最終的に流れ着くなどと陰口を叩かれる事が多いのだが、まあ実際そういう者がいる事も確かである。
しかし、だからと言って部隊の規律が乱れていたり士気が低い訳では決して無い。理由としては、師団麾下の各部隊の長がしっかりと手綱を握っている事が挙げられるのだが、そもそも師団長の影響も大きい。
一般的に部隊の伝統というものは、その部隊に所属する下士官が創るものである。任期制を取っており、軍務を終えたら一般社会へと帰っていく兵や、1年から2年で部隊から転出してしまう士官とは異なり、下士官は長く一つの部隊に留まりその部隊の気風、慣習、伝統などを育み、受け継いでいく。
そんな下士官達に強烈な影響を与えているのが現在の師団長なのである。勿論、直接的に指揮を受ける各部隊長も師団長の意向を具体化すべく考え、行動するし影響も受けるのだが、今の師団長は別格である。
理由は歴代の師団長による一貫した統率方針「明るく、元気に」を基本とした部隊運営に因る所が大きい。
「明るく、元気に」とは一見すると軍事組織、或いは武装集団の為の標語としては不似合いとも思われる牧歌的な言葉だが、そこにある一言を付け加える事で劇的な変化が起こるのだ。
その文言とは〈馬鹿でもいいから〉である。
「馬鹿でもいいから、明るく、元気に」どうだろうか。
人によっては、ただそれだけと思うかもしれない。いや、もしかしたら意味が取れない者の方が多いのかもしれない。
馬鹿とは、いくさ馬鹿であり、馬鹿正直であり、馬鹿真面目でもある。ただひたすらに真正面から事にぶつかる不器用者、そんな馬鹿者達の居場所を、そして働き所を用意する事を約束する言葉。それが「〈馬鹿でもいいから〉明るく、元気に」なのだ。
勿論、師団長は公の場で〈馬鹿でもいいから〉などとは今まで一度も口にしたことは無い。しかし部隊長に囲まれた雑談の中で、又部下隊員とのふとした会話の流れの中に、それは度々明確に表されるのだ。
そうして築き上げた伝統の上に又私が新たな1ページを付け加えると言う訳である。
さて、そんな伝統ある部隊であるが、部隊長として部隊を指揮する以外にも面白いと感じる事、不思議に思う事も有る。
我が戦車連隊は第1から第3迄の3コ大隊を基幹として編制されているのだが、それぞれのナンバー大隊は面白い様に性格が違うのだ。
一つの連隊に所属し、装備も隊員の構成も同じ大隊なのに、である。具体的には、第1大隊は素直で真面目、第2大隊はひねくれ者で余計な一言が多い、第3大隊はお調子者で要領が一番。と言った具合である。
これは、不思議と大隊長が代わっても概ね変わらない傾向にある。昨夜、各大隊を回った時もやはりそれを強く感じた。
連隊長ともなると流石に連隊の全ての隊員の顔と名前を一致させることは最早不可能ではあるが、それでも隊員を記号や数字としてのみ考える事が無い様にと思っている。逆に言えば、連隊長迄がギリギリ部下隊員を個人として認識して良い立場では無いだろうか。連隊より上、即ち旅団長・師団長クラスでは逆に戦闘損耗を数字として捉える事が出来なければ心が壊れてしまうだろう。ある種の鈍感さは生来の物か、努力の結果か。私もまだまだ軍での栄達の望みを持ち得る年齢である、実戦は経験しないに越したことは無いが、それに備えるのが軍人というものであろう。




